第7話 幼稚な悪意



不穏な初対面から1時間後

準備を済ませたソフィアは、リシャとともに馬車に乗り込みポールハウン領に北に位置する交易用の港とは別の国賓を迎えるための港に向かう。そこには不自然に霧に包まれた白く神々しい船が泊っている。ソフィア達が皇国に向かうために乗る皇国の船である。


ソフィアは、馬車からおり船の方に向かう。すでに荷物は積み終わっており、ソフィアたちが乗り込めば出航できるようだ。

ソフィアは、くるりと向きを変えポールハウン卿とあいさつを交わす。

「それではポールハウン卿、短い時間だったけどとても快適に過ごせたわ。ありがとう。」

「ありがたきお言葉。あのような国に嫁がれる殿下のお心に少しでも寄り添えたのであればうれしく思います。気を付けていってらっしゃいませ。」

ポールハウン卿は、顔合わせの時の皇国使者の態度を、まだ根に持っているらしく少し棘がある言い方をする。


ソフィアは、わかりやすいポールハウン卿の様子に思わず微笑んでしまう。


「皇女殿下、乗船の準備が整ったとのことです。」

「わかったわ。」


リシャから声を掛けられ、最後に軽くポールハウン卿に挨拶をし、船に乗り込む。ついに、ソフィアはこの生まれ育った帝国を離れ、自分のことを野蛮な皇女と蔑む皇国に嫁ぐ。そこらの深窓の姫であれば、あまりの不安に縮こまり震えるだろうが、ソフィアは挑戦的に微笑み船に乗り込んだ。


船の内装は、派手ではないが手の込んだ意匠である。落ち着いたその雰囲気はソフィアの感性にも合い、これならば落ち着けそうだと、ソフィアは幾分か安心する。リシャに先導されしばらく船内を歩くと一際大きな観音開きの扉の前に到着する。


「皇女殿下、こちらがご使用いただく部屋でございます。」


そう説明され、中に入ると船の中にしては十分すぎる広さのリビングがあり、部屋の中にもう二つ扉がある。それぞれ寝室とバスルームのようだ。


マリが早速荷物を準備し始める。


「それでは、夕食の準備ができ次第お呼びに参りますので、それまでおくつろぎください。私は自室に下がっておりますので、何かあればお呼びください。それでは失礼します。」


リシャは、そういうと一礼して退室する。


ソフィアは、軽く息をつきリビングのソファに腰を下ろす。マリがすかさず準備してくれた紅茶に口をつけながら嵌め殺し窓の外を見る。窓の外は海が広がっている。海を眺めていると、ゆらりと船体が軽く揺れる。少しずつ窓の外の景色が動き出す。


「マリ、船が港を離れたみたいね。」

「はい。」


それだけの会話を交わし、ソフィアはまた外の景色に視線を移す。窓の外は少しずつ赤らみ夕焼けに染まり始めていた。


それからしばらく経ち、リシャが夕食の準備ができたことを伝えに部屋を訪れた。食堂に向かうとすでに、食卓の上に様々な器に盛られた料理が美しく並べられていた。


(そういえば、皇国の食事は一度に出されるのだったわね。)


帝国では、皇族が食事をする際はコース料理が一般的で、一品一品サーブされるのだが、皇国では、食卓の上に食事の際に出されるすべての料理が美しい器に盛られた料理が、美しく並べられるという形式なのだ。


(文献を呼んでいてよかったわ。)


この形式の違いを知らないままだったら、ソフィアはなにから手を付けるかわからず恥をかいていたのかもしれない。ソフィアがちらりと給仕に目を向けると、給仕たちは目を合わせたくないとでも言うように、目を伏せている。


ソフィアが、何の迷いもなく席に着き、給仕の中でも一番偉いのだろうと思われる者から料理の説明を受ける。毒見はすでに済ませているとのことだった。


(「毒見をすでに済ませている。」ねぇ。面白いこと。)


毒見は、食べる直前でしなければ意味がないだろうにとソフィアは内心呆れながら説明を聞く。信用できないものが見えないところで毒見をしたと言ったところで信用はできない。


ソフィアは、幼い頃から毒にならされているため大抵の毒は問題ない。死ぬようなものであれば、寝込むくらいのことはあるかもしれないが、相当強い一部の毒以外では死ぬことはないだろう。そのため、毒を盛られていたとしても特に関係はないのだ。


(今、盛られる毒といえばどうせ多少気分が悪くなるくらいのものだろうしね。)


その給仕の説明を聞き終える。その給仕は、常時であれば手を付ける順で料理の説明をしていくものを態々でたらめな順で説明をしていた。どのような順で食べるのかわからなければ、説明された順で食べるのだろう。皇国側の者たちはそれを期待しているのだ。


(幼稚ないたずらのためにご苦労なことね。)


ソフィアは、その策略に呆れながら、難なく文献にあったマナーの通りに汁物から手を付け、そして順をおって食べていく。その様子を見ていた給仕は、それまで澄ましていた表情を崩して、わかりやすく驚いていた。


(浅はかな。)


ソフィアは、皇国の者のわかりやすい悪意を鼻で笑う。早速、皇国側の人間の悪意に晒されながら淡々と食べすすめていった。


(あら、さすがに毒は入れなかったのね。その程度の度胸しかないのか、引き際を理解しているのか。)


静かだが、皇国側の悪意が満ちた食事を終えた。ソフィアは、与えられた自室へさっさと下がる。明日は、朝からリシャから皇国の事について説明を受ける時間になっているから休めるだけ休んだ方がよいと考えたのだ。


ソフィアは、部屋に戻るとマリと二人きりになる。エドワードは男性のため、この部屋の扉の前で待機している。マリと二人きりになると、一気に肩の力が抜ける。


「お疲れさまでした。よろしければ、殿下がお好きな香油を使用してお風呂の準備をいたしましょう。」


ソフィアの様子を見て、マリが優しく声をかける。


「うん。お願い。さすがに少し疲れたわ。」


その返事を聞き、マリは準備をしてくれる。そのあと、ソフィアの好きなジャスミンの香りのする香油を使い体のマッサージをしてもらい、床に就く。


ベッドに入り、皇国の者たちのことを整理する


(給仕の者や護衛の騎士たちは、予想より分かりやすい態度だったわね。ただ、リシャはわからないわ。皇国のもの特有のプライドの高さは感じるけど、悪意は見えないわね。うまく立ち回っているだけとも思えるけど……。まぁ、いいわ。今は体を休めましょう。)


ソフィアは、ぐるぐると頭の中で巡らせていた考えを止める。すると、疲れていたのかすぐに夢の中に落ちていった。

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