第5話 別れ

数日後。


「殿下、起床のお時間でございます。」

「起きてるわ。支度をお願い。」

 マリに声を掛けられ、起きる。朝食に行くための支度を整え最後の食事へと向かう。


「おはようございます。殿下。」

「おはよう、アル、エレン、トーマス。」

 最初はいつものように和やかに食事は進んだが、途中から徐々に雰囲気が暗くなる。

 その原因はトーマスだ。


「トーマス、どうした暗い顔をして。」

 アルベルトがあきれて声をかけると、あっという顔をする。

 公の場にでれば、これほど顔に感情は出さないが、このメンバーでの食事では気が緩んでしまうのだろう。感情が駄々洩れだった。

「いえ、ただすこし寂しく思ってしまって……。すみません。」

 しおらしくする様子があまりにも面白くて、ソフィアは思わず笑ってしまった。トーマスは、あった最初は緊張しているが、しばらくともに過ごすと姉のように慕っている気持ちがあることが前にでてきて、いくらか気安くソフィアに接するようになる。

そして、ソフィアと別れるときは決まって寂しそうな顔をするのだが、今回はいつもよりも寂しさが強くソフィアに伝わる。


ソフィアは困ったように笑う。

「そう言ってくれてうれしいわ。私もそなたたちと会えなくなるのは寂しい。こんなに気安くできるものは、そういないですもの。」

 そういうと、アルベルトとエレオノーラの顔も悲し気な色になる。

「うーむ、寂しくなりますな。そうそう会える場所でもありませんし。」

「そうですわね。」


 少ししんみりしてしまう。

「まぁ、皆に会いに来られるように向こうでも努力するわ。とはいえ、しばらく好き勝手に会えなくなることは確かね。今は、食事を楽みましょう。」

 そうソフィアがいうと、3人とも口々に同意し、寂しげな色を多少残しながらもなごやかな雰囲気にもどる。


 そして、ついにソフィアの出発の時が来る。

「それでは、短い間ではあったが世話になったわね。」

「はい、またいつでもお待ちしております。」

 アルベルトの言葉にソフィアは薄く笑う。


アルベルトがおもむろに執事を呼び寄せ、なにやら包まれたものを差し出す。

「……アル、これは?」

「殿下のお役に立てばと思い取り寄せました。」

包みを開けてみないとわからないが、どうやら本のようである。落ち着いて開封するときの楽しみにしよう。

 

 すると、エレオノーラが進み出る。その手にはきれいな箱がもたれていた。

「殿下、こちら殿下の事を思い縫ったものでございます。どうぞお供におもちください。」

「ありがたく頂戴するわ。」

 その美しい箱をマリが受け取る。すると、続けてトーマスも進み出てビロードで包まれた小さな箱を取り出した。

「殿下、私からも微力ながら殿下をお守りできるようにとまじないをかけたものでございます。お持ちいただけるでしょうか。」

「ええ。ありがたく頂戴するわ。」

 贈り物はあとで確認したいので、マリにそのまま持たせたままにしておく。


「では、もうそろそろ出発ね。」

「はい、お気をつけていってらっしゃいませ。」

「ええ。」


 ソフィアは居心地の良さに後ろ髪をひかれながら挨拶をかわし、馬車に乗り込むそして、領主の館の敷地内にあるテレポーターへ馬車ごとむかう。


(私は幸せ者だわ。こんなに思ってくれる人がいるんだもの。ついに国境を超える。この暖かな国としばらくお別れしなければならないのね。)


干渉にふけっていると、既に馬車はテレポーターのゲートへ入ろうとしていた。


テレポーターに入ると同時に馬車全体が淡く光りに包まれ、山景色ばかりだった景色は一変し、目の前に海が広がる港町に来ていた。そこはポールハウン領の領館にあるテレポーターである。馬車の外を見ると領主が控えていた。


 ソフィアは落ち着いたことを確認し、馬車を降りる。

「出迎えご苦労様、ポールハウン領領主ハーフェン・ポールハウン。」

「ようこそお越しくださいました。帝国の星皇女殿下、帝国に栄光を。ポールハウン領領主、ハーフェン・ポールハウンにございます。ご出発は午後と伺いました。半日ではありますが、わが邸宅でごゆるりとおくつろぎください。」

「ええ。お言葉に甘えるわ。」


 皇国からの迎えが午後にこの邸宅へと訪れる予定である。


 ソフィアは、用意された部屋に着くとアルベルト、トーマスとエレオノーラから渡された贈り物を開けることにした。

 まずは、きれいな箱に入ったエレオノーラからの贈り物。開けると中には、ヴァンデルンの名産である青く輝く蒼絹に銀糸で皇族の紋とソフィアの紋が刺繍されたハンカチであった。美しいとしか言いようのない品だ。


 そして、トーマスからの贈り物は髪飾りだった。とても凝った意匠の白金の台座に紫に輝く宝石が埋め込まれている。その色合いや意匠は、ソフィアを考えて作られたものであることが一目でわかるようなものだった。


最後は、アルベルトが渡してくれたおそらく本であろう包みを開ける。出てきた本は、豪華な装丁にまだ帝国が皇都のみを領地としていた時代に使われていた古代文字で題名が書かれている。


(古代文字は、ある程度読めるからよかったわ。それにこの本の文字はほぼ完ぺきに解読できる年代の文字のようだし、ちょうどよかった。)


これは、たまたまではなくアルベルトがソフィアが読むことができるとわかったうえで送ってくれたのだろう。どうやら図鑑のようだ。だが、見慣れないものが多く書かれている。


(古代帝国の技術か……。いや、これは神聖リュシオル皇国についての本だわ。)


 注意深く読み解くと題名自体には『百科事典』と書かれているだけだが、最初の方に書かれている説明文を読むと、昔の神聖リュシオル皇国で外国向けに作成されたもののようだ。今の皇国は、他国を見下し、ほぼ鎖国状態のためこのようなもの作ることはないだろうが、昔の皇国は案外オープンな国だったようだ。


(さすが、アルベルトだわ。これはどこかで役に立つかもしれない。)


 ソフィアは、自分を思ってくれていることがわかる贈り物を大事そうに見つめ。マリにしまわせる。


(この贈り物があれば、どんなことでも耐えられそうだわ。)


数時間後、


 部屋でくつろいでいると、扉をたたく音が聞こえる。護衛騎士のエドワードが対応する。

「失礼いたします。皇国の使者の方々がおいでになりました。」

「そう、行きましょう。」


 心なしか、マリとエドワードの顔が固くなる。

「二人とも緊張しているの?」

 軽く支度をしながら、声をかけると二人とも驚いたように固まる。

「いえ……。そのようなわけでは。」

 マリが何か言おうとしたが、言葉が続かない。


「いいわよ、私も少し緊張はしているのよ。もう、今まで以上に気を抜けなくなるのだし。味方なんて望めない国に入るの。緊張しない方がおかしいわ。」

ソフィアの言葉に、二人とも驚いたような顔をする。

「でもね、やらねばならないの。二人とも悪いけど付いてきてもらうわよ。」

そういうと、二人が確かな意思をもって返事をした。

そして、皇国からの使者が待つ応接間へ向かう。

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