第4話 脱出

 それからは恐怖の日々を送ることになる。

 それは、事前に実験を行うことを知らされない上に、これからやることも分からないからだ。

 最初の実験は脳波や体の状態を調べるといったことをしていた。これなら、まだ健康診断の延長とも言えるだろう。

 しかし、実験の内容はだんだんと過激になり、北原を苦痛に陥れることになる。

 基本的に脳波を調べるヘッドギアを装着した状態で、何かをされるパターンが多い。

 例えば、画面を見続けるように指示されたり、MRIのようなものに入れられるようなパターンだ。基本的な実験はこれが多い。

 しかし、中には苦痛を与えるものも多くある。椅子に縛り付けられたと思えば、微弱な電気を流され、その反応を見るというものだ。

 最初のうちはちょっと痛い程度であったが、次第に電圧を上げていく。そうなると、もはや痛いどころの話ではない。気絶寸前まで追い込まれて、この実験は解放された。

 また、ある時は何かの薬品を投与された。薬品を投与された直後から幻覚のようなものが見え、頭の中がまるで他人に支配されたようになる。そんな状態で脳波を見た所で、なんの役に立つのか、北原は疑問に思うばかりであった。

 そんな実験が終われば、警備員に引きずられるように、牢屋の中に閉じ込められるのだ。

 そんな状態で外も見ることもできずに、ただ時間だけが経過していく。

 食事はおそらく1日1食。白米と味噌汁、そして漬物だけ。しかも量が多いとは言えない程だった。

 それに北原の収容されている牢屋の前には、監視カメラと警備員数人が常に見張っている状態にある。プライバシーもへったくれもない。

 また、暇つぶしになるようなものは何もない。所持品であるスマホは、牢屋に入れられた時点で没収されているようだった。

 そんなわけで牢屋にいる間は、とにかく虚無になって寝転がっているほかないのだ。

 そんなある日のこと。

 いつも通り、牢屋のある部屋に研究者が入ってくる音がした。

 しかし、いつもとは違うことが起きる。

 それは警備員のうめき声だ。

 いつもとは異なる状況に、思わず北原は牢屋の外を見る。

 するとそこには、黒い防護服をまとった何者かが立っていた。

 背格好からして男性だろうか。

 そし防護服の人間は声をかけてくる。


「生きているか?」


 その声は、北原にも分かる日本語で話しかけてきた。


「に、日本語……!」

「しっ、静かにしろ。やつらに気づかれる」


 そういって、防護服の男性は牢屋の鍵を開け、中に入ってきた。


「どうだ?立てるか?」

「は、はい……」


 北原はスッと立ってみせる。


「ならよし。とっととここから脱出するぞ」

「脱出できるんですか!?」

「静かにしろ!」


 そういって男性は北原を牢屋の外に出す。


「とにかく、今はやつらの目から離れることが重要だ。こっち来い」


 男性は、北原のことを導くように進んでいく。


「ところであなたは?」

「俺か?俺はここの研究所に潜入していた、まぁエージェントみたいなものだ」

「エージェント……」

「そうだ。実際にここで働き、やつらの動きを観察していた。今はメインコンピュータ群に偽の映像を流させている所だ。これでしばらく時間は稼げる」

「どうしてそんなことを?」

「多分説明を受けたと思うが、この世界では異世界から来た転移者の人権がない世界だ。そのように法律で決まっている。そんな法律に反対しているのが、俺のやっていることだ」

「つまりは俺のことを助けてくれるんですか?」

「まぁ、端的に言えばな」


 その言葉で、北原は目頭が熱くなる。


「おいおい、こんな所で泣き崩れるのは勘弁してくれ。とにかく脱出が最優先だ」


 そういって男性は、北原の腕を引っ張り、脱出に向けて研究所内を移動する。


「さて、ここだ」


 案内されたのは特殊な更衣室のようである。

 そこには、男性が来ているような防護服が何着もあった。


「とりあえずこれを着ろ。少しは見栄えが違うだろう」


 そこにあった防護服を適当につかみ取り、北原の方にやる。

 北原は急いでその防護服に身を包んだ。


「さて、ここからが本番だ。これから偽装の薬品運搬車に乗って、ここから脱出する。お前は隣で静かに乗っていろ」


 そういって外に出る。外は夜のようで、月明かりが研究所内を照らす。

 そのまま男性は北原を連れて、ある車に向かう。その車はワンボックスカーのようで、側面にデカデカとバイオハザードマークが書かれていた。

 男性は運転席に乗り、北原は助手席に乗り込む。

 そしてそのまま出発した。

 研究所内の敷地を少し走ると、正面入り口に差し掛かる。

 そこで警備員がストップをかける。

 男性は、慣れた手つきで書類を警備員に出す。

 それを受け取った警備員は、書類に目を通す。

 そして問題がないことを確認したのか、そのまま正面入り口の門を開けた。

 書類を受け取った男性はそのまま、そそくさと研究所を後にする。


「うまく行きましたね」


 北原が言う。


「いや、まだだ。やつらが俺たちのことに気が付くのに、そんな時間はかからないだろう。その間に、目的地まで向かうぞ」


 そういってアクセルを踏み込む。


「そういえば、あなたの名前を聞いてませんでしたね。俺は北原って言います」

「名前か……。とうの昔に捨てたもんだ」

「それじゃあ、なんて呼べば……?」

「そうだな……。神社生まれのJとでも呼んでくれ」

「分かりました、Jさん」


 そういってJは目的地に向けて車を走らせる。

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