第3話 予想は当たる
「何か変だ」
校庭に走り出た瞬間、私は異質な空気を感じ取った。それは前にも感じたような、怪しい気配であった。どこでだったっけ……?
「キキョウさん! モクレンさん! あーちゃーん!!」
泣きそうなボタンが、キキョウさんの腕に飛び込んできた。
「ナツメが、なつめが!」
「わー何だよ、取りあえず落ち着けお前は!」
キキョウさんはボタンの顔を、身体からぐいぐいと引き離す(ボタンがいつも言う『照れ隠し』ってやつだ)。
「ナツメがどーしたの?」
私はボタンを自分の方に向かせて尋ねた。
「わかんないけれど気配はするのに『ここ』にはいないんだよ、誰かと闘ってるみたいだし多分怪我だってしているのに……」
「うん! ……いる」
あーちゃんが校庭の中央を見据えて呟いた。
「亜空間かも」
そう言って、キキョウさんはボタンの肩を掴み、「いい? 今から私が言うことをしっかり聞いてね」と切り出した。
「今、ナツメは恐らく亜空間の中にいる、現時点でナツメと交信できるのはあーちゃんだけ。あーちゃんのテレパシーを通じてあーちゃんだけでも先に亜空間に送るの」
「え!? そんなこと私……」
ボタンが青ざめる。
「できる、お前の転送能力は次元なんて無視できるんだからさ」
「ボタンはやればできる子だよ~」
私はボタンの頭をぐりぐりして激励してやる。ボタンはあーちゃんの様子をちらりと見てから、力強く頷いた。校庭に立ち尽くして悲しそうに佇むあーちゃんに向けて、手を差し伸べる。彼女は、私から見ても心からナツメを心配しているように思えた。
「ナツメ助けよぅ、あーちゃん」
あーちゃんは口をキュッと結んで、頷いた。ボタンとキキョウさんの決意に満ちた瞳。……あんな風に、一途に誰かにもう一度逢いたいって、救いたいって、私もそう思ってここへ来たんだよ……。本当は。
* * *
そうして私たちは、無事にナツメを(それとユリとナデシコも)奪還したわけなんだけど……。
「よくこんな時間に寮を抜け出せたな」
タケさんはのんびりいつもと変わらない。ボタンに気配を探らせて瞬間移動してきたこの場所は、いつものビルでも、シティホテルの一室でもなかった。
至るところにモニターや機材が設置され、スーツの上に白衣を羽織った、いかにもキャリアという連中が暗闇の中でモニターに目を光らせている。突然現れた私たち三人に目もくれない。恐らく、こういった存在をやってくるのが初めてではないのだ。
「ここでは何だから、ちょっとこっち来てくれる?」
タケさんに通された部屋はまるで社長室のようだった(この部屋は、ナツメから以前聞いたことがあった)。タケさんに会いに来たのは、私、ナツメ、ボタンの三人だ。あーちゃんはナツメとユリの怪我を治すのに能力を使いきってしまって、寮で眠り込んでいた。
怪我から回復したばかりのナツメも残るよう進めたのだが、強い意志に押し切られて連れてきた。だからキキョウさんがユリとナデシコとあーちゃんを寮で一人、守っている。
「それで? ナデシコは能力開花したのか?」
当たり前のように革椅子に腰掛けたタケさんは、私たちを見上げて尋ねた。
「……しました、今はそのショックか眠ってます」
「そっか……で、何があったか説明してくれる?」
そこでボタンと私で、一生懸命タケさんに今日の出来事を説明した。その間ナツメは黙って床を睨んでいた。
「じゃあユリって子はお前らを襲った相手と『繫がり』があったわけだな」
タケさんは、顎に手をやって考えるポーズをしてから、「それで今は味方なのか? 話は聞けそうか?」と私を見た。
「怪我は治したんですけど、相当重症だったのでまだ目を覚ましません~」
「そうか……じゃあ疲れてるとこ悪いんだけれどボタン、もう一仕事で二人を連れてきてくれるか?」
そう言って、にっこり笑いかけてくる。
「二人のことはこっちで保護するからさ」
何だかその笑顔が妙に薄っぺらく見えて……。
「嫌です」
唸るような声が背後からした。
「あいつら(学園側)はナデシコの目覚める前の能力を奪う気だって言ってたよな。じゃああんたたち警察は何なんだ? 力を奪い損ねたといったってナデシコは能力者だ。利用価値なんて山ほどあるだろ? 私たちみたいに……」
「ナツメ〜……」
「能力者の私たちの方が危険度高いじゃん! そんな危険な目に遭わせてるって自覚あるなら持ってる情報全部寄越せよ……!」
だんだん興奮してナツメは声を荒らげてタケさんに掴みかかろうとした。私とボタンはナツメにしがみついて必死でそれを食い止める。さすがオフェンス的能力者、小さいのに力が強過ぎて難儀する。
「ちゃんと説明してくれるまで私信じないからな! 渡さない! 二人とも私が守るもん……」
だんだん涙声になる。タケさんは椅子から急に立ち上がってナツメの頭にポンっと手を置いた。あまり背は高くないし、童顔なのに、その仕草は妙に大人に見えた。
「最初から話せなくて悪かった、ちょっと事情があったんだ」
そしてちょっと頬を掻いてから、「『ごめんな』」と言って微笑んだ。押さえつけているナツメの腕から、安心したように力が抜けるのを感じて私は手を離す。開放された腕でナツメは目元をこする。瞳の色だけじゃなく、目の端がちょっと赤かったが見ないふりをしてあげた。
「簡単に言うと、お察しの通り学園に潜入させたのはお前らが初めてじゃない」
「やっぱり〜、その女の子たちはどうなったんですか~?」
「全員『消えた』ね」
横に立っていたボタンがひゅっと息を呑む。私は思い至ってしまった可能性に気づいて思わず震えた。コスモス、もしかしてあなたは……。確かにおかしいことは色々あった、私たちの施設には一人分ですら受験料が用意できたかどうか怪しかった。
「俺が所属するのは、警察の本部には知られていない秘密部署だ。ジャパン学園ってのは警察よりも格が上だろ?」
私たちは愚鈍に頷く。その程度なら知識があった。
「そのジャパン学園が例え受験生や生徒を連れ去っていたとしても、公に調査ができないからな」
なるほど……だから。
「だからさらわれそうな生徒がいたらお前らに監視してもらって、さらって得たエネルギーを何に使うのか突き止めてもらう。……毎年大勢の受験生がいなくなってる事実があるのに警察が何もしないってのもあれだろ? だから俺の上司がこっそりここを作ったわけだ」
「さっきの……、私たちの前の少女たちって」
「過去四度実施されてる。でも学校に潜りこんでしばらくして……」
全員『消えた』……?
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