郵便受けに元カノからのバレンタインチョコが入ってたのだけど、どうすればいい?

久野真一

郵便ポストに元カノからのバレンタインチョコが入ってた

 夜のレイトショーから、いつものように我が家に帰る途中、それは起こった。

 マンションのポストから、何やら包装された箱が覗きだしているのだ。

 

(Amazonで何か頼んだっけ。にしても、はみ出るならポストに入れるなよ)


 心の中で、そうツッコミつつも、その箱を取り出してみたのだが、おかしい。

 通販なら通常貼ってあるはずのラベルがないし、そもそも宛先も書いてない。

 

(イタズラ?)


 よく見ると、包装紙はピンク色で、ご丁寧にリボンまでついている。

 通販でこんな物がそのまま届くわけないか。

 少し不気味で、捨てようか迷ったが、好奇心には勝てなかった。


 家に帰って、早速、包装を解いてみると出てきたのは……チョコ?

 それも、明らかに手作りだ。


(まさか、な)


 全く身に覚えがないわけじゃないが、しかし、別れて一ヶ月経つはず。

 ひらり、と床に一枚の紙が落ちた。手紙、か?

 

(高校生じゃあるまいし)


 と、拾って眺めてみると、当たってほしくない予想が当たってしまった。

 博美ひろみからのものだ。特徴的な丸文字の字体はよく覚えている。


『あっくんへ』


 手紙はそんな書き出しで始まっていた。


『別れてもう一ヶ月になるでしょうか。今の正直な心情を記したくて、つい、こんな真似をしてしまいました。元カノからのチョコとか、気持ち悪いとか思ったら、この手紙ごと捨てていただいても構いません』


 昔からの付き合いになるけど、あいつが俺に向けて、こんな丁寧な文章を書いたことがあっただろうか?


『最初に。あっくんは、もう、私の事なんて何とも思っていないかもしれません。だから、ここに書くのはただの未練です。それと、あっくんの事をわかっていたようでわかっていなかった、反省と謝罪の言葉が届けば、というのもあります』


 彼女、屋久博美やくひろみとは、いわゆる幼馴染の間柄という奴だ。高校二年生の頃から付き合い始めて、付き合って三年。そして、つい一ヶ月前に別れたばかりの元カノさん。


「別に、反省も謝罪もないのにな……」


 妙にしんみりとした気持ちになってしまう。


◆◆◆◆


 博美とは幼少の頃から一緒で、相性も良かったと思う。今でも嫌いになったわけじゃない。ただ、付き合う前は自覚出来ていなかったのだけど、俺はどうも、割と独りの時間も好きだったらしい。


 一方、博美はいつでも俺と一緒に居たい。俺は俺で、「デート行こ?デート」と可愛らしく誘ってくれる彼女に対して「独りの時間も欲しいんだ」と言うことが出来ずに、罪悪感を募らせていた。


 そして、ある日、博美が切り出したのだった。


「ねえ、あっくん。私とデートしてても、楽しくない?」


 その表情は心底寂しそうで、胸が締め付けられる思いだった。

 だって、悪いのは彼女じゃなく、独りの時間が欲しいと思う俺なのだ。

 

「い、いや。楽しくないってわけじゃなくて。疲れてるだけ」


 別に嫌いになったわけじゃない。

 「楽しくない」なんて言うことは出来なかった。


「ねえ、正直に気持ちを言って?あっくんは、昔から、気持ちを押し殺してしまうところがあったけど、今もそんな風に見えるよ」


 鋭いな、と思った。だって、楽しくないなんて言うと悲しませてしまう。


「わかった。言うな。俺はな……独りの時間も欲しいんだよ」


 なるべくなら傷つけたくはなかった。だから、


「あ、これは俺の性格の問題な。お前のせいじゃないから」

 

 そう付け足したのだが、


「そっか。あっくんは、私のこと、もう好きじゃないんだね」


 悲しそうに、俯きがちにぽつりと一言。

 目からは、ぽろぽろと大粒の涙が溢れている。


「いや、そうは言ってないって。わかるだろ。博美の事は好きだけど、たまには独りになりたいこともあるって!」


 自己完結されたのが悲しくて、つい声を張り上げてしまう。


「わからないよ!だって、私もいつでもあっくんと一緒がいいんだもん!あっくんだって、昔からずっと私と一緒に居てくれたじゃない!」

「それは……大学生にもなれば変わるんだよ。お願いだから、わかってくれ、な?」

「どうわかればいい……の?」


 彼女の声は震えていた。


「そりゃ。たとえば、だけど、デートは週に一回くらいにするとか」

「無理だよ。今だって、毎日デートに行きたいくらいなのに」

「わかった。週に一回とかじゃなくて、三日に一回とかでもいいから」


 俺なりに譲歩したつもりだった。


「なにそれ。デートが義務みたいに!そんな気持ちでデートしても嬉しくないよ」

「なんだよ。妥協案……ていうと悪いけど、独りの時間も確保したいわけだし、それしか方法がないだろ」


 この時の俺は、言い回しがあまりにもまずいことに気づいていなかった。

 「たまには、一人にして欲しい」くらいで良かったのかもしれない。


「やっぱり。あっくんはもう私の事好きじゃないんだ!」

「好きだから、お互いが納得出来る落とし所探してるんだろ」

「もういい!別れよ?」

「え?」


 なんで、そうなるのか全く理解出来なかった。


「いやいや、待てよ。だから、好きな気持ちは変わってないって」

「言葉で言っても冷めてるのはわかるもん。それじゃ!」


 すたすたと歩いて、俺の家から出て行った博美。

 こうして、唐突に俺たちの二年以上のお付き合いは終わったのだった。


◇◇◇◇


『まずね。私、全然、独りの時間の楽しみ方がわかっていませんでした』


 まあ、そりゃそうだろうなあ。いつも、俺にべったりだったし。


『だから、あっくんと別れてから、気持ちを理解したくて、音楽を始めてみることにしました。といっても、安い電子キーボードなんですけど』


 へえ、そんなことを。


『最初は、全然何も弾けなくて、今も、小学校の頃習ったような簡単な曲しか弾けませんが、それでも、音と戯れるのは楽しくて。独りの時間が欲しい、と言った、あっくんの気持ちがわかった気がします。もちろん、私のそれとは全然違うかもしれませんが』


「ほんと、愛が重いんだから」


 あの場では、色々言っていたけど、きっと、思うところがあったんだろう。


『ですから、ごめんなさい。独りの時間が欲しいという気持ちをわかってあげられなくて。それで、挙げ句の果てに、気持ちを疑って、勝手に別れを切り出して」


 こんな長文を手書きで書いたから無理もないかもだが、妙にここの辺り字が歪んでいるのは、気の所為だろうか。


『こうして、手紙を書いているのも、私のことながら、凄く未練がましいと思います。反省しても、もう戻ってくるわけがないのに』


「ほんと、未練たらたらだな」


 別れたけど、それはそれとして謝りたいという話だったら、こんな書きようにはならないだろう。ただ、未練たらたらなのは俺も同じ。


 結局、あれから、取り付く島もなくて、弁解すらさせてもらえなかったのだ。


『ともかく、私は今もあっくんの事が大好きです。ただ、今は、恋人に戻れるのか、私自身もわかりません。でも、気持ちだけは伝えたくて、こうして手紙を書いています。チョコは、見てわかるように手作りです。あっくんが好きな、甘さ控えめで少しビターな味に仕上げてみました』

 

 わからない、か。それは、俺も同じかもしれない。結局、いつでも一緒に居たいという彼女と、独りの時間も欲しいという俺の想いは平行線でしかない。


「ま、チョコは食べるか。ほんと、俺もどうしたいんだろな」


 少し大きなハートのチョコをひとかけら口に運ぶ。


「苦いな。でも、これが好きな味なんだよな」


 長年の付き合いだけあって、よくわかっている。

 気がつくと、視界がぼやけているのに気がつく。


「こんな事で泣くなんて……。それに、今、反省出来るなら、いきなり別れるとか言うなよな」


 少しの間、静かに涙を流した後、決心した。一度、ちゃんと話し合おう。

 きっと、今ならメッセージくらいは読んでくれるはず。そう思って、


「最寄りの公園で待ってる。一時間は居るから、話し合う気になったら、来てくれ」


 それだけを送って、外に出る支度をした。

 別れてから一度も既読がつかなかったけど、読んでくれてるだろうか。


◇◇◇◇


「はあ、寒い……」


 今日は二月十四日。バレンタインデーで、冬真っ盛り。

 おまけに、夜と来たもんだ。明日にすれば良かったかと少し後悔。


「あ、あっくん……」


 寒空のベンチで、ぼーっとしていたら、横合いから声が。

 一ヶ月ぶりに見る彼女は、髪をばっさり切ってショートにしていた。

 あと、元から均整の取れた体格だったが、少し痩せた気がする。


「なあ、髪切ったんだな」

「どう?似合う?」


 ニカっと笑顔を向けてくる。


「ああ、似合う似合う。長いのも好きだったけど」

「そうなんだ……」


 久しぶりの会話だけど、うまく出来ているだろうか。


「ところでさ。ライン、ブロックされたかと思ってたぞ」


 だって、既読が一度も付かなかったわけだし。


「未読のままにしてたの。だって、本当に縁が切れちゃいそうだったから」

「なら、一度くらい返事してくれても良かっただろ」

「何を返事していいかわからなかったんだもん」


 少し子どもっぽい、甘えたような声。

 

「なあ、ヨリ、戻せないか?」

「あっくんも、別に吹っ切れたわけじゃなかった?」

「あんな別れ方して、吹っ切るのは難しいよ」


 だって、結局は喧嘩の延長線上でしかない。


「そうだね。私も、未練たらたらだったよ」

「あの手紙見てたら、よくわかるよ」

「だよね。あれ見て、メッセージくれないかな、とか」


 昔から、こいつはそういう臆病なところがあった。

 受け身というか、反応待ちというか。


「それでさ、俺も、あの時は悪かったよ」

「え?別に、あっくんは何も悪いことないと思うけど」

「いや、週に一回とか。ありゃ事務的に聞こえても仕方ない」


 お互いが行きたいときに行くのがデートだ。

 それを、週一でとかノルマのように言われれば、傷つきもする。


「そこは、もう、気にしてないけど。それより、改めて、ごめん」


 土下座をするのでは、というくらいの勢いで頭を下げられた。


「いいって。博美にも、少しは、気持ち、わかってもらえたみたいだし」

「うん。それで、えーと……」


 その先がなかなか出てこないが、言いたいことはなんとなくわかっていた。


「ちゃんと、あっくんの独りの時間も大切にするから。大好きで離れたくないから。もう一度、私と恋人になってください!」

「もう一度、か」


 少し不思議な台詞だ。


「何か、変だった?」

「いや、おかしくはないさ。ただ、博美らしいなって思って」


 そういえば、最初に告白してきたのも博美だったというのをふと思い出しただけ。


「そっか。ありがとね。その、頑張るから!」

「頑張るって何をだよ」

「その。お付き合いを?」

「いやいや。別に頑張らんでいいって。大体、気合入れると空回るだろ。お前」

「ちょっと。それはひどいと思う!」


 怒ったフリをして、頬を膨らます博美が可愛い。


「ま、やっぱり、一緒が一番だな」

「そ、そうだね」


 まあ、また、こんな事があっても、きっとなんとかなるだろう。

 

◇◇◇◇


 それから、一年。相変わらず、俺たちは楽しく恋人をやっている。


「しっかし。YouTubeで曲アップとか。変われば変わるもんだな」

「私だって、やれば出来るんだよ?」

「それはわかってたけど。趣味らしい趣味無かったのにな」

「あの時の私はもう卒業したの!」


 結局、博美は、あの時始めた電子ピアノに大ハマリ。

 最近は、YouTubeで、色々な弾いてみた曲をアップしてるくらいだ。


「ま、でも、今はあの時よりもずっと楽しいな」

「うん。思うんだけど、きっと、私は、あっくんが世界の全てみたいに思ってて、依存しちゃってたんだと思う」

「依存ってことはないけど、まあ、極端だったかもな。で、今はどうだ?」

「今も大好きだけど、私も私の世界が出来て。あっくんが書いた小説とか眺めて、「これ、夜中に書いたんだよね。あっくんの世界はどんななのかな」とか考えたりしてる」

「おい。おれ、小説のアカウント教えた覚えないぞ!?」

「バレバレだよ。郵便ポストに元カノさんからの、バレンタインチョコが入ってるとか、都合よくある出来事じゃないから。ピンと来ちゃった」


 実は、俺は趣味でネットに小説を書いている。

 一年前に別れ話に発展した時の事をモデルにした短編を書いたのだが。

 それがまずかったらしい。

 ネットストーキング力抜群の博美には見抜かれてしまったらしい。


「なあ、ひょっとして……」

「もちろん、全部読んだよ?」


 なんで、そんな嬉しそうなんだよ。


「ああ、死にたくなってきた」


 彼女に、自分の小説を読まれるとか。しかも、身近な話モデルにしてるし。

 頭をかきむしりたくなる。


「でも、あれも、独りの時間があったから、書けたんだよね」

「あ、ああ。そりゃな」

「じゃあ、これからも、いっぱい、あっくんの小説、読ませてね❤」


 そう言って嬉しそうに抱きついてくる博美。幸せだけど、でも、死にたい。


 ああ、もう。『郵便ポストに元カノからのバレンタインチョコが入ってたのだけど、どうすればいい?』なんて小説書くんじゃなかった。

 

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