第10話 思いがけない観客
場所は変わって、ここは体育館だ。よく見知った細長い体が跳ね回る。ピーっと笛が高らかに鳴った。
『試合終了です』
私とナツメは歓声を上げてこの試合の立役者、あーちゃんに駆け寄った。
「すげー二年バスケ優勝じゃん」
ナツメはタオルとスポーツドリンクを甲斐がいしく渡している(マネージャーみたい!)。
「つっかれた~!」
しかしこの女……サッカーも野球もドッチボールも出ていたのに……。私とナツメは、自分の試合の時は代わりばんこにあーちゃんの応援をしていた。
「そういやナツメたち、野球どうなったの?」
あーちゃんたち二年は一年に野球で一回戦で負けている。普通体ができている上級生が強いに決まっているのだが……。
「次三年と決勝……でも何か朝会ったパンジーさんのルームメイトのベゴニアさんって人? 助っ人で入ってるみたいでさ、すごい上手いんですって。だからちょっと勝てるか不安……かな?」
ジャパン学園女子部球技大会には『助っ人制』なるものが存在する。先生から事務の人まで生徒の要請で自由に試合に参加することができるのだ。
「モクレンさんドッチは?」
「負けたぁ~」
しかも初戦で。パンジーに引きずられるようにして向かった小体育館で私が見たものは……水色の一年カラーのハチマキを絞めたマツ先生だった。私たち四年生は蛇に睨まれた蛙みたいに汗だらだらになった。
「いやでもモクレンさんは頑張ってらっしゃいましたよ?」
ナツメが笑いをこらえながらフォローする。そう、うまーく逃げ回って最後の一人まで粘って残ったのだ。気がつくと向こうの内野にはマツ先生一人、こっちの内野には私一人になっていた。
「……あれで勝ててたら、私は人ではないね~」
負け惜しみではなくホントにそう思う。そういえば、その試合のあと、例のベゴニアという少女が、マツ先生に駆け寄って何かしら話しているのを見た。
「あ、あれボタンじゃない?」
汗を拭きながらあーちゃんは目線でギャラリーの方を指した。ナツメと私が振り返ると、なるほど、良く見知った少女が見える。そばには品の良さそうなおばさんと、ボタンに似た綺麗なお姉さんが立っている。
二人はボタンに何かしら話しかけていた。そうかあれがボタンのお母さんとお姉さん……。何だか微笑ましい気分になってあーちゃんと顔を見合わせて笑った。
ふとナツメを見やると……ナツメの眉間に「おや?」というような皺が見えた。急いでボタンたちのほうにまた目をや戻すと……。
ボタンが笑っていた。
悲しそうに寂しそうに、居心地悪そうに微笑んでいた。ナツメが舌打ちする。
「……っ何だよ、あれ」
それを労るように話しかける二人の女性。
「ぁ」
私たちに気づいて、ボタンは二人に何かしら声をかけると、こちらに駆け寄ってきた。それもいつもと変わらない愛嬌を振りまいて。でも笑顔は何だかまだ寂しそうだった。私たちに会釈してボタンの母と姉はギャラリーの波に消えて行った。
「嫌なら無理に会うことはないのに、私みたいにさ」
ボタンが到着するとナツメが呟いた。彼女にしては優しい声色に、あーちゃんと私はうふうふとなる。
「嫌なんてそんなことないよ、二人とも親切だし。あたし大好きだし……ただ……」
「ただ?」
「『ごめんね』って思っちゃう」
満面の笑みで答えられてしまったので、私たちは直ぐには何も言えなかった。あーちゃんが正気に戻って、「それってどういう……」と意味を問おうとした瞬間。ナツメの、「ヒィッ!」っていう声にならない叫びが邪魔をした。何ごとかと目を向けると、見知った童顔が右手を上げている。
「や!」
「た、た、タケさん?!」
「何してんですかー! こんなところで!!」
「何って新卒に目ぼしい人材がいないかスカウトしに来たんだよ、警察の人間としてね」
キリっとキメ顔で襟を正されるが、スーツ姿で体育館の真ん中にいるのはハッキリ言って目立つ。
「というのはたてまえで、内部調査がおおっぴらにできる日だからさ。それに……」
と続ける。
「懐かしい顔も、いるみたいだし?」
と私たちに囁いた。
「タケ」
見ると、いつの間に体育館に来たのか、マツ先生がタケさんに走り寄って来るところだった。
「マツ」
「久しぶりー、小体育館にアイツも……」
何か言おうとしたところで、タケさんは右手でマツ先生を制して声を潜める。そして何かを囁いた。瞬間、マツ先生の顔が明らかに曇る。でもまたすぐにニパッと笑い返して、「いや、全然そんなことはないよ。ところでそこの四人知り合いなの?」と尋ねた。
「いんや」
と、タケさんは首を振る。
「野球とバスケで秀でてたからねぇ、勧誘してました☆」
自分より背の高いあーちゃんの髪をぐりぐりしながら、タケさんは誤摩化して笑う。
「マツ先生、次試合です」
赤いハチマキをした二年生が、ギャラリーから声をかける。
「おっと、俺も行かなきゃ。良かったら俺の応援もよろしく頼むよ」
私たちは、「はぁ」だとか「うー」だとか曖昧に返事したのに、マツ先生はどこ吹く風で、笑顔でその場をあとにした。先生が見えなくなってから、「何だよタケさん、学園内に友達いるならその人に情報聞けばいいじゃん!」と、あーちゃんは乱れた髪を整えながら口を尖らせた。
「……友達だから聞けないことだってあるだろ?」
タケさんは、どこか平坦な声で答える。そしていつものようにつけ加えるのだ。
「それに俺はあいつも疑ってるしね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます