第19話 ドレス屋

予定通り一週間後に街への外出許可が出たので馬車に乗り街へと繰り出す。今日も料理人さんに焼いてもらったオレンジパイを大量に持参している。パイの作り方を覚えた料理人さんは、練習と称して毎日パイを試作するようになったらしい。それを騎士さんがせっせと持って来てくれる。シモンさんとソルさんは喜んで食べているけど、子供たちの分も残すようお願いしないとなくなるところだった。


「先にドレスとかアクセ見に行っていいか?シモンじいさんの表現分かりにくい」

「まだマーガレットさんがその作戦に乗るって決まってないじゃない」

「もしやめとくって言っても、この世界の流行の勉強にはなるだろ」


「でしたら以前お連れした普段使いのドレスの店舗ではなく、貴婦人が舞踏会で着る様なドレスを扱っている店舗をご案内します。かなり高価なものになりますが、流行りの商品ばかりが展示されているので参考になるでしょう」


ヨハネスさんとアレックスさんの案内で高級そうな店舗が集まっている一角へと歩いていく。周りも豪華な服を着ている貴族みたいな人が増えてきて、私たちのシンプルな服装がすごく浮いている。その中を騎士さん達は気にした様子もなくスイスイ歩き、高級店のドアを気軽に開けた。騎士さんたちは自分たちが簡素な服装をしていることを忘れているのかな。案の定、お店の人は訝し気に私たちを眺め、店内展示されているドレスに近寄ろうとするとあからさまに眉をひそめている。見るだけで触りませんからそっとしておいてください。


「原色とかはっきりした色が多いね。それにフリルがすごい。フリルの部分だけでもう一着作れるんじゃない?おばさんでもこれ着るのかな」

「俺はもっと宝石とかがゴテゴテついてるのかと思ってたが、袖元の部分に申し訳程度についてるだけだな。全部が左右対称に作られてるのは流行りなのか?」


ケンとコソコソと話していると、店員のお姉さんが額に青筋を立てながら近寄ってきた。悪口を言ってたわけじゃなくて事実を言っただけなのに。


「当店の商品はお気に召しませんでしたでしょうか?当店では最新のドレスばかりを揃えておりますので、貴族の奥様方に大変人気がございます。お客様方のようなお若い方々には少々お早いのではありませんでしょうか」


なんてこった。奥様方に人気ということは、この原色フリフリドレスを着たおばさんが所狭しとひしめき合ってダンスとか踊っているのだろうか。奥様がおばさんって決めつけてしまった。この世界は婚期が早いからまだおばさんじゃないかもしれないけど、商店街のバーゲンセールが頭をよぎった。


「袖口くらいにしか宝石がついてないが、なんで真ん中につけないんだ?」

「ドレス生地の素材や大きさなどから、中央には針を刺すことが難しく、襟元や手首の辺りに装飾を施すのが基本となっております。高貴な方々は首飾りに大きな宝石を使われますので、その宝石の魅力を惹き出すためにも宝石ではなくフリルを使用しております」


店員のお姉さんは私たちの無知を見下しながらも説明してくれた。その態度に騎士さんたちが怒るかなと思って見上げると、なぜかデレっとしていた。若い女性ならなんでもいいのか。


その後宝石屋にも行ったが店員の対応に変わりはなく、胡散臭げに見られて早く帰って欲しそうな雰囲気がにじみ出ていた。それもそのはず、貴族が買いに来るというお店だけあって大ぶりの宝石がゴテゴテとついたアクセサリーばかりが売られていたのだ。あんなに大きな宝石を首から下げたら肩が凝らないだろうか。というかもはや石の塊だ。指輪だって石が大きすぎて邪魔だろうに。聖女様もゴテゴテしてたしこの大きさは異世界クオリティなのか?


満足いくまで商品を見た私たちは、そそくさと店舗を出ていつもの香辛料のお店までたどり着いた。露店のおばさんの笑顔が優しい。アウェー感すごかったからね。


「アンタにもらった焼き菓子を旦那と食べたら美味しかったから、同じように作って瓶の横に並べてるんだ。おかげで少しずつ売れてるよ。ありがとね!」

「好評ならよかったです。それで今日は前と同じ黄色とか赤の粉があればたくさん欲しいんですが」

「少しだけど仕入れてあるよ。それも変な匂いだけど美味しいんだろう?簡単にできるなら作り方教えておくれよ」


カレー粉の調合は料理人さんしか分からないから次回の約束をしておいた。騎士さんたちはケンに言われるまま香辛料の瓶を購入している。あの量は、私たちの食べる量も含まれていると見た。よくやったケン。


前回食材を購入したお店で、問題にならない程度の食材を購入し孤児院へと向かう。アルス神父に挨拶をして食材を運び入れていると、ちょうどマーガレットさんが豪華な馬車で到着し降りてきた。無事会えてよかった。遠くから目が会ったので手を振って挨拶をし、先に病気の子供を診ることにした。騎士さんたちはこの二階には危険がないと判断したようで、治療を見れない事は不満そうだったが今回は昼食の用意に徹してもらった。マーガレットさんとの話は長くなるかもしれないから後回しだ。


アルス神父とケンと一緒に二階の小部屋に入ると、今日は三人の子供が意識のある状態でベッドに座っている。


「タケ様に治療して頂いたのと食材も頂いたので、子供たちに気力が戻り本日は体調不良は三名しかおりませんでした」

「それいいことだからね」


悪いと思っているようで神父さんは項垂れている。実験材料は減るけれど、目的は皆を元気にする事だから良い兆候のはずなんだけど。



「タケ様とケン様に食材を提供していただくのは大変助かるのですが、あまり多くお恵み頂くと困ることもございまして。治療に関しましてもあまりお願いするのもどうかと思っております」

「どうしてですか?あんなに痩せているし、太らせたいんですけど」


「孤児院の子供たちが満足に食事をとり元気になりすぎますと、生活の苦しい家が口減らしのために軽々しく子供を捨てるようになります。自分達が育てるよりよほどいい食べ物を与えられると思うのです。怪我や病気にしてもそうです。貧しい家はろくに治療ができませんが、この孤児院で暮らす子供が元気すぎると、ここへ捨てれば治るかもしれないと思う可能性があります」

「それは……ただ皆に元気になってほしかっただけなのに」


「ええ、そのお気持ちは十分に頂いております。ですので贅沢にならない程度に、街の人々から怪しまれない程度にお願いしたいのです。このようなお願いは恐れ多いと思っておりますが、お伝えしておかなければタケ様はもっと多くのものをと願われるでしょう」


「そうですね。考えなしでごめんなさい。でも、バレない程度ならいいんですよね?」

「それはもう、ありがたいことでございます。女神さまのお恵みに感謝を……」


孤児院の建物が古いままなのも、子供たちが汚れた服を着ているのも、痩せ細っているのも、全部なおしたいと思ってた。けどそれは必要があってそのままにされている部分もあるのだと理解できた。ケンを見ると、納得のいかないような顔をしていたけど頷いてくれた。きっと私も同じ顔をしているのだろう。


今日の子供たちは毒性のある植物を触ってしまったようで、両手が腫れている子たちだった。シモンさんに言われたみたいに触らずに治せるかと両手を患部にかざしてみたが、何の反応もなくただの中二病みたいになった。ならば患部から離れた部位を触って治してみたらどうかと実験してみると、出来ることは出来たが時間が多めに必要だった。手首を持って力を注ぐとすんなり治ったので、患部に近ければ近いほど早く治せることが分かった。


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