異世界に勇者と間違えて召喚されたけど意外と楽しく暮らせてます

向日葵畑

第1話 召喚

「成功したか?!」

「…せ……成功です!!」

「おおーっ!!!」


石造りの壁に囲まれた部屋だった。大理石のような石の上に線で引かれた魔法陣が光り輝いている。その中央に私はしゃがんでいた。何が成功なのかよくわからないが、草むらにしゃがんでいたはずの私はなぜか今、冷たい石の上に先ほどまでと同じ体勢でいた。


自分を取り囲む様にして数人の人がいる。私に近い周りの人達は黒いローブを目深に着ていて、部屋の入り口と思われる扉の前には鎧を着込んだ騎士の様な人が立っていた。中世ヨーロッパの騎士を彷彿とさせる。


「召喚に成功した!聖女様にご報告を!」


黒いローブを着た一人の男がそう言うと更に歓声が上がり、扉の前の騎士の様な人は慌てるように扉を開けて外へと出て行った。その間も黒いローブの人々は、互いにねぎらうように肩を叩き合って喜んでいた。ぐったりとへたり込んでいる人や、呆然としたように床に座り込んでいる人もいるが大丈夫だろうか。


いやそれよりもだ。私はなぜこんな異様な空間にいるのだろうか。自宅への帰り道に並木道を歩いていたところ、道の端の草むらにきのこが生えていた。なぜここにきのこ?と思いながら近づき、屈んで観察しスマホで写真を撮ろうとしていた。


ほんの瞬き一回分。コンマ数秒で違う場所へと移動していた。地面が光ったりとかトラックが突っ込んできたとかそういう事も全くなかった。


しかし床に描かれた魔法陣や黒いローブの人々の言葉から察するに、私が召喚されたその人なのだろう。漫画やアニメも少しは見るので、異世界召喚という言葉が頭に浮かぶが、なぜ私なのだろうか。もっとヒロインぽい可愛らしい子や、ものすごい美人とかを召喚したほうが良かったのではないかと要らない心配をしてしまう。


そう、黒髪ボブカットの平均的な容姿で、クラスで三番目くらいに可愛いかったでしょと言われるレベルのちょいモテ女子は異世界に必要ないだろう。


肩から掛けていたバッグを胸に抱くようにして、手に持っていたスマホは着ていたタートルネックの首元から服の中へ押し込んだ。身ぐるみ剥がれてしまうと終わりだが、荷物を回収されるだけならこれでスマホは無事だろう。勝手に異世界に呼び出すような人たちだから何をされるか分からない。



周りの状況を一通り把握したところで、先ほど騎士の様な人が出て行った扉が開き、数人の人間が部屋に入ってきた。先頭にきらきらしい長い金髪の女性が立っていて、左右に騎士の様な美形の男の人が立っている。金髪の女性は足首まである白いワンピースのような服を着ている。腰のあたりが絞られたデザインだが、その位置が高く足が長い事がわかる。その白い肌の首元や胸元や手首には様々な色をした宝石のようなもので作られたアクセサリーがたくさん装着されていた。こんなに宝石を身に着けて生活する人、実物で初めて見た。


金髪の彼女の顔を見ると、私よりも若く16歳か17歳くらいに見えるが、色白でとても美人だった。クラスで三番目の私とは違い、テレビとかである何とかグランプリに選ばれそうな程の整った容姿。日本人の私からしたらハーフのようにも見えるし、きっと海外の人達から見てももれなく美人に見えるだろうと思うような美人だった。


なんて、少しばかり現実逃避をしているうちに、美人の彼女は大理石に描かれた線の外側まで近づき困ったような表情を作って優雅に首を傾げる。


「勇者、を召喚して頂きたかったのですが。どうやらこの女性は違うようですね」

「えっ?!短髪ですし体格も少年の様ですが、この者は女性なのですか?!」


黒いローブの男性が大変失礼なことを言う。ボブカットは日本では珍しくないし、体型だってコートを着ているから見えないだけで平均的なサイズだ、たぶん。


「次は、間違いのないように勇者様を召喚してくださいね」


女性はその青い瞳を細めてふんわりと微笑むと、くるりと振り向いて扉の方へと歩き出す。美形の騎士の様な人たちも後を追う。


「あのっ!間違いなら元の場所へ返してください!!」


この異様な雰囲気に声が震えてしまったが、叫ぶように言ったので女性には届いたはず。周りにいた人たちが一斉に私を見たから部屋にいる人達には聞こえているはず。


しかし金髪の彼女は振り返ることもなく扉をくぐり、騎士の様な人たちを引き連れて歩いて行ってしまった。残された私と黒いローブの人々は呆然としたままその場に取り残された。

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