第10話 地下街

 モクレンさんは私を引き摺って、地下街の入り口までやって来た。『コロニーJ』の中心都市の地下には電気バスが通っている。それは中央に位置するメトロと繋がっていた。


 電気バスの停留所のそばには、立ち食いの蕎麦屋や甘味処があって魅力的だ。私はそれを横目に、これから二時間以上は食べものにありつけないかと思うと少しだけ悲しくなった。


 バスが来るにはまだ時間があるようだ。私は時刻表を確認してモクレンさんに向き合った。


「さぁ~て!」

「なに~?」

「さっきさー吃驚したよー、モクレンさんの友達のこと自分で言い出すと思わなかったから!」


 気まずくなった要因を、私から切り出す。それをタケさんに報告したモクレンさんを凄く大人だと思ったからだ。


「可能性として、一番そうだと思ったから報告したの。これであのバカ(ボタン)も気にしなくなるでしょ~」

「さっすがー、おっとなー!」

「……いつまでも気まずいのは嫌だし~、みんなのこと、ここでの家族だと思ってるもん」


 『あなたは、違うでしょうけどね』みたいな顔をして、モクレンさんはこちらを見ずに少し俯いて答えた。私たちが乗らないバスが暗闇の地下を照らして、彼女の顔を鋭利に浮かび上がらせる。


「頼れるのお互いだけだしね!」

「うん~?」

「私も大切に思ってるよ!」

「知ってるよ~、『任務』を遂行するためでしょう~」

「……」


 モクレンさんが、私の手に指を唐突に絡めて来た。指先は我が侭で堂々としている。何だか可笑しくて少しだけ笑った。


「私ね、そんなあーちゃん嫌いじゃないのよ」

「本当に?!」

「潔くてスカッとするわ」


 間もなくして、目的地行きのバスが来た。窓辺から見える地下街は、整頓された『コロニーJ』の印象とはわずかばかり違った。人々の服装がまず違う。人の数がやたら多いし、何だかゴミゴミと雑多な雰囲気だ。モクレンさんと指先を繋いだままバスに乗り込み、私たちはメトロのホームへと向かっている。


「二人ってのも、いいもんね~」


 モクレンさんがため息をつくように呟いた。


「え~? そんなこと言って、本当は寂しいんじゃないの?!」


 横で笑うと、彼女の顔が強い光で照らされる。前方からの対向車であった。私たちが乗っているバスに危うくぶつかる勢いですれ違って来て、クラクションが地下に鳴り響いた。悪いのは向こうだというのに。地下街を歩いている人がその音に驚いて振り返っているのが上から見えた。


 あれ? あの女の子は確か……。ジャパン学園の用務員をしている色黒の女の子だった。エキゾチックな容姿は殊更見覚えがあった。


「モクレンさん! あの人さ……」

「着くわよ~」


 そう言ってモクレンさんが腰を上げて私を通路へと押しやった。ので、席を立つしかなかった。彼女が言ったように私たちが降りる停留所の名前が電光掲示板に輝いている。


 電気自動車のバスは、ガソリン自動車とは比べものにならないくらいの静けさで私たちを置いて走り去って行った。ホームはより地下にあった。私たちが到着したところは桟橋のようになっていて、下はまるで工場のように広大な駅だった。


 黒光りする車体は各々に内部から光っていて、四角い窓から光を放つ。それがまるで何か良くない化け物が、目を爛々と光らせているようにも見えた。


「ホームの入り口はあすこね、ラーメン屋はその真向かいにあるの~」

「……うん!」


 地下からは、私たちの髪の毛やスカートを巻き上げるように風が吹いた。ユリと約束したのも確かに『そこ』だった。テレパシーを使う際に、一緒に場所のイメージも彼女は私に送って来た。間違いない。


 長時間並んでモクレンさんと食べたラーメンは美味しかった。というか相当腹が減っていたので、本当のところ何を食べても同じ感想だったかも知れないけれど。



* * *



 二人でジャパン学園の寮に戻って来ると、三人は先にリラックスした面持ちで私たちを待っていた。いや、二人か。ボタンの様子が明らかに可笑しかったのだ(ソファの端っこに座って、ぼんやりと壁というか、宙を見ている)。


「あ、良いにおい。二人して何食べて来たの?」


 キキョウさんがくんくんとモクレンさんの周りを彷徨く。キキョウさんは、私やナツメやボタンにとってはお姉さんだけど、モクレンさんから見たら年下だもんね。仕草がやけに幼く見える(飼い主の周りをまわる、小犬みたく見えた)。


「ラーメン? っていうか支那蕎麦よ~」

「え?! あれ、支那蕎麦だったの?!!」


 いやいやいや、あなたが『ラーメン』って言いませんでしたっけ?


「いいなぁ、てかうちは私が戻ったもんだからファミレスだったよファミレス。しかも『コロニーN』にもある店だってのに……」


 文句を言いながらも、ナツメの口角はくすぐったそうに上がっていた。球技大会に来なかったから不仲なのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。その隣でボタンがぼんやりと座っている。


「ボターン!?」


 私が覗き込むと、はっとしたように彼女は幾度か瞬きした。水色の瞳はガラス玉のようだが、今日はなんだか曇って見える。肌の色も可哀想なほど白かった。


「あ、おかえりぃ、二人とも」


 ふにゃふにゃと笑うが、どうも元気がない。昨日のことを引きずっているのだろうか。


「大丈夫!? ボタンはちゃんとご飯食べたの!?」

「うん、家族とね、さっき、済ませて来たよぉ?」


 打って変わっての朗らかな態度だ。つい、昔弟にやっていたように思わず右手が彼女に伸びた。おでこに触れた瞬間にピリッと電流が走って、とある景色(シーン)が見えて来た……。

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