冗談だと思って異世界に行く方法を試したらマジで行けちゃった~タットワの技法は本当だったらしい~

紫 和春

第1話 異世界

 日本、東京。

 この大都市では様々なモノやヒトが移動を繰り返し、大動脈となっている。それはさながら、生きている都市とも呼べるだろう。

 そんな大都市の片隅で、今日も上司にこっぴどく叱られた男がいる。

 その男の名は、北原。

 北原は完全に日が暮れた住宅街で、帰路についていた。


「はぁ。今日もあのクソジジイに叱られちまったよ……」


 そんなしょんぼりとした感じで、自宅へと向かっていた。

 社会に出て数年。もうすぐで26歳になる北原だが、いつまでも学生気分が抜けないままであった。

 もちろん、そんなことは悪いことだというのは理解している。しかし、まだ実感というものが湧かないという、ありがちな言い訳にすがっていた。

 この男、北原には特段これといった趣味もなく、ただ惰性のような感覚で生きている。

 この日も、コンビニで酒と夕飯の弁当を買い、そのまま帰宅した。

 部屋の中は小汚く、床には飲んだままのチューハイ缶やゴミが転がっており、最小限の動線のみが残されているだけだった。

 そんな動線を通り、スーツを脱ぎ捨て、雑に弁当を温める。

 その間、缶チューハイを開け、一口飲んだ。

 テレビの電源をつけ、適当な番組を見る。どの番組も似たようなバラエティ番組を放送しており、北原の感情は揺さぶられない。

 テレビの電源を消すと同時に、レンジが軽快な音を出す。弁当が温まった証拠だ。

 弁当をレンジから取り出すと、北原はパソコンの横に弁当を置く。

 パソコンでSNS上をサーフィンするのが最近の日課となっていた。

 弁当を食べながら、ネット上を行ったり来たりしていると、ある投稿が目につく。


「異世界に行く方法?」


 リンクを踏んで目的のページに飛ぶと、そこにはオカルト関係を特集しているページだった。

 よく見てみると、それはネット掲示板で一時期話題となったオカルト話や、幽霊との邂逅など、ありきたりなものばかりである。

 しかし、それに北原は心を奪われた。


「異世界かぁ……」


 最近は異世界物が流行っている。実際本を読んでいるわけではないが、深夜にやっているアニメなどは見ていた北原。

 そんな異世界に行けるともなれば、少しは人生が変わるかもしれない。


「んなわけねぇよなぁ」


 そんな感じで自嘲する。

 しかし、もし本当にそんなことが可能であるならば、現状をいくらか変えることができるかもしれない。

 そんな感情のぶつかり合いが、北原の中で起こる。

 もし本当に行けるならば、あるいは。


「……やってみるか」


 弁当の残りを口の中にかき込み、それをチューハイで流し込む。

 そのまま北原は、やり方を調べるのだった。

 まずは、ある画像を数分間見つめる。その後、白いスクリーンに視線を移す。この時残像が見えていたら次のステップに進む。この残像を自分の中で引き延ばすようにして拡大する。それが扉くらいの大きさになったら、それを扉に見立てて通過するイメージをする。

 これで異世界に行けるという。この方法をタットワの技法と呼ぶらしい。

 北原は早速、そのタットワの技法に使われる画像を自分のスマホにダウンロードする。

 白いスクリーンは、ちょうどベッドの横の壁が白いこともあってそこを使うことにした。

 そして北原は、ダウンロードした画像をジッと見つめる。

 何分か経過した所で、顔を上げた。

 すると、画像の残像が壁にはっきりと写っているのが分かる。

 北原はそのまま残像を拡大するように引き延ばしていく。

 すると、人がくぐれる程度にまで拡大された。

 北原はそのまま、手をゆっくりと、壁に近づけていく。

 そして壁に触れる瞬間、まばゆい光のようなものが北原を襲った。


「うわっ!」


 突然のことで、北原は思わず目を閉じる。

 その瞬間、全身の力が抜ける感覚に襲われる。そのまま、ベッドに倒れ込むかと思われたが、まるで意識だけが床をすり抜けて落ちていくような感覚を味わう。

 そしてそのまま、北原は意識を失った。

 どれだけの時間が経過しただろうか。

 北原は目を覚ました。

 その時、横になっている場所が、いつものベッドとは違うことに気が付く。

 起き上がって見ると、そこは公園のような場所であった。


「なんだ?酒にでも酔って変な夢でも見ているのか?」


 しかし感覚は起きている時の状態である。夢特有の浮遊感などは感じない。

 ただ、どこかおかしな感じはする。

 今は夕方なのだろうか。空は紅く色付いているが、どことなく紫が混じっているような、そんな不穏な感覚を抱かせる。

 そして街は異様なまでに静かで、人の気配すら感じなかった。

 北原はまず、持ち物の確認をした。手にはスマホを持っていて、スーツ姿。靴下ははいているものの、靴がないといった状態だ。

 例の画像によって意識を失う前に着こんでいたものや手にしていたものを持っていた。

 北原はとにかく公園から出ようとする。

 その時、公園内に設置されていた看板が目に入った。どうやら公園の利用に関することが書かれているのだろうが、ここで不思議なことに気が付く。


「なんだこの文字?読めねぇ」


 まるで日本語を習ったばかりの幼稚園児が書いたような、あるいは創作に使われているような、日本語のようで日本語ではない文字が羅列されているのだった。

 それを眺めてみるものの、何がどうなっているのかさっぱりである。

 とにかくこの場所から離れようと、北原は公園を出て、道路を歩いて行った。

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