第20話 相談

階下へ降りると食事の用意が整っていた。騎士さんやマーガレットさんまで席についている。貴族のお嬢様がここで食事をしてもいいだろうかと思うが、添えられたパイをキラキラした目で見つめているのでそっとしておこう。促されるままに席に着くと、少し離れた席から子供たちが手を振ってくれた。あれは右手首が生えた子と、目が見えなかった子だ。名前は……ごめん、忘れた。ニコニコとしているし、その後不具合はないのだろう。


アルス神父の祈りの言葉で食事が始まり、皆が楽しそうに食べ始める。持ち込みの材料を減らす事になるとしたら、この笑顔が見られなくなるかもしれないから今の量を維持して目立たないように子供たちを太らせよう。ふと騎士さんを見るとシスターの横の席を確保し、しきりに話しかけている。治療の見学をあっさりと諦めたのはそういうことか。


食後はやはり神父様の計らいで部屋の隅に椅子が置かれる。私とケン、ヨハネスさんとアレックスさん、マーガレットさんとメイドさんが円になるように座る。子供たちとマーガレットさんが物語を楽しみにしているが、今日はそれよりも大切な用があるのだよ。


「先ほどのオレンジの入ったパンは初めての食感で大変美味でございました。お城ではあのようなお菓子が作られているのでしょうか?わたくしの屋敷にいる料理人にも作れるのでしょうか」

「レシピはまた城のシェフに聞いてくる。それよりマーガレットに確認したい事と話したいことがあるんだ。大切な話だから聞いてくれ」


ケンの真剣な声に、マーガレットさんとメイドさんはきょとんとしてからつられるように真剣な顔になった。交渉術はケンが得意だから、任せてしまおう。


「この間聞いた婚約者ダニエルの話だが、その後どうなったか教えてもらえるか?」

「ダニエル様の事でしょうか?ええ、構いませんが……あのお話を聞いていただいた後、数日してから舞踏会の招待状が届きました。今まで舞踏会やお茶会は父が断っていたようですが、婚約が決まり初めての舞踏会ということで出席することになりそうだと父から聞いております」


「その舞踏会でマーガレットが婚約破棄される可能性はあるか?」

「ええ、おそらく破棄となるでしょう。でもわたくし、心が落ち着いておりますのよ。ずっと一人で悩んでおりましたが、皆様にお話を聞いていただいて気持ちが晴れたと言いますのでしょうか。やはり友人というのは大切な存在ですのね。気持ちを言葉として口に出すだけで、こんなにも心が穏やかになるとは思いませんでしたわ」


「ダニエルのことはもういいのか?」

「ダニエル様やご家族がお決めになられたのでしたら、わたくしがどう足掻こうと覆りませんので」


「振られた後はどうするんだ?ダニエル想ったまま修道院にでも入るのか?」

「両親がわたくしにとって一番良い道を選んでくださるでしょう。わたくしは家のためでしたら後妻であろうとどこへでも嫁ぎます。両親を信じておりますので」


「ダニエルへの愛情はなくて、ダニエルじゃないとダメってわけじゃないんだよな」

「政略結婚とは本来そういったものでしょう?ダニエル様とお会いしたのも数回ですし。結婚後は家族愛が生まれるでしょうが……」


そこまで確認すると、ケンはにやりと笑った。周りでウロチョロしていた幼児たちが真似するようににやりと笑う。


「ならさ、どうせ散るんだ。派手に咲かせてから散ってみないか?」




メイドさんに確認したところ、招待状を受けて大慌てでドレスを作成している途中だという。型は店で見たようなフリル満載のゴテゴテしたもので色はダニエルさんの瞳の色に似せた原色の青。ネックレスは純金で作られたチェーンに様々な色の大きな宝石を沢山あしらった重そうなものになるという。メイクはおしろいで肌を白くした後、口紅と眉毛を描く程度という。想像しただけで、あなたたち大丈夫かと聞きたくなる。この世界の人達はメイクしなくても整っているからしなくてもいいと思うんだけど。


