∞アイドルフィールド

人生

 キミに夢中




 人混みがあった。



「あれは今話題の超人気アイドル女優、煌川きらめきがわあまてちゃん! アイドルであり女優、キャッチーな可愛さとシックな美しさを兼ね備えた生ける矛盾! あらゆる役柄を演じ分け、己の個性を残しながらもまるで神がかったように役になりきる圧倒的センスの持ち主……!」



「あっちはもしかして、話題沸騰中の若手声優、姫星ひめほし織花おるかちゃんじゃないか!? デビューしたての新人でありながら大御所声優も目を置き舌を巻くという類稀なる技術力で少年少女老若男女問わず演じ分ける新時代のスター! もともと声などないラノベや漫画のアニメ化において原作ファンたちに圧倒的『原作再現』と言わしめた、まさに無から有を生み出す我こそが真実と言わんばかりの歌って踊れるアイドル声優……!」



「しかも織花ちゃんといえば、ラジオやブログでもあまてちゃん推しを公言してはばからないあまてちゃんの熱狂的大ファン……!」



 そんな二人が、街の片隅でばったり、偶然出くわしただって……!?


 それまさに神の悪戯、あるいは神の生み出したもうた奇跡の瞬間。


 尊い……! あまりにも尊すぎる……!


「は、はあ……て、てぇ、てぇ……」


「もはや尊さが呼吸と化している……!」


 眩しい――



「お、おれぇ……サインもらっちゃおうかな……」



 それはまるで、夜の街灯につられる羽虫、あるいは太陽なにするものぞと空を目指したイカロス……!


「よ、よせ、俺たち陰のモノが近づいていい存在ではない……!」


 周囲の制止を振り切って、男が二人に近づいた。

 その瞬間である。


「うぐああああああああああ!?」


 ま、まさか……。人混みに戦慄が走る。


「あまりの陽の気に消滅してしまったのか……?」


「い、いや違う、よく見ろ……これは結界だ。お互いのことしか頭にないリア充カップルが周囲に展開する結界――しかしこれはそんな低俗なものではない。まさにその空間一体、世界そのものを己の領地とする領界りょうかい魔法……!」


「そうか、あらゆる役を演じる、まさに神がかった二人だからこそ……」


「そうだ、神を身に宿す、まさに巫女の使う真なる結界……。迂闊に近づいてはならない。あの男は我々にそれを報せる尊い犠牲となった……」


「し、しかし……このまま二人を野放しにしていていいのか? 世界の理も知らない陽のウェイ系男女があの美しきプライベートを邪魔するのではないか?」


「そ、そうだ、警察を呼ぼう……! 警護してもらわなければ!」


「おい、ちょうどいいところに……! お巡りさんの方からこっちに来るぞ!」


「君たち、これはなんの集まりだね? 集会やデモ行進等の申請は出しているのか?」


「お巡りさん、あなたも人間なら分かるだろう、あそこにいる神々しい二人が!」


「あれは……知っている。知っているぞ。ドラマで見た。『ペテンシと小悪魔』に出演していた……主演俳優の邪魔になることなく、しかし視聴者の記憶にありありと刻まれる見事な演技をしていた……。それに隣で微笑むあの子の声、聞いたことがある。娘が日曜朝に見ているアニメの……おうち時間に癒しと潤い、そして彩りをくれるあの声は……!」


「そう、煌川あまてちゃんだ! そして姫星織花ちゃんである! そんな国宝的二人が、こんな無法地帯を出歩いているなんて警察の失態ではないのか!?」


「そ、そうかもしれない……。今は危険な時代。二人をつけ狙う背信の輩がいないとも限らない。そう、最近報告されている悪神教という新興宗教団体……」


「ふっふっふ――さすがポリスメン、我々の正体を見破っていたか」


「な、何ぃ……!?」


 人混みが割れる。その中の三分の一がいつの間にか黒いフードで顔を隠し、怪しげな笑みを口元に浮かべていた。それはまるでホラー。何かの儀式でも始めそうな装いの集団と化す。


「悪神だと……? はっ、我々の信仰が理解できないとはな……。これだから偶像アイドルを崇める信者たちは……。我らの神こそ全て! この世界に救いをもたらす偉大なる存在……!」


「何を馬鹿な。お前たちの神がもたらすのは滅びじゃないか! ……し、しかし、悪神教の連中がどうしてあの二人を……!?」


「あの二人は我々の崇拝する神々を下ろす器、そう、巫女に相応しい……」


「こんなイカれた連中にあの二人を渡す訳にはいかない……! 皆、戦うんだ!」


 おお――!


 我らが神が授けし力を思い知れ……!


「ぼ、暴動だ……。こちらポリスメン、もしもし!? 応援を! 悪神教の教徒たちが民間人を――いや! ま、まさか、彼らは……!」


 スマホを手に取れ、俺達のアイドルを守れ!


「まさか、スマホ一つであらゆることを成し遂げるという――スマホ戦士!」


「お巡りさん、あんたもスマホを持ってるじゃないか。スマホがあれば皆、戦士。さあ、あんたも戦うんだ! あんたなら、機動隊を召喚できる!」


「そ、そうか、機動隊――いや、自衛隊だ! 私は自衛隊を召喚する……!」


 そして、戦いが始まった。




                   ■




 その戦いを、モニタ越しに見守る男がいた。


「悪神教と、あれはきっと私の12月スレッドの読者……私の仲間たち……これもまた、あの悪魔たちの滅亡計画の一つなのか……? あの21回目のサミットはまさか、私を偽るためのフェイク……!?」


 未知の力を有する教徒たちと、人類のテクノロジーを武器に数で圧倒するスマホ戦士たち――


 そうした戦いは、全世界で起こりつつあった。


 そんな中――



『やめて……! 戦いをやめて……! こんなの、命がもったいない……!』



 必死に声を上げ、戦いを止めようとする者たちの姿があった。



『みんなおんなじ、同じアイドルが好きなんだよ……! 分かんないよ、どうしてみんなケンカするの……!? ファン同士が争うなんて、そんなの間違ってる……!』



 そうか――男はその時、己の役割を察した。

 私だけではないのだ。世界の滅びに立ち向かおうとする者たちは。


 必死に声を上げる子供たち――彼らにこそ、その力は相応しい。



「今すぐわが社のスマホをあの子供たちへ……! 声を、彼らの声を世界に届けるのだ……!」


 この争いを止めるために……!


 人類はまだ、負けていない。




                   ■




 世界中に散らばる特異点を中心に、争いが地球中に広まりつつある。


 神を宿す者たち――それらを、観測する者たちがいた。


「やはり地球人は面白い」


「彼女たちのサンプルを確保したい。アブダクションチームへ通達――」


 ミステリーサークルを発動、我々の母船へ彼女たちを誘致する――


 エラー発生、エラー発生――


「何……? これは、心理防壁ファイヤーウォール


「なんらかの感情エネルギーが我々の干渉を妨げている」


「人々の心のロジックは、我々には難解だ。相応しい対処をしなければならない」


「探偵を招致せよ。彼の推理力を以て、心理防壁を攻略する」




                   ■




 世界が戦火に包まれようとしていた。

 人の命が、尊い生命の輝きが、ゴミのように失われていく。


 それに抗おうとする者たちがいる。それを傍観する者たちがいる。


 世界はまさに、混沌の巷と化していた。


 しかし姫星織花にとってはそんなこと、どうでもよかった。

 そもそも目に入ってすらいなかった。


 ただ、煌川あまてさえいればいい。


 そこはまさに、二人だけの世界だった。



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