第4話 窓のひさし

 タケさんたちは、ユリとナデシコを安全なコロニーに移してくれると約束してくれた。今のまま『コロニーJ』にいたら、また潜在能力を狙われて危険だという判断。学園側からすると、それこそ『失踪』扱いになるだろう。


 ユリとナデシコは、明日ボタンの能力が回復してからタケさんのところに連れて行くこととなった。寮に私とナツメを抱えてテレポートして戻ってきたボタンは、流石にもう限界だったようだ(くたくただ)。


「モクレンさん、ナツメ、ボタン大丈夫?」


 キキョウさんが走り寄ってきたので、ボタンは無理やり顔を上げると、


「ごめっ……も……私限界……」


と言って意識を手放した。コイツ……絶対キキョウさんの前で力つきたこいつ。でも頑張ったから、ご褒美だな! 私はキキョウさんに些か重心を多めに預けて二人でボタンを抱えると、部屋に向かって立ち上がる。


「私も限界……おやすみ」


 途中、そう言ってナツメは振り向きもしないで自室に入って行った。部屋に入って行くボリュームのあるツインテールの先が、冷たく翻るのが妙に目についた。彼女、大丈夫だろうか?


 二人でボタンを寝かせてリビングに戻る。ワイワイ大騒ぎをしながら食事する広い部屋。でも今日は二人きりで、とても静かで……なんか寂しかった。向かい合ってソファーに座ると、ハアァと私の口から安堵のため息が漏れた。


 それを、手を組んだキキョウさんが薄笑いを浮かべて見つめていた。彼女にタケさんとのやりとりを伝えなくてはならないし、彼女だってそれを聞きたいだろうに。疲れている私に気をつかってか、自分から聞いてきたりしなかった。それどころか、我慢しきれずにキキョウさんはくすくすと笑い声を漏らす。


「ちょっと……何~?」

「……いやなんでもないよ、二人のお守りご苦労様」


 ますますわけが分からずに、私はちょっと頬を膨らませて見せた。


「何だよ怒らないで、ご飯食べようよ。あーちゃんが作った中華スープあるじゃん!」


 何だか釈然としなかったけれど確かにお腹は空いていたし、キキョウさんと二人で遅い夕食をとった。片づけをしているとキキョウさんが毛布を二枚と枕も二つ引きずって慌ただしくダイニングに現れる。あっけに取られている私を見て、「だって今日私らの部屋使えないじゃん」とこともなげに答えて見せた。


「あ」


 そーだった。私たちの部屋はユリとナデシコに貸し出しているのだ。キキョウさんはへへっと薄ら笑いを浮かべながらソファーに寝床をこしらえている。


「何?」


 妙に楽しそうなキキョウさんを見て、私は眉をひそめる。


「なんかさ、普段寝ない場所で寝るのって何か面白くない? 『お泊り会』みたいで」


と言う彼女につい吹き出してしまう。こーゆー子供っぽいところが、いつもの生真面目な彼女と違って何だか微笑ましい。


 本当は時として。キキョウさんが誰かを探すように、寂しそうに、世界を見ていることを知ってるのだ……。他の三人は気づいているのだろうか? 私はその眼を見る度に、まるで自分を客観的に見ているように感じることと、彼女が探す相手が己でないことに、なんだか傷つく。


 でも今日は何だか可愛らしくて良いではないか。


「モクレンさん奥のソファー使っていいよ、そっちのがでかいから」


 年上を気遣うところも尚良し! だからその日はソファーでそっと目を閉じた。


* * *


 翌日、珍しく早く起きたボタンが、ユリとナデシコをタケさんのところまで連れて行った。その時もまだ目を覚さない二人を見て、ナツメはナデシコの髪にちょっと触れて寂しそうに俯いていた。


 学校はいつも通りだ。朝から球技大会に向けて練習している生徒が校庭にちらほら見られる。昨日私たちが戦ったグラウンドは、掛け声をかけ合う生徒の爽やかな姿をのせて、全然違う顔を見せていた。……これぞ『学校』って感じ……。ため息が出る。


 そしてそれは昼休みも例外ではなかった。球技大会の競技はバレボール、ドッチボール、バスケにサッカー、野球に卓球など様々だ。私はさし触りのないドッチボールにエントリーが決まっていた。


 一人が一種目では人数が足りるはずもなく、重複する生徒も多数いる。あーちゃんなどは全部の種目に(!)エントリーしているらしい。二階の廊下の窓からグラウンドを見下ろすと(前の授業が二階の教室だった)、キキョウさんたちのクラスがサッカーの練習をしていた。


 次の授業は三、四年合同の体育。三年生は昼休みを返上して練習に打ち込んでるわけだ。三年生のクラスにはキキョウさんがいる。よしよしイッチョ手でも振ってやるか? と思って私は窓を思い切り開けた。


「あ」


 身を乗り出した瞬間、胸ポケットから万年筆が下の階のひさしに落ちてしまった。下まで落ちて行かなくて良かった。忘れられない、大切な宝もの。



* * *



「モクレンねぇちゃんがんばってね」


 小さな手から渡された想い。『コロニーO』を出発する時、私が生活していた寮のみんながお金を出し合って送ってくれたものだ。高価なブランド品の万年筆。モクレンの『M』ってちゃんとイニシャルも彫ってあった。それはあの娘がコロニーを出るときに、私から手渡した品と同じものでもある。



* * *



「いけない」


 急いで手を伸ばす。全然届かない。外にいるキキョウさんに念動力で取ってもらおうか……。いやいや人目につきすぎるし。窓をくぐってひさしに飛び乗る? しかし二階とは言えども結構な高さだ、もし落ちたりしたら。窓の前で口に手を当て思案していると……。


「何か落とした?」

「え?」


 躊躇するより先に、一人の女生徒(淡い茶色のウェーブヘアだ)が隣の窓から外へ飛び出していた。楽々とひさしの上を渡りペンを拾って私と面と向かうように窓から顔を出す。顔がぶつかりそうになって、私は「わわわ」と窓辺から離れた。シャンパンみたいな黄色い瞳が細められる。外が明るいから、瞳孔が小さくて猫の瞳みたいだった。


「ほら」

「あ……ありがとう」

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