貴族の流行は取り入れているようだけど、儚げな雰囲気のマーガレットさんには似合わない。私たちの現代日本の知識を取り入れて、根本から変えてもらうことにした。


「ドレスのフリルは全部なしで。手首周りだけなら残してもいいけど、スカート部分はフリルつけないで欲しいの。胸元にある大きなリボンは撤去、上半身はイミテーションとかカラーガラスでいいから小さな宝石を散りばめてつけて、ワンポイントで片方の腰のあたりに花を飾るとかがいいかな。それでスカート部分には、ショールとかストールみたいなポリエステル素材の透けてる感じの布を重ねて、アシンメトリーみたいにできないかな。薄い素材だから針も通るし刺繍入れれるよね、下品にならない程度にデザインして刺繍入れたらどうかな。あとドレスの色を原色の青じゃなくて、深い紺色とか藍色に染め直して、重ねる透ける布を薄めの色にするとか。今の色を濃くするくらいすぐ出来るよね。それとスカート部分の余剰な広がりはおさえてね」


持参した紙にイラストを描きながら早口でまくし立てる。マーガレットさんは用意されたドレスを着るだけだというので、メイドさんにまくし立てる。目を白黒させてるけど、まだドレスの話だけしかしてないから。


「ドレスには針が通りにくく、そのカラーガラスというものを縫い付けるのは難しいかと。刺繍も時間がかかるものですので間に合うかどうか。それと透ける布というのはどちらで手に入るものでしょうか?」


「縫えないなら接着剤とかでつけたらいいんじゃないかな。ハリボテでも当日取れなければいいでしょ。刺繍はお針子さんとかいないのかな。ポリエステルの透ける布は……」

「刺繍は得意なヤツがこの建物に何人かいるだろ。カラーガラスや透ける布も朝から街の中を隅々まで掃除してるやつが詳しいんじゃないか」


ケンがそう言うと、刺繍が得意なアリアさんとその他数名、それと街の掃除担当の男の子達が得意気に挙手しながら進み出てきた。聞いてたのね。


「あなたたち、お手伝いをしてくださるのですか?」

「私達はマーガレットさんの事が好きなんです。ぜひ協力させてください」

「変わったもの売ってる店なら任せろ!どぶさらいしながらいつも見てるからな!」

「糸を何度も解いて刺繍の練習してるんです。私たちもマーガレットさんの役に立ちたいです!」


子供達がそう言うと、マーガレットさんとメイドさんは感動したように顔を綻ばせた。ほとんどの貴族が教会のみ訪問し、この建物へは近寄らないという。自分のためと言ってはいたが、足繁く通い慈悲を与えていたマーガレットさんは子供達にとって憧れのお姉さんなのだろう。


「じゃあ協力者が出てきたところで、次はメイクだけど粉はたいて口紅だけってのはやめて、顔を作り込んでほしいの。アイライン引いてマスカラ重ね付けして目元を強調、アイシャドウはドレスに合わせて薄い青のグラデにしようか。口紅は薄い色にしてラメ入ったグロスたっぷり乗せて、チークも薄くふわっと入れてね。眉毛は困り眉にして儚さを強調しよう。マーガレットさんの特徴の儚げな美人を最大限に演出するの。髪はハーフアップで編み込んで髪用ラメつけるのはどうかな。アクセはゴテゴテしたのはつけないで、切れそうなくらい細いチェーンのネックレスにトップは小さいけど質のいい宝石を一つだけね。イヤリングは動けば揺れるような垂れてるタイプの華奢なやつに宝石は小さいのをひとつかふたつ。できれば光が当たると綺麗に輝くような宝石がいい……ん?どうしたの?」


「タケ、マジやばいな」


ケンが引いていた。騎士さんもドン引きだった。メイドさんも子供たちも、シスターでさえ引いていた。何かおかしかっただろうか。


しかしマーガレットさんは、目を丸くしていたけれどふわりと微笑むと私に言ってくれた。


「わたくしのためにそこまで考えてくださったのですね。両親の許可は必要ですが……何もしなくとも悪い噂が流れるのは決定しております。ケン様の仰る通りに最期に花を咲かせてみせましょう」

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