第13話 夜の襲撃

 件のビルの外に出ると、辺りは真っ暗だった。


 あのあとタケさんは、ボタンが十センチ瞬間移動できるようになるまで、ひたすらしごいたのだった。憐れなボタンは見るからにボロボロだった。フラフラと私たちの後をやっとついて来ている。


 私はタケさんの話を聞いて、女の子たちを念力で持ち上げてみていた。一人なら余裕。二人も何とか。片方がかたほうを持ち上げている状態だと、バラバラで二人持ち上げるよりは楽だった。三人はちょっと厳しい。


 私も、そこらを走り回ったような、適度な疲れを感じている(きっと、みんなだってそうだ)。


「今からご飯作ると九時とかになっちゃうなぁ、夕飯どする?!」


とあーちゃん。申し訳ないことに、二週間のあいだに彼女が食事係に固定してしまっていた。というのも、料理が異様に上手いのだ。


「棚に備品のカップラーメン大量にあったろ? それでいいじゃん」


と、いつの間にか料理担当になってしまっているあーちゃんの大変さを考慮したのか、ナツメが提案した。二人は寝室が同室になってからというもの、距離が近くなったように思える。というかナツメがあーちゃんに懐いていて、気づくとチコチコとすぐ隣を歩いているのだ(今だってそう)。


「うふ~、そうしましょ〜う!」


 モクレンさんの瞳が闇夜に光る。この人カップラーメン好きなんだよね……。数日前、夜中に喉が渇いて起きたとき、ベッドにいないと思ったらリビングで一人カップラーメンを啜っていた(豚骨醤油味だ)。


 ズンズンとモクレンさんが先頭だって、寮に向けて一人歩いて行く。寮の近くに一般人は用がないので、私たち以外の人影はいない。五十メートルくらい先にある噴水が、街灯の光を浴びて煌めくのが見えた。


「ここは、綺麗な水が沢山あるんだね……」


 いつのまにか追いついて来て、私の隣を歩いていたボタンが唐突に呟いた。何だか突然深刻な顔をしている。正直彼女のこんなシビアな表情を初めて見た。


「贅沢だよな、夜でも噴水の水出すなんてさ。誰も見ないじゃん」


 ナツメも憤慨している。急に一人だけ前を歩くモクレンさんが歩みを止めた。


「あ~……これはちょっと」


 空気を切り裂くような音がして、モクレンさんが真後ろに倒れこんだ。慌てて駆け寄り、抱き起こす。真っ白い夏服の胸の中央に、血が滲んでいるのが見える。正直ぞっとした。


「!」

「大丈夫かすり傷だから、それよりみんな下がって、私たち囲まれてるみたい~」


 モクレンさんの両脇を、ボタンと持ち上げて後退する。


「! あーちゃん! 大丈夫?」


 ナツメの声がして振り返ると、あーちゃんが右手を押さえている。指の間から血が流れているのが見えた。私たちを軸にして、何か強いエネルギーが二つ、ぐるぐると回っているのだ。


 その円は徐々に狭まってきている。


「ヤバイ、このままじゃ私たち潰されちゃうよ」


『愚か者は、まじめさを……』


 あーちゃんとモクレンさんが私たちの外側に向けて手をかざした。夜なので今度は私たちを包む光の壁がはっきり見えかける。でも次の瞬間……ガラスでも割れるように光の壁は崩れ落ちた。


 二人は怪我をしてエネルギーが弱まっているようだった。私たちに向かってくるエネルギーが暗闇の中で鮮明になる。紅い。血の色みたいな光の渦だ。


「はじめまして♪」

「コンニチワ♫」


 声は上から落ちてきた。気がつくと近くのビルの屋上に、二つのシルエットが見えるのだ。


「お前ら……一体、誰なんだよ!」


 ナツメが下から怒鳴る。あーちゃんを傷つけられて、わなわなと震えている。


「そんなー怒んないでよ、私たちも上から頼まれてやってるんだから、さ♪」


 ねえ? と片方がかたほうに同意を求めている。どこか楽しそうな、余裕すら感じさせる。


「上の人にね、あなたたちを試してこいって♪」


「試されんの嫌いなんデスけど……」


 ナツメ切れちゃってますけど。私たちは怪我した二人を庇うようにして五人でかたまった。


「それであんまり使えないようだったら……♪」


 唐突に上がってきた人工月の光で、二人の姿がようやく良く見えた。白い仮面に赤いボディスーツのような姿で、明らかに異質な格好だった。ポニーテールの金色と、クルクルとした銀色(洋画の天使みたいな髪型だ)の、夢みたいな髪色が風で煌めく。


「殺しても、いいんだって、さ♪!」


 白い仮面の片方の差し出された両手のひらに、ぐっと力が込められるのが見えた。紅いエネルギーが私たちに迫ってくるスピードが増した。私一人じゃ、四人も抱えて運べない。


「編入テストの結果が凄かったから、期待してたのになぁ♪」


 二人分の笑い声が夜半に響き渡る。


「みんな、あたしにつかまってぇ!」


 不意にボタンが大きな声を出した。一番年下で頼りないのに、何だかその声色に有無を言わさぬ気迫があって、四人同時にボタンの身体の一部を掴んだ。


 目の前が一瞬瞬きをするように掻き消える。次々と尻餅の鈍い音がして、気がつくと五十メートルくらい先にあったはずの噴水のそばに五人全員で転がっていた。


 私たちが先ほどまでいた場所で、紅いエネルギー同士が衝突して軽く爆発を起こしていた。


「で、……でかしたボタン」


 ナツメはボタンの髪をぐしゃぐしゃにして私の方に向き直った。


「キキョウさん水って念動力で集められる?」

「は?」

「タケさんの言ってたのを、試してみようと思って」


 そうか、水からエネルギーをもらうのか。


「うん! やってみる」


『恋に落ちるのは、重力のせいじゃない(Gravitation is not responsible for people falling in love)』


 私は身体の前で構えたナツメの両手の上に、自分のも重ねて集中した。無重力のように次々と水滴が私たちに向かって降り注ぐ。ナツメの手とての間に、次第に噴水の水が溜まってきた。


 しかし、それはただの水ではなくなってきたのだ。明らかに何かの形を作ろうとしている。


「結構、機転がきくねぇ♪」

「……うん、舐めてかかってた♫」


 二人はやすやすと壁を横に歩いてビルを降りると、私たちに向かってゆっくり歩いて来ていた。ナツメと私の手中の水は、渦を巻いてもはや『成長』を始めている……。


 『そいつ』がしゅるしゅると蔓を巻いて、小さな葉が、花が綻ぶように茂るたびにナツメと私の手が凍える。パキパキと音がする。熱エネルギーじゃない、氷のようにいく。


「キキョウさん……」

 ナツメがらしくもなく不安そうに私を見上げる。私は後ろからナツメを抱き込む形で手を添えている。密着していたから、私にはそのタイミングが分かった。


「「今だ!!」」

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