第10話 治療
子供たちの横たわるベッドに近づく。男の子三人と女の子二人だ。何かを食べてこの状態になっているという事は、やはり毒とかなのだろうか。食中毒や感染症かもしれない。
一番酷い状態の痙攣している男の子の額に手をあててみる。熱があって汗だくになっている。私の能力はどうやって使うのか?痙攣は治まりそうな気がするが、熱はどうなのだろう。それこそ治癒能力がいるのでは。神父様や騎士さんたちの強い視線を感じる。緊張してきた。そんなに見つめないでほしい。
治れ、治れと思いながら男の子の額に当てた手に意識を集中してみる。ずっと前に漫画で見たシーンのように、手のひらに力を集める様なイメージをして治れ、治れと念じる。呪文とか唱えたほうがいいのかな。でもシモンさんによるとこの能力は初めて見たとかで使い方は誰にも分からないし、書物にも呪文とかの記録は無かった。
ふと手の平が、男の子の熱とは違う温かさを感じたような気がした。すると男の子の額が淡く光り出し、その光が顔から首、肩、胸のほうへと徐々に広がっていく。全身が黄色く光ったところで男の子の痙攣が止まり、手のひらで感じる男の子自身の熱が下がったように思った。
「やったじゃん!治ったんじゃないのか?!初めてでもうまくいって良かったな!」
「さすがタケ殿!あの神々しい光、奇跡が起きたようでした!」
「素晴らしい!感動しました!タケ殿こそ聖女様ではありませんか?!」
騎士さんたちが嬉しそうに口々に褒めてくれて、ケンが笑顔で背中をバシバシたたいてくる。治ったのだろうか?神父様が男の子に近寄って体を触りながら全身を確かめている。
「状態が落ち着いています。見た限りでは治ったように思えます。本当にありがとうございます……!」
神父様が涙ぐみながらお礼を言ってくる。実験のように子供を利用してほんとごめんなさい。それにあと四人いる。一日に何人までとかあるのかな。限定一名様とかだったらこの後の空気がやばそう。
隣のベッドの男の子に近づく。この子は荒い息をしていて、青白い顔をしている。額に手をあててみるとやはり熱い。先ほどと同じように、手のひらに力を集めるようにイメージして、治れ治れと念じてみる。手のひらがふわりと温かくなったと思うと、男の子の全身が黄色く淡く光った。手を離すと神父様が状態を確かめる。
「治っております……。このような奇跡のような事が。女神様のご慈悲に違いありません……!」
「タケ、おまえすげーな!昨日まで飯食って昼寝してるだけの女だったのにな!」
「護衛としてお供できてこのような瞬間に立ち会えたことは私の誇りとなりましょう!」
すごい褒めてもらえる。ちょっと嬉しい。失礼な人もいるけど。これで明日すぐ再発とかしちゃったらどうしようかなんてフラグは立てないほうがいい。
同じような方法で残り二人の状態異常を治し、最後は女の子となった。最後の一人の女の子を見ると、中学生になりたてくらいの年頃で、この子だけシーツが首元までかけてある。汗をかいているし急な訪問だったのでもしかしたら着替えさせている途中だったのかもしれない。神父様を見ると、困ったような顔で騎士さんとケンを見た。やはり裸なのだ。
「この部屋は危険がないと判断しましたので一階の子供たちの様子を見て参ります。終わりましたら降りてきていただけますか」
アレックスさんの提案に頷くと騎士さんと神父様は部屋を出て行った。ケンは残っている。
「女の子の裸見ていいと思ってんの?」
「俺はロリコンじゃないからいいの。大人の女にしか興味ない」
「そういう問題?胸のとこだけ隠すからちょっとあっち向いてて」
ケンが壁のほうを向くのを確認すると、シーツを腰まで下ろして持って来ていたハンカチで胸を隠した。中学生くらいに見えて痩せてるのに発育がいいな。羨ましくなんてない。大きな胸の事よりも違う事が気になった。
「ねえケン、この子の体見て」
「……うわ、左腕ないじゃん。肘から先が切り落とされてるな。傷が結構新しいけど、ここからの感染症とかか?」
「分からないけど機械とかなさそうなこの世界で何でこんな事になったのかな」
「騎士団とかが持ってる剣で切り落としたとかか?」
「あぁ、あの腰に差してるやつで?女の子相手にひどいよね」
「男の子相手でもひどいからな」
他の四人を治すときは額に手をあてていたが、何となく女の子の左腕の切り落とされている箇所の近くに手を添えた。手を添えたまま治れと念じる。手のひらが徐々に温かくなってきて、熱いくらいになる。さっきまではこんなに熱くなかった。
女の子の全身が淡く光りだし、かと思うと段々と光が強くなってきた。手がすごい熱いし、女の子めっちゃ光ってる。隣でケンが息を飲む音が聞こえた。
「なあ、俺の気のせいかも知れないから見てほしいんだけど、左腕伸びてないか?」
「は?腕が伸びるって漫画じゃないんだから……」
腕に手をあてて力を注いだまま、自分の手の近くの腕の断面を見る。
伸びてる。関節の上くらいまでしかなかった腕が、関節の下まで伸びてる。伸び方も元々の形を再現するように自然だ。
「もっといけるか?MP上限とかあるのか?いけそうなら全部治してやろうぜ」
「まだ大丈夫な気がする。もし倒れたらあとよろしくね!」
「了解。今夜はあのスープを美味くアレンジしてやるから頑張れ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
私が吠えると、腕がぐんぐん伸びて手首が再生し、手の甲が再生し、指が一本ずつ再生した。指が生えそろったあたりで急激に光が消え、私の手のひらの熱も消えた。元の形は知らないけれど腕は生えているので、早く女の子に目覚めてもらって動くかどうか試してほしい。外側だけ再生して神経とか筋肉とかはありませんでした、ではがっかりするから。
「私の能力って状態異常回復のはずなんだけど、これって治癒の領域じゃないの?」
「うーん……もしかしたら、この子の腕がない状態が『異常』な状態で、その『状態異常』を回復したとかじゃないか?」
「そんなのチートじゃない?何でもできるってことじゃん」
「異世界召喚者特典とかかもな」
ケンは私の頭を撫でながら笑ってそう言うが、これでは何でもアリになってしまう。腕が生えたら足も生えるだろうし、切り傷だって「異常」な状態なんだから治せることになる。内科的な病気だって「異常」だから治せてしまうのではないだろうか。軽々しく頭を撫でるな、ドキドキするではないか。
「それより、この事は秘密にしておいたほうが良くないか?聖女様に知られたら俺ら消されんぞ」
「だよね。聖女様の治癒がどれほどのものかは知らないけど、バレたら聖女様の今の地位は揺らぐよね」
「タケのことは今でさえ扱いに困ってるのに、さらに邪魔になるだろうな」
二人で顔を突き合わせて小声で相談する。
私としては能力が使えるなら、病気やケガで困っている人を助けたい。目の前に治せるかもしれない人がいるのに、能力を隠して見ないふりなんてしたくない。私の手の届く範囲なんてほんの少ししかないだろうけど、それでも出来るなら一人でも多くの人を救いたい。そう意見を言うと、ケンも同意してくれた。
「シモンじいさんは信用できる。帰ったらじいさんと三人で話し合おう。それとここでは神父とシスターにはバレるだろうからしょうがないとして、騎士たちはこの子の状態知らんだろうから隠せ。俺が騎士をひきつけておくから、タケは神父をこの部屋で丸め込め。あの神父は今のところ嘘ついてない」
ケンは足早に部屋を出ていった。女の子に再びシーツをかけて部屋の中でアルス神父を待つ。治療した子供たちは全員穏やかな寝息をたてているのでしばらくは起きないだろう。ドアがノックされ、アルス神父が部屋へ戻ってきた。
「タケ様、部屋へ戻ってお話をお伺いするようにケン様に言われました。あの子はどうなったのでしょうか」
「最後の女の子も治ったみたいで、今は寝ています。それよりも神父様に協力して頂きたいことがあるのですが」
「治りましたか。本当に奇跡を見ているようで、おのずと体が震えるほどです。協力などもちろんの事でございます」
「では何個かあるんですが、まず一つめ。今から見せるもので大きな声を出さない事」
私が人差し指を立てると、神父様は不思議そうな顔をしながらも口をぎゅっと閉じて頷いた。それを確認し、先ほど腕が生えた女の子のシーツをめくる。ハンカチ置いたままでよかった。神父様の喉の音がヒュっと鳴った。生えた腕を見て口をぽかんと開けて呆然としている。さっきは閉じれたのに口開いてるよ。
「中身がどうなってるか分かりませんが、見た目は元通りになりました。何で腕がこうなったのか私にも分からないんですけどね。そこで、二つめ。」
人差し指と中指を立てて神父様にピースする。神父様は口を開けたまま私を見て頷いている。器用だな。
「この事は外部の人には誰にも言わないでください。ここで働く人とか子供たちにはバレちゃうかと思うんですがそれも何とか説得したりごまかしたりして、私がした事は絶対に外部に漏らさないでください。今日来てる騎士さんもダメです」
「わか…わかりました。タケ様の能力についての一切の口外を禁じるということですね。」
「そうです。私も自分の能力を初めて使ってまだよく分からないので、お城で専門の人に相談しようと思ってます。また外出許可が出たらここへ寄りますので、その時に他の子、部位欠損とか内科的な病気の子とかいたら会わせてください。今日は騎士さんもいるのでこれ以上の事はできそうにないです」
そういうとアルス神父は神妙に頷いた。ケンがこの神父様は嘘をついていないと言っていたし、きっと悪意もないのだろう。神父様の目の奥を見てみると、まっすぐに私の目を見返してくる。この人は大丈夫、信頼できる。
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