第11話 物語
アルス神父と一階へ降りると、広い部屋の中央に置かれた椅子にケンが座っていて、その周りを子供たち全員が円を描くように取り囲んで床に座っていた。子供たちに混ざるように騎士さんたちとシスター二人と、薄いピンクの長いワンピースを着た女の人もいる。彼女はどこかのご令嬢だろうか。そんなに綺麗な服で床に直に座ると汚れるのに。泣いていた赤ちゃんは泣き疲れて眠っているようで、ケンの声だけが聞こえてくる。
『王子は娘にガラスの靴を渡しました。娘は椅子に座り、そのガラスの靴に自分の足を入れました。するとなんと、ガラスの靴は娘の足にぴったりと合ったのです。』
朗読会が行われていた。この暗い建物の雰囲気と子供たちに、そのストーリーが何ともマッチしてしまっている。子供たちは男女問わず目をキラキラとさせてケンの話を聞き、騎士さんやシスターもワクワクとした顔で聞いている。ご令嬢も両手を祈るように組んで目をものすごいキラキラさせている。
物語が終わりケンが立ち上がってお辞儀をすると、ワッと歓声が上がった。暗い表情をしていた子供たちが今は目を輝かせて笑っている。少しの間でこれだけ表情が変わるとは。ケンは「カリスマ」とかの能力を持っているんじゃないか。
「みんな、今度来た時は違う話してやるからな。その時まで元気でいろよ」
「はーい」「楽しみ!」「また来てね!」「まってるね」
「俺はこの綺麗なお姉さんと話があるから、仕事に戻ってくれ。そっとしといてくれな?」
「はーい」「何話すの」「ひとめぼれか」「見てていい?」
子供たちを見事に従えている。保育士になれそうな懐かれっぷりだった。アルス神父とシスターは仕事があると言って二階へ上がって行った。口裏合わせを頼むよ、神父様。
ケンと騎士さんとご令嬢と私で、部屋の隅へ移動する。ご令嬢は艶やかな茶色い髪を腰までまっすぐ伸ばしている。顔も近くで見るとかなり美人だ。十六歳くらいだろうか。聖女様も美人だったが、あちらは豪華な美人、こちらのご令嬢は儚げな美人といった印象を受ける。
「先ほどのお話、とても感動致しました。聞いたことのないお話でしたが、ご自身で考えられたのですか?」
「いや、俺の故郷で親から聞いた話だよ。それよりあんたは貴族のご令嬢?」
騎士さんたちが顔を青ざめさせてケンに詰め寄ろうとするが、寸前で手が止まる。中二病がまだ怖いのか。ご令嬢はそんな騎士さん達をみて首を振り、ケンに向き直って腰を下げて挨拶をする。カーテシーというやつか。実物初めて見た。
「失礼致しました。わたくしはサンドレア子爵家が次女、マーガレット・ド・ブルボン・サンドレアと申します」
「マーガレットさんか。いい名前だな。俺はケンでこっちがタケだ」
「ありがとうございます。ケン様、タケ様。お二人も慰問でしょうか?」
「ちょっと寄っただけだ。それより、慰問ってどんな事するのか教えてほしいんだけど」
なるほど、ただのナンパじゃなかったのか。教会前ですれ違ったゴテゴテの貴族はこの建物に来そうにないし神父様とお話しして形だけの慰問という事にした気がする。それで本来の慰問とはどういうものなのかをこの女性に聞くのだろう。神父様に聞いたらいいのに。彼女が美人だから選ばれたのか。
「そうですね。他の方の事は存じませんが、わたくしは子供たちの日々の生活のお話を聞いたり、わたくしの聞いた事のある物語をお話ししたりしています。先ほどのお話は本当に心が震えました」
「他にはどんなことを?」
「わたくしは刺繍が得意ですので、ハンカチに刺繍を刺して寄贈したりしています」
「物を渡すのはいいのか?渡した物は国に報告するって聞いたが」
「申し訳ございません。そのあたりは詳しくありませんでして…。父にどういったものをお渡しするのが良いかを相談した際に、ハンカチなどがいいと返答がありましたので、その言葉のままに寄贈しておりました」
「腹が膨れるモン持ってきたらいいのに」
ケンの直接的な物言いに騎士さんたちはまた青ざめていたが、マーガレットさんは目を丸くして驚いたようだった。
「まぁ……!思いつきませんでしたわ。そうですわね、この子たちとても痩せていますものね。何ということでしょう!でしたら次回はお菓子などをお持ちしましょう」
「父親に相談してからな」
