第3話 通訳

 それから1時間程経過しただろうか。

 持ち物を回収した北原は、なんとも言えない時間を過ごしていた。

 一体これから北原の身に何が起きるのか、まったく検討が付かない。

 仕方なく、冷静になりつつ状況を見極めるしかなかった。

 そんなことを考えていると、交番に誰かがやってくる音がする。

 北原はそちらの方を見てみると、いかにも研究者のような風貌をした人物が数人来た。

 そのまま北原の方に来ると、ジッと見つめる。


「な、なんですか?」


 思わず北原はたじろいだ。

 その様子を見た研究者は、お互いに顔を合わせ、何かを確信したようにうなずく。

 その後研究者は、北原の前に座り、シャツをめくるような動作をする。

 おとなしくそれに従った北原。そこに聴診器を当てられる。

 どうやら医学的な身体検査をするようだ。心臓や胃の音を聞かれ、皮膚を叩く動作をする。

 その後、目の様子や腕、足の様子も見られる。

 その場でできる診察をした所で、研究者が北原に話しかけた。


「いむんとくろ、きんきゅうじょうにょむんでいばまにとひんでんしらめす。……たいっつもあじゃらかいな」


 何か悟ったような顔をすると、研究者は持ってきたバッグの中から、タブレットのような物を取り出す。

 そしてそれを机の上に置いて、何かのアプリを起動する。

 一見、それはただの文書ファイルのように見えた。

 そこに、研究者がタブレットに声をかける。


「わじゃらにょこんばかわあるまるけ?」


 そしてそれを北原に向ける。

 すると、そこにはこう書かれていた。


『私のコトバが分かりますか?』


 北原にも読める。その一文が分かる。

 それだけで、北原は涙が出そうになった。

 北原は全力でうなずく。

 それを見た研究者が、次の発言をする。


「あぬつにゃみつとくろ、いしきりかんきぬぬぼんりんりゃほわりわりかりがんねりみす」


 そして音声翻訳したものを北原に見せる。


『あなたは見たところ、異世界から来た日本人だと我々は考えています』


 実際その通りだと、北原はうなずく。


『それならば、我々の方で身柄を引き取りたいと思いますが、よろしいでしょうか?』


 ここで北原が初めて質問する。


「あなたたちは一体何者なんですか?」


 その回答は次の通りだった。


『我々は時空間研究所の人間です。あなたのような異世界から来た人間を保護したりしています。そして各種研究に参加していただき、最終的には元の世界に帰すお手伝いをしています』


 そのことを聞いて、北原は思わず泣き出してしまった。

 ここまで言葉がまったく通用せず、一人孤独感を感じていたからだ。そんな中に差し伸べられる手は、まさに救世のためのものだろう。

 そこに、手を差し伸べられる。

 北原はその差し伸べられた手を握る。


『では、我々の研究所に向かいましょう』


 そう研究者がいう。

 交番から出ると、そこには車が用意されていた。おそらく来る時に乗ってきた車だろう。

 そのまま車に乗り込むと、車は出発する。

 その中でも、研究所の人間と北原は会話を続けていた。


『あなたに課す制約はそんなに多くありません。あなたはただ我々のいう通りにしていれば、元の世界に帰すお手伝いをします』

「その研究内容というのは?」

『簡単な医学的検査などを含んでいます。詳しいことはここでは話すことはできません』

「そうですか……」


 そのまま、車は山中へと入っていく。

 曲がりくねった道を進むこと数十分。どうやら目的地に着いたようで、どこかの門へと入っていく。

 その場所は巨大な建物が数棟立っている場所だった。おそらく、ここが研究所なのだろう。

 そのままとある建物のそばに駐車すると、降りるように指示される。


『この先は暗いので、足元に気を付けてください』


 そういって研究者が先頭に立って歩く。

 北原は素直にその研究者の後ろを黙ってついていく。

 そしてある部屋に通される。

 その時だった。

 北原は首筋に何かチクッとした感覚を覚える。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。しかし、その感覚がした場所から冷たい何かが流し込まれるような感覚がする。

 そして、北原が状況を理解するよりも前に、北原の意識は遠のいていった。

 北原は次に目を覚ました時には、どこかの部屋のような場所だった。

 しかしひどい眠気が北原を襲う。


「俺は……」


 重い瞼を無理やり開いて、周囲を確認してみる。すると、周りは小さな壁によって囲まれており、まるで拘置所のような感覚を受ける。

 その時、ふと首に違和感を感じた。首に手をやってみると、何か首輪のような物を巻かれている。

 一通り触ってみたところ、鋼鉄製の首輪のようだ。

 その時、物音がする。

 その方向を見てみると、そこには先ほどの研究者がいた。しかし、そこは重要ではない。

 研究者と自分の間には、鉄柵が設けられていたのだ。


「な、なんだこれ?」


 その鉄柵と部屋を見るに、まるで牢屋のようだった。

 そこに研究者がやってきて、タブレットを見せる。


『ようやく目覚めたか』

「これは……、一体どういう状況なんですか?」

『簡潔に言おう。君は我々のモルモットになったのだよ』

「どういう、ことですか……?」

『我が国には特定時空間転移研究法という法律が存在していてね。異世界からやってくる人間を確保してそれを研究材料にしても良いという法律なんだ』

「そんなの……人権侵害じゃないですか!」

『今やどこの国でもやっていることだ。国際社会は、異世界からの人間を危険視しているのだよ。仮に未来からやってきた異世界人を考えてみたまえ。未来の技術を使って過去改変や技術革命なんか起こされたら、国家どころか世界中が混乱することになる。そうなる前に危険を排除せねばならない』

「そんな……横暴だ……」

『だが現実だ。おとなしく研究の材料にされるんだな』


 そういって研究者は去っていった。

 北原は悟る。これから待っているのは、地獄の窯であることを。

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