第2話 おじいちゃん

離れの小屋に移された。小屋と言ったが、外観は平屋一軒家である。


召喚された時にいた大理石の敷かれた部屋から外へ出ると、あの部屋は地下にあったようで長い長い階段を登らされた。あの美人な女性もこの階段を上がったのだろうか。そして建物の裏から勝手口のような扉を出ると、今まで私がいた場所は大きな城であったことが分かった。この大きな城と比べると、平屋の一軒家は小屋のような小ささに見えた。


勝手口で黒いローブの人達から騎士の様な男性に引き渡され、左右を挟まれるようにして10分もかかってこの小屋へと歩いてきた。幸いにも黒いローブの人も騎士の様な人も、私に触れようとはせずに荷物も奪われずに済んでいる。言葉遣いも丁寧だった。なので私も言葉で誘導されるままに歩いた。


妙な動きをしたら走って逃げてやると思っていたが、それは向こうからしても同じだろう。私が妙な動きをしたらその右手に持っている槍でつついたり、その腰に下げている剣で切り付けたりするのだろう。武器を二つも持っているけれど果たして二つも必要なのだろうか。



促されるまま一軒家へ入ると意外に快適そうな空間が広がっていた。床は板張りで土足っぽかったが、居間のような広い空間にダイニングテーブルと椅子、簡易的なキッチン。キッチンの横には小さな扉があり開けてみるとトイレと浴室があった。

居間の奥に続く大きめの扉を開けると寝室のようでキングサイズくらいあるベッドと広いソファーに大きな机がある。ぽかぽかと陽が差し込み、着ていたコートが暑いくらいの陽気だった。そういえば季節はどうなっているのだろうか。まだ十二月半ばだったはずだが、こちらはもう春のような暖かさだ。


部屋を確認し居間へ戻ると玄関横に武器を持った騎士のような人が立ち、しばらく待機するように言われる。


「しばらくっていつまで待つんですか?」

「私は還れるんでしょうか?」

「この部屋は何のための部屋ですか?勇者が来るために用意していたとかですか?」

「私は間違いらしいけどどうしたらいいんでしょうか?」

「私はここに住むことになるんですか?追い出されたりしないんですか?」

「聖女とか勇者って何ですか?」


矢継ぎ早に質問をしてみたが、騎士の様な人は困った顔をして何も答えてくれない。答える権限とかないのかもしれない。あの美人の女の人に全員が従っている感じだったのであの美人の許可を得ないと答えられないのだろうか。


しかし、あの美人は柔らかな表情を浮かべてはいたが、私の目を一度も見なかった。顔は私のほうを向いてはいたが、私自身を見ようとはしなかった。表面的には柔和で可憐な雰囲気をまとっていたが、私が女として二十年間生きてきた経験則からして

あの美人は出会ったその瞬間に私に興味を抱かなかったのだ。問答無用で召喚しておいて、その対象に全く興味を示さない。きっとその理由は私が女性だから。


あの美人は男性、それもイケメンが好きなのだろう。引き連れていた騎士の様な人は皆、金髪碧眼のイケメンだった。そして宝石やらお金やらが好きに違いない。と、勝手に召喚されたという気持ちからマイナスイメージが先行してしまう。



ネガティブになりがちな思考をなんとか引き戻しながらしばらくするとやがて扉をノックする音が聞こえた。騎士の様な人が部屋の内側からドアを開けると、黒いローブを来てフードを脱いだおじいちゃんが居間へ入ってきた。


「初めまして、魔術研究所の所長をしているシモン・ジェル・ド・ラルミナと申します。シモンとお呼びください。聖女様よりご説明するよう申しつかって参りました。どうぞお掛けになって。出来る限りのご説明を致しましょう」


名前が長い。シモンしか聞き取れなかった。呼び方もシモンだけで良かった。シモンさんは白髪でヒゲも白髪で、公園とか散歩してそうな気のいいおじいちゃんに見える。ぶかぶかの黒いローブを着て手には大きな水晶を持っていた。言われるままダイニングテーブルにセットされた椅子に座る。シモンさんも向かいに座り、水晶を机の上に置く。