「ええもちろん。貴方がたは次はいつ来られるのでしょうか?」
「許可が出るか分からんからいつとは言えないな。けど縁があるならまた会えるだろ?」
マーガレットさんはケンの言葉に嬉しそうに頷いた。言葉遣い悪いのに好印象与えるとか、なんなんだ。
アルス神父とシスター二人が降りてきたので、見送ってもらって馬車へ乗り込む。シスター達は泣いた後なのか、目を腫らしていた。女の子の腕を見て泣いたのかもしれない。アルス神父を見ると目があって頷いていたので、説得はうまくいったのだと思う。騎士さんたちはシーツで隠れてたし腕の事は知らないから、軽い口止めだけすればいいだろう。
「また来れたら来ますね!」
「関西人かよ」
馬車へ乗り込むと、ケンが目で「やれ」と言ってくるので、捨て身の作戦を実行することになってしまった。上目使いで困った眉を作って、騎士さん達を見る。
「ヨハネスさん、アレックスさん。今日見た私の能力のこと、他の人にあんまり言わないでもらえませんかぁ?毒が治せるってこと、広まったらもう外に出れなくなっちゃうしぃ……」
隣から小声でへたくそか、と聞こえてくるがこれでいいんだよ。ヨハネスさんを見てみなさい。もうデレデレしているではないか。
「私たちだけのヒミツにしたいんでぇ、次もヨハネスさんとアレックスさんについてきて欲しいなぁ……」
ほら、アレックスさんも落ちたではないか。イケメン以外なら得意なんだよ私は。これで秘密は守られた。元々友人として来ているとか宣言してたし、男に二言はないだろう。
馬車の揺れでお尻を六つに割りながらお城に帰ると、家の前でシモンさんとソルさんが待っていてくれた。ソルさんが睨みをきかせると騎士さんたちはそそくさとお城へ帰って行った。ケンが買った香辛料と共に。毒物ではないかをチェックした後に返してくれるらしい。夕食までに返ってくるといいな。
「ただいま!シモンさんソルさん。変わりなかった?」
「おかえりタケ。首長くして待っとったよ」
「タケ様の私物を狙った騎士が一名おりました」
「え?誰そのキモイ人。その人どうしたの?」
「……」
「生きてるよね?!」
「…………」
家に入り四人でダイニングテーブルにつく。ソルさんに家の周りに誰もいないかを警戒してもらいながらシモンさんに教会で起きたことを伝えた。今日の事がバレたらヤバイことや私たちのやりたい事も伝える。
「なんじゃその奇天烈な能力は」
「やっぱり治癒能力でもここまでいかないの?」
「聖女様は万が一に備えて、あまり力をお使いにならないのだ。ワシも治すところは見たことがなくてな」
「胡散臭いなその女。本当に治癒できるのか?」
「ワシが鑑定したから確かだ。しかしどれほどの規模かは分からん。伝承によると大勢の人々を瞬く間に癒したとされているが、全く同じ能力かどうかもわからんな」
目の前のティーカップを見つめる。この紅茶にお店で買った生姜の粉を入れたらジンジャーティーになるだろうか。シナモンもあったから入れたらシナモンティーになるかも。早く返ってこないかな。
「それで公開の範囲じゃが、毒や痙攣の事は報告することになるが、腕の事は城ではワシらだけにしといたほうがええ。街に行くときは騎士をあの二人に限定して、もし漏れて命が狙われるような事になったらソルに守ってもらえ」
「教会はどうしよう?」
「関わってしもたから子供含めて全員取り込むしかない。言い方は悪いが実験台になれそうな子供がたくさんおる。子供達の説得はタケとケン殿の腕の見せ所じゃな。それといっぺんに治すと不自然になるから人数絞って治して、タケ達の訪問とは関係がないように装うよう神父に調整してもらえ」
「分かった。あとは何かあるかな」
「治した病や症状の分析をしたいから記録を残してワシにくれ」
「それただの趣味では?」
「何を言うか。聖女様にとって代わる可能性があるんじゃぞ。そういや聖女の伝説をまだ話しとらんかったな。
『時は千年前―——――神々すら滅ぼし、魔王と恐れられる男が……』」
手を広げて歌うようにシモンさんが語りだした。確か今度聞くって言っておいて今まで一度も聞いた事がなかった。今もちょっと忙しいし、今度にしてもらおう。早くごはん食べたいな。
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