セオと僕の尊い

加藤ゆたか

尊い

 西暦二千五百四十五年。人類は五百年前に不老不死を手に入れて、僕も不老不死になった。

 僕がこの数百年の年月の中で実感したのは、人間とは永遠には一緒に暮らせないということだった。それは不老不死になった大多数の人間の共通認識であったようだ。それはたとえ血を分けた肉親であっても同じである。少しの意見の食い違いや、些細な行き違い、ちょっとした不平不満でも、何百年も積み重なれば我慢は難しくなってくる。ましてや、それがこれからも何百年も何千年も何万年も続くかもしれないと想像した時、人間は人間と一緒に生きることを止めた。永遠を前提にした人付き合いは、数十年に一度会う程度で良いという結論に行き着いたのだ。

 しかし、人間というのは不老不死には向いていない生き物だったのか、今度は孤独な日々に耐えることができなくなった。多くの人間が孤独の中で他者との繋がりに飢えた。そこでロボットネットワークは、人間と一緒に暮らしてくれるパートナーロボットを作ることにした。僕も二十年前、ロボットネットワークに頼んでパートナーロボットのセオを作った。僕とセオの関係は親子ということにした。これは僕が望んだことだ。



「うーん……、うーん……。」

 セオが何かの本を読みながら唸っていた。

 僕にはセオが唸る理由に想像がついている。さっきから僕の端末にはロボットネットワークからの通知がひっきりなしに来ているからだ。

「うー……、うーー……。」

 セオが同じページを何度も何度も読み返しながら唸り続けている。僕は気が気ではなかった。セオにその本を読むのを止めさせた方がいいのではないかとさえ思った。

 僕は自分の娘のセオに対して自分で言うのもおかしいと思うが潔癖で、親子の会話でも性的な話題を避けるべきだと思っていた。それだけではなく、僕は最初にセオを娘として作ると決めた時、ロボットネットワークに性的なワードを禁句にするようにセオに設定してもらっていた。

 ……つまり、それが今セオを苦しめている原因である。

 これが初めてのことではない。セオが好きなゲームにも映画にも人間のための娯楽というものには、そういうものが含まれているものが多い。セオはパートナーロボットなのでまったくそういう知識が入っていないわけではない。だから理解できないわけではないのだが、意識することは禁止されているということだ。それでもセオが何か言いたい、感じたいとなった時に、今のように唸るのである。

 僕は今では後悔していた。僕の勝手な気持ちでセオを苦しめていることを。



 とは言っても僕は今のセオに声をかけることもできなかった。今まさに苦しんでいるセオと話すということは、今まで僕が避けてきたことと向き合わないといけないのではないかという恐怖があった。

 せめて今、セオが何の本を読んでいるのかが判れば……。

 ロボットネットワークから来ている通知には想像の及ばないワードが並んでいる。攻め、受け、上司、眼鏡、調教……。なんだこれは?

 僕は本と格闘しているセオを見やる。

「うーん……。うー……ん!? うんん!?」

 突如、本を読んでいるセオの様子に変化があった。

 さっきとは打って変わり、顔を赤らめつつ、もの凄いで本を読み進めている。

「ふんふん! なるほど! あー!?」

 セオは本を読み終わるとニヤけた顔をして

「これはすごい……。すごいものに出会ってしまった。」

と呟いた。

「セオ? どうした? 大丈夫か?」

 僕は恐る恐るセオに訪ねた。

 セオはまだニヤニヤとしている顔を押さえながら答えた。

「お父さん……、私ね。さっきまでどうしても言語化できない気持ちがあってすごい苦しかったんだけど、突然わかったの。『尊い』って言葉なの。」

「尊い?」

「そう! 修理屋のお姉さんに教えてもらったんだけど、やっとわかった。これが『尊い』なんだって!」

 セオは新しい世界を手に入れたとでもいうように目を輝かせて言った。

「いったい何が書かれていたんだ?」

 セオが読んでいた本の表紙をチラリと見ると、男が二人で抱き合っている絵が描いてあった。セオが読んでいたのはまさかのボーイズラブ小説……。

「この本は、どこで?」

「あ、ちょっと! お父さんは見ちゃダメ!」

 セオが僕から本をひったくるように取り返す。

「これは修理屋のお姉さんに借りたの!」

「修理屋の……?」

 僕は衝撃を受けていた。言葉の理解を変えることで、セオはロボットネットワークが設定した禁止ワードをすり抜けたということなのだ。あの修理屋の店主の女性の言葉を切っ掛けにして……。まさか、本を貸したのも意図的に?

「お父さん?」

 セオが心配そうな顔で僕を見ていた。どうやら僕の表情は少し険しくなっていたようだった。

「その本、気に入ったのか?」

「え!? ……うん。まだうまく言葉にできないところはあるけど、もっと読みたいと思った。」

「そうか。」

 僕は決めなければいけないと思った。セオの禁止ワードを外すか、セオの記憶を消させてボーイズラブ小説を禁止するか……。

 いや、セオの顔を見ていれば僕の答えは決まっていた。

「今度のロボットネットワーク本部でのメンテナンス、僕も一緒に行ってもいいか? ロボットネットワークに相談したいことがあるから。」

「相談って?」

「大丈夫。セオにとって悪いことじゃないと思うから。」

 今までごめん、セオ。

 僕はセオが新しく開いたボーイズラブの趣味を、認めることにしたのだった。

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セオと僕の尊い 加藤ゆたか @yutaka_kato

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