第14話 水の植物

絶えず落ちる水滴は石にさえ穴をあけるConstant dropping wears away the stone.


 ナツメと私の手の中から、ものすごい勢いで何かが蔓を伸ばし、バキバキと凍りつきながら飛び出して行った。水しぶきが氷柱になり、真っ直ぐに仮面の少女たちへと向かって行く。


 それは水と氷でできた『植物』だった。小さな美しい蕾をいくつも綻ばせ、透明な青い花を次々と咲かせている。信じられない……。


 氷の蔓が、まるで食いつくように片方の少女の腕に絡みつく。その場で次々と咲いた花が、街灯に花弁を透けさせてしゅるりと解けた。短い爆発音が連なって、銀髪の腕から水しぶきが舞う。


「!」

「くそ!!」


夕焼けは羊飼いの喜びRed sky at night, shepherd's delight.


 もう一人が紅いエネルギーを、手から水の植物に直接ぶつけた。花はパシャンッと音を立てて、あっけなく水に戻ってしまう。


「植物の『擬似生命体』を作り出せるだなんてなかなか……ね、大丈夫? ♪」


 腕をやられた銀髪の少女が、気遣う金髪の相棒にコックリと頷いた。


「……憶えていてね、私たちは、おぼえているから♫」


 そう言い残すと白い仮面の二人は闇に消えた。満身創痍の、私たちを残して……。



* * *



「もう、キキョウは帰りが遅すぎるわ」


 食卓に遅くたどり着いた私のために、母さんがスープを温めなおしてくれる。


「『天然樹』の下で、と会ってたんだ」

「何言ってるの、『天然樹』付近は立ち入り禁止なのよ、警備が厳重で、人なんか入れっこないわ」


 私は目の前に出された琥珀色のスープを見つめた。少女の思いつめたような瞳の色によく似ている。私は本当に彼女にあの場所で会っていたんだろうか。彼女は本当に実在する人物なのだろうか。



「キキョウ……」



 また、声が聞こえる気がした。



 明日で『コロニーS』を離れる。その前に私はどうしても行っておきたいところがあった。金網をよじ登り(そこが一番低い)、立ち入り禁止の札を無視して進入する。


 もしかしたらあの記憶は夢で、幼いころの私は『天然樹』の根元になんか行ったことなかったのかもしれない。そんな私の推測とは裏腹に、目に映る景色は夢そのものだった。


 丘を越えると根元ががすぐ見える。唯一つ違うのはあの少女が私を待っていなかったということ。『天然樹』の真上にぽっかり空いている穴から、灰色のリアルスカイを見上げて妙な確信があった。


 はこれから私が向かうところにいるのかもしれない。そう、『コロニーJ』に……。



* * *

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