第4話 安らぎ

 皇都を出て数日後、ヴァンデルンの町に到着。


 その街でも民たちから熱烈な歓迎を受けた。

(この領地の民はいつ来ても暖かいわね。)


 ヴァンデルンの民は、皇女の輿入れ関係なくいつでもこの調子で歓迎してくれる。


 そんな歓迎を受けながらソフィア達はヴァンデルンを治める領主が住む領館に到着する。

 ソフィアが騎士にエスコートされ馬車を降りると領主の一族が出迎える。


「ヴァンデルン領領主アルベルト・ヴァンデルン、出迎えご苦労様。テレポーター利用までお世話になるわ。」

「はっ、ありがたきお言葉。帝国の星皇女殿下、帝国に栄光を。お久しゅうございます皇女殿下。皇女殿下をお迎えできこのヴァンデルン光栄にございます。」

「ええ。ほんとに久しぶりね。では案内をお願い。」

「はっ。」


 ソフィアと侍女のマリそして専属護衛騎士エドワードは、アルベルトの後をついていく。それ以外のものは、ソフィアが滞在の間に使用する品の荷ほどきに取り掛かった。


 しばらく歩くと大きな扉の居室へと到着する。


「殿下、こちらが滞在の間に使用していただく居室となっております。」

 その部屋に入ると、その部屋はソフィアの尊色である青と皇族の色の一つである白を基調とした品のいい部屋となっていた。もう一つの皇族の色である紫は、花瓶などの小物に品よくあしらわれている。


「相変わらず美しい部屋ね。アルベルト」

「は、ありがたきお言葉。」

「私、この部屋がとても好きなの。くつろがせてもらうわ。」

「はっ、それでは晩餐の準備が整いましたらお声がけに参ります。それまで、こちらのお部屋でごゆるりとお過ごしください。部屋の外にこの者を待機させていますので、なにか御用がございましたらこの者にお声がけください。」


 アルベルトが後ろに控えていた女性を指す。この家の侍女だろう。その女性が一礼をする。名乗ることを許すと、その女性はこの家の筆頭侍女の一人であるマリアと名乗った。


「よろしくマリア、では、マリアは部屋の外ではなく中で控えていて。北方にあるヴァンデルンでは、慣れているとはいえつらいでしょう。許すわ。」

「お心遣いありがとうございます。」


  ソフィアが軽く手をあげ応えるとマリアは一礼し、壁際へと控える。


「それでは、これにて失礼いたします。」

「ええ。」


 そういうと室内にマリ、エドワード、マリアを残し他のものは退室する。

 ソフィアは気が抜けたのか一気に旅の疲れを感じ、体が重くなった。その