第11話 やがて、何も
ぼんやりしながら廊下を歩く。タケさんの言葉が頭の中でリフレインしていた。友達を信じられないなんて。
「何ボーっとしてんの」
「うわ……」
危いなぁ。パンジーにダンボールの角で小突かれた。
私たちは全学年の回収したハチマキを四年の教室に運ぶところだった。ちなみに総合優勝は二年生だった。バレーボールとドッチボールは準優勝、ハンドボールとテニスに至っては優勝と好成績だったからだ。
ハチマキは明日の総片づけまでうちのクラスに保管される。なんでも、後日マツ先生が一枚いちまい丁寧にアイロンをかけるらしい。
「……正直気持ち悪い〜」
私は色とりどりのハチマキの入ったダンボールを、教卓に置いて少し笑った。
「体育命だからねぇ」
とパンジーも笑って、やれやれと腰をたたいた。
「……一年の時は、私たちの学年は数学も先生にお世話になってたんだよ」
「マツ先生に?」
「そう、それだけじゃなしに、私はマツ先生に頭が上がらないな。ベゴニアのこともあるし……」
なんで彼女の名前が出てくるのだろう? 顔に出ていたのであろう、パンジーは少し笑いながら続ける。
「本当は彼女も一緒に受験したのよここに。でも私だけ受かっちゃって……。泣きながら合格発表を見ていたら、マツ先生がやってきてね。『俺は学長と親戚なんだ、どんな形であれ、二人が引き離されないように手配してやるよ』って言ってくれて……」
「……」
それを、言われたのが私と『あの子』だったらどんなに良かったか……。
「それで、ベゴニアは用務員としてここで働けるようになったの。たまに私も学園の仕事を手伝うのだけれど、彼女ほどじゃあない感じ」
「……いいなぁ~」
「え?」
「なーんでもない~」
そこで、パンジーは「あいててて」と突然腰を曲げて呻いた。
「も~、おじさん臭いなぁ、今日他校の生徒にちやほやされていた女の子と同一人物とは思えないけど……。あ、ちょっと待ってね~」
私は彼女に背を向けて、解けた靴紐を結ぶために屈んだ。
「学園指定のブーティは可愛いけど、紐が難儀よね~」
…………? 返事が返って来ない。いつもおしゃべりなパンジーが黙っているので、振り返って私は氷ついた。目の前には片側(こちらから見て右側だ)欠けた白い仮面の、銀髪の女の子が立っていたのだ。いつのまに? 彼女の腕にはぐったりしたパンジーが抱かれている。
私は仮面の少女の目元を凝視しようとした。それに気づいて白仮面は割れた部分を手袋の指先で覆うようにして隠してしまう。垣間見えた目の下には確かに残像のようにホクロが見えた気がする。でもボタン同様、正確な位置も数も確認できなかった。
それというのも手を離したら白い仮面は元通り修復されており、傷一つなくなっていたからだ。何でこんな風に思わせぶりに……。今一度欠けた部分を見せたのだろう……こちらを混乱させるためかもしれない。そこまでぐるぐる考えつつ、私はやっと口を開いた。
「……パンジー、離してよ」
「久しぶりかしら♫」
「聞いてんの~?」
「聞こえてるけど? ♫」
私の後ろをゆっくり指さし、「そっちこそ、『それ』、気づいてるの? ♫」と笑った。
しまっ……。
振り返った私の目に飛び込んで来たのは、無限に陳列する机と椅子たちだった。教室の端すら遠過ぎて見えない。いや違う『端』なぞ存在しないのだ。
「『無限、教室』?」
思わず声が出ていた。
「今回の亜空間はいつものとわけが違うんだ♫」
よいしょっと、丁寧にパンジーを床に寝かせてから白仮面は私の方に向き直った。
「私が作り出したオリジナルの空間なの♫、だから……」
シュルッと背後で音がする。
「全部が、私の意のままなんだ♫」
軽い衝撃と共に、目の前が不意に見えなくなる。衣擦れの音……。両手も両足も……そして目も、さっき私たちが運んできた、ハチマキで封じられていた。
「……ん~!」
なす術もなく、傍らの机や椅子をなぎ倒して倒れる。
『愚か者は、まじめさを盾にする(Solemnity is the shield of idiots)』
相手のPK攻撃に備えて、私はとっさに自分の周りにバリアーを張った。
「モクレン、第四学年、出身は『コロニーO』♫」
無様に床にへばりついている私の耳に、コツコツとこちらへ歩んでくるブーティのヒール音が聞こえた。
「能力は補助系……バリアーはSクラスか……へーすごいなぁ♫」
足音が止まる。
「でもさ、知ってる♫?」
相手の息がかかって、初めて顔のすぐそばまで来ていたことに気づいた。瞬間顔に重たい衝撃が走った。頬を殴られたのだ。
「直接攻撃には効かないんだ、これ(バリアー)♫」
今度は腹を蹴られた。
「……っう、あ~!」
殴られた時に切れたせいで、口の中に血の味が広がる。相手は容赦なく私をいたぶり続ける。それでも私は、頭グルグルの最悪気分の中で打開策をひたすら考えていた。
「そうか、人を捜しているのね♫」
「……」
「奇遇ね、私たちもなのよ♫」
こめかみをブーティの踵で蹴られた。
「でも『あなた』はどうやら違うみたいだわ♫」
私は自分の未来を見ることはできない。人の予知も自由にポンポンできるわけではない。見たい時は……ただひたすら強く相手のことを考える。一緒にいるパンジーは……どうなる?
特有の鈍い痛みともに、私の脳裏に映し出されたのは……必死に呼び覚すことによって見ることのできた未来は……私の背筋を氷つかせるのにはひどく十分だった。
歩んで行く。銀髪の仮面彼女の足は、私からふいに離れて倒れているパンジーの方へ……。歩んで行くのだ、私のクラスメイトの元へ。
「……っさせない~!」
ただそれだけを強く思った。不自由な手足、良く回らない頭……それでも。必死にパンジーの気配を探り、跳ねるように這って彼女のそばまで向かい、覆いかぶさった。すぐ近くでガラスの割れる音がして、私にも強い衝撃が走った。
でも……私には何も見えなかったし、痛みも感覚も……。やがて何も分からなくなった……。
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