幕間1 コメット王国にて

メテオリトは、コメット王国の王宮の廊下を歩いていた。

 その足取りは、王子らしからぬ荒々しさであり、硬い足音が、星空を透かした硝子の天井まで響いている。


(あぁ、クソ!早くあの世界の侵略を進めたいのに!)


 脳裏に過ぎるのは、マジカル・ポラリスだ。

 初対面からいきなり「結婚してください!」の第一声。「ファンです!応援してます!」だのなんだの言いながら抱き着いて来られた。挙句の果てには、必殺技の『ポラリス・パンチ』を、「推しを殴りたくない!」とかいうくだらない理由で、『ポラリス・ホールド』とかいう技に変えてしまった。

 あの技を掛けられると、力が抜ける。それなのに、あたたかくて、やわらかくて、いい匂いがして――。


(って、オレは何を考えてるんだ!)


 思い出して、脳内で大絶叫する。

 ちなみに、この時、メテオリトの眉間には、それはそれは深い皺が出来ており、城のメイドや従者達……、それから、こっそり部屋を抜け出して隠れていた、妹姫であるミーティアを、怖がらせていたのだった。


(調子が狂う!あいつがあんな風に言い寄って来るばっかりに!あの変態!セクハラ!ちんちくりん!)


 考えれば考えるほど、苛立ちが爆発しそうになる。

 いい加減、それを断ち切るために、パチン、と頬を両手で叩いた。


(……、しっかりしろ、メテオリト。あれは一種の魅了魔法だ。貴族の女達にも嫌という程掛けられて来ただろう。惑わされるな)


 色仕掛けや魅了魔法なんて、メテオリトにとっては珍しくもなんともない。

 仮にも、自分はコメット王国の王子だ。自分に娘を嫁がせたい貴族なんて山ほどいるし、物心つく前から、そういう目には散々遭ってきた。

 今更、あんな辺境の世界の田舎娘になんて、心を動かされるわけがない。

 所詮、『マジカル・ステラ』なんて、あのちっぽけで原始的な世界の防衛機能。

 コメット王国の力を持ってすれば、あんなところ、どうとでもなるのだ。


「おや、姿が見えないと思ったら、こんなところに……」


 不意に聞こえたのは、父王の声だった。

 咄嗟に顔を上げると、その傍らには母妃もいた。


「も、申し訳ありません、父上、母上!今ご報告をしに参ろうと」

「言い訳はおよしなさい、メテオリト」


 母妃は、柳眉を吊り上げて、こちらをまっすぐ睨んでくる。


「また、『マジカル・ステラ』を倒せず、何の戦果もなくみすみすと帰って来たのでしょう?」


 ……、あぁ、まただ。

 昔から、ずっと。


「あなたは、この世界を束ねるコメット王国の世継ぎの王子なのですよ。それなのに、なんと情けない」

「まぁまぁ。アステルと同じことをメテオリトにも求めるのは酷だよ」


 厳しい母妃と、諦めている父王。

 そして出てくる、兄の名前。


「アステルは天才だった。だが、もういないものはしかたがない」

「でも、あなた!そんな悠長なことも言っていられないでしょうに!」

「どんな原始的な世界でも、その防衛機能は侮れんものだよ。大丈夫。我が王国の力を持ってすれば、必ず制圧出来るさ」


 期待されて、厳しく責められるのか。

 それとも、全く期待されずに、ただ見守られるのか。

 どちらがいいのかなんて、メテオリトにはわからない。

 だから、ただ、この国の王子として、求められていることを遂行することしか思いつかなかった。


「父上、母上。大丈夫です。いくら世界の防衛機能と申しましても、『マジカル・ステラ』は田舎娘達の集まり」


 にっこりと微笑んでみせる。

 この笑顔だけは、兄に似ていると褒められたことがあるから。


「次こそは、必ず打ち負かして、あの世界を手に入れてみせますから!」


 もう、なりふりなんてかまっていられなかった。

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