第3話 迫る先輩

「ハルカ、明日休みなんだろ? オレも休みだから明日の昼に家に来ないか?」


「え? 先輩の家ですか? いいですけど」


 5月中ほどのある日、私は先輩に家に来いと誘われた。


 仕事では世話になりっぱなしだし、奥さんにも顔合わせがした方が良いなと思ってたし、何より先輩直々の誘いを断るのも悪い気がして、私はそれを受けることにした。


 まさかこの時はあんなことが起きるなんて思わなかったけど……。




 翌日、世間一般では平日で誰もが仕事に出かけているのか、人の気配が少ないベッドタウンに私は自転車でやってきた。


 言われた住所に着くと、そこは職場から車で10分ほどの距離にある2LDKのアパートの前だった。ここに先輩が奥さんと一緒に住んでいるのだろうか?


「やぁ、ハルカ。待ってたよ」


 出てきたのは先輩1人だけ。家には先輩以外の人の気配が無かった。中に通されると既に昼食のピーマンの肉詰めが2人分用意されていた。勧められるがまま私はテーブルにつき、先輩と食事を始めた。




「あの、ところで奥さんは? 今日は平日だから外で働いてるんですか?」


「……これだけは2人だけの秘密にしてくれないか? 特に会社の人間には絶対に内緒だ」


「?? えっと……それってどういう事で?」


 突然話を切り出してきた先輩の目は真剣そのもの。そこに一切付け入るスキはなかった。




「実を言うと、オレは独身なんだ。結婚しているっていうのは、ウソなんだ」


「!? ええっ!?」


 結婚しているっていうのはウソ!? ええ!? どういう事!?


「え!? 嘘でしょ!? 先輩は結婚してるんじゃ!? 結婚指輪もしてるし、愛妻家としても職場じゃ有名ですし……」


「それはただの建前だ。ブライダルプランナーとして人様を結婚させる立場に居ながら自分はしていない、じゃ説得力に欠けるからな。


 ジムのトレーナーだってみんな引き締まった体型で太った人なんていないだろ? それと同じだ。それに結婚してる、と言っておけば男を地位や年収でしかランク付け出来ない愚かな女を弾けるからな」


 先輩はどこか女を侮辱ぶじょくするような目と態度でそう吐き捨てた。




「でもようやくこれだという女に出会えたんだ。それがハルカ、お前だ。これから結婚するのを前提での付き合いをさせてくれないか?」


「!? えええええ!?」


 え!? け、結婚!? 待って! 待って!!!


「え!? ちょっと待って! 何で!? 何で私に!? 顔も性格もまぁまぁ止まりですし……」


「お前なら嘘はつかないし、何よりオレを裏切らないって確信ができたからだ。言っておくが、オレは本気だぞ。真剣にお前の事を、愛してる」


 男性に迫られる、それもこんな美形の人からなんて初めての経験だからどうしていいのか分からない。しばらく黙り込んだ後、私は何とか言葉を絞り出した。




「あの……お気持ちは分かりましたけど、いきなりそんな事言われても心の準備がまだできていないので、その……考えさせてください」


「そうか……仕方ないな。いつでもいいが、いい返事を待ってるぞ」


 言葉だけじゃなく態度、何より目が真剣そのものだ。その日、家であるアパートに帰り、仕事が終わる時間になるのを確認してから私は知り合いに電話をかけた。


 この時どうすればいいのか、分かったもんじゃないからだ。




【次回予告】


突然の告白にハルカは頭の処理が追い付かない。1人ではどうしようもないため知り合いにアドバイスを請う。


第4話 「人生相談」

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