「お名前をお伺いしても?」

「あ、はい。えっと、ベニテング・タケです…」

「お呼びするのはどちらが宜しいか?ベニテングさん?タケさん?」

「タケと呼んでください」


背中を冷や汗が流れる。召喚されたときに草むらに生えていたきのこ。スマホの検索結果はベニテングダケという名だった。シモンさんは本名ぽいものを名乗ってくれたのでつられて本名を言いそうになったが、漫画とかではよく真名まなを名乗ると精神支配されるみたいな展開があるので、咄嗟に偽名を使った。


こっちの世界でもベニテングダケがあったらどうしようかと思ったがすんなり受け入れてもらえたので問題なさそうだ。


これから私はタケ。水野綾香いう名前は封印してタケになる。そう、おじいちゃんは名前と言わなかった。だからセーフだ。


私のすぐ横に立った黒い服を着た褐色肌の男の人がティーカップをダイニングテーブルに置いた。思わずビビッて見上げる。存在に全く気付かなかった。いつからいたのだろうか。タイミング的におじいちゃんと一緒に部屋に入ってきたとしか考えられないが、気づけばそこに居てティーカップを置いていた。カップからほかほかと湯気が上がっている。沸かす音も気づかなかった。固まる私に、おじいちゃんのシモンさんは優しく声をかけてくれる。


「彼は護衛のソルです。カップの中身は紅茶ですよ。妙な物は入っていませんのでどうぞお召し上がりください。ではまず、このガルシオ王国の歴史からご説明しましょう。『時は千年前―――——神々すら滅ぼし、魔王と恐れられる男が……』」

「あの、ちょっと待ってください」

「今いいところなんで」


「私はあまり頭が良いほうではないので、三行程度にまとめて頂けると助かります」

「三行?これから壮大な物語が始まるというのに」

「それより私自身の生死が気になるので、物語は今度聞かせてください」


そういうと、シモンさんは顎に手を当ててふむふむと唸った。そして意を決したように顔を上げると、私の目を見て言った。


「百年ぶりに魔王復活が囁かれる中、聖女が現れ、この国を守るために勇者が必要だと告げた」

「聖女のお告げに従い召喚の儀で勇者を呼び寄せたはずが、手違いが起きた」

「召喚した者を元の世界へ戻す方法は見つかっていない」


本当に三行にまとまった。そして私は還れないらしい。黒い服の存在感の消えている男性と騎士の様な人を見ると、沈痛な面持ちで俯いていたのでシモンさんの言う事は真実なのだろう。


「還れないって、なんですかそれ?一方通行ですか?誘拐ですよね?こっちの都合もありますよ?ってか服着てたから良かったもののお風呂入ってたりしたらどうするんですか」

「そうなのだが……今の魔術の力と精度では世界や時代や人を選ぶことができず、運が悪かったとしか」


「そんな低確率で勇者を召喚なんてできるんですか?それより還る方法を私が自分で調べることはできますか?あと、私は始末とか追放とかされたりしませんか?」

「一応王国の直轄である魔術研究所が取り仕切っている召喚の儀であるので、勇者でないとはいえ召喚された者に対する保障はあります。ここでの生活に護衛として数名を付ける予定ではあるので、事前に申請し護衛付きであれば城内の書物室に出入り可能でしょう」


「その書物室で還る方法が見つかる可能性はありますか?」


私のその質問に、シモンさんは唸るように答える。


「私ども魔術研究所が長年にわたって書物室の書物を読み漁り、見つけ出したのが召喚の儀になります。返還の儀については未だ見つかっておりませんので、何とも言えません。しかし召喚の儀の方法が書物室の中で見つかったことから、可能性がないとは言えません」


シモンさんの言葉に少しだけ希望が持てた。今の私の目標は、日本に帰る事。その可能性が少しでもあるのならやってみよう。



本音を言うと、日本に帰って何がしたいかと言われても何もない。父親は私が幼いころに亡くなり、母親も数年前から入院し意識がない状態が続いている。祖父母は父親より前に亡くなった。きょうだいはおらず、たった一人の身内である母親のお見舞いに数日に一度だけ病院に通う日々だった。大学に通う選択肢はなく、高校卒業後は地元の弱小企業で正社員として生活費と入院費を稼ぐ日々だった。


高卒という学歴を手に入れることが出来たのは幸運で、正社員として就職出来たのも幸運だった。しかしあの生活に戻りたいかと聞かれても返答に困る。ただ、意識のない母に別れの挨拶をしたい。それだけだ。

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