第2話 移動

 公園を出た北原は、道なりに道路を通っていく。

 そのまま数十分ほど歩いただろうか。

 ここまで人の気配を感じない北原に、不安が押し寄せる。


「……不気味だ」


 そう、不気味である。

 先ほどから空の様子は変わらず、紫色が混じった紅のような色をしている。

 しかし、それでも時間は経過しているようで、そのコントラストはだんだん夜の色に染まっていく。

 ここは一体どこなのか。そんな考えだけが北原を襲っている。


「やっぱり、あの公園に戻るべきだろうか……」


 仮にここが異世界だったとして、そのあとはどうするべきか。元の場所に戻って、もう一度タットワの技法を試してみるべきか。それとも、この異世界で生きていくべきだろうか。

 こういう場合、ほとんどはこの異世界で生きる選択を取るパターンだろう。

 しかし、こうも気味が悪い場所に来てしまっては、この異世界で生きていく自信はない。

 それになにより、異世界と言えばもはや説明不要なまでに中世ヨーロッパ風の世界で構築されている。こんな現代日本に等しいような場所ではないはずだ。

 そんな時、北原は前方に何かを発見する。


「あれは……商店街?」


 商店街というよりかはアーケード街といったほうが正しいか。

 屋根の付いた商店街には、まばらながらも、人の姿を確認することができた。

 しかし、人がいるにもかかわらず、活気があるとは言い難い雰囲気を醸し出している。いや、そもそも音が聞こえないようなレベルだ。あまりにも静かすぎる。

 そんなアーケード街の中を通っていく。

 道中見かけた看板には公園で見たものと同じように、日本語のようで日本語ではない何かが書かれていた。

 そのままアーケード街を進んでいくと、通りを抜けてしまう。


「もう一回戻るべきか……?」


 そんなことを考えていると、誰かに後ろから肩を叩かれる。

 北原は振り返ってみると、そこには二人の男性の姿があった。

 その服装や風貌を見るに、警察官だろう。

 その警察官が話しかけてくる。


「おいしさむ、ちょうぼいいかみ?」

「はい?」


 北原は思わず聞き返してしまった。

 それはこれまでの看板同様、日本語のように聞こえて日本語ではないからだ。


「ちょうぼへいなこっこうしといんな」

「何を言っているんですか?」


 北原は思わず聞き返してしまう。

 しかし、その発言に警察官の二人は怪訝な顔をする。


「かにばなんにょいっとりんどしょ?」

「もずかずし、りーのいしかりずんだば?」


 なにやら、警察官二人が話し合っているのが聞こえる。

 そして結論が出たのか、北原の腕をつかむ。


「おいしさむ、ちょうぼけいぼんもできちょむられんかぬ」

「え、ちょ……」


 北原はそのまま、強引にどこかへ連れ去られていく。

 北原の言葉に耳を傾けることもせず、警察官はずんずんと歩いていく。

 数分もすれば、目的地に到着したのか、ある建物の中に入る。

 そこはまるで交番のようであった。

 そこの奥にある和室のような場所に通されると、詳しく話を聞かれる。

 とはいっても、まったく会話にならないため、話をしても仕方がなかった。

 警察官は、ボディーランゲージを使って何とかコミュニケーションを取ろうと必死だった。もちろん、北原もボディーランゲージで会話しようと試みる。

 しかし双方の常識が異なるのか、それとも単純に会話が成り立っていないのか、ボディーランゲージによる会話は困難を極めるどころか、不可能だった。


「これじゃらちが明かないぞ……」


 そんなことを北原がいう。

 一方で、警察官同士でも何か会話をしている。

 そして何か意見が一致したようで、北原の前に立つ。


「な、なんですか?」


 その異様なまなざしに、思わずたじろぐ北原。

 すると警察官は何かつぶやきながら、北原の体をまさぐり始めた。


「な、ちょっと!待って!」


 そんな北原の制止を無視して、警察官は北原の体中を調べる。

 どうやら身体検査をしていたらしく、所有物を確認しているようだった。

 この時、北原が持っていたものと言えば、スマホとポケットに入っていたハンカチくらいである。

 それらを机の上に広げると、警察官は押し黙ってしまう。

 一方、体の隅々まで調べられた北原は、少々疲れていた。何の予告もなしに身体検査を行われたら、当然抵抗もするだろう。

 警察官は、スマホの方に興味を示しているようで、それを手にとって首をかしげていた。

 そして何かを察したかのように、どこかへ電話をかける。

 北原が見た限りでは、普通の固定電話のようだ。

 そして電話を切ると、北原に向かって話し始める。


「もぬしうけにいけぼ、ぢきゅうきゃんへんひゅうびょぬひそつちむきちむらうがろ」


 もはやなんて言っているのかすらも分からない状況だ。

 それでも、北原は黙っているほかなかった。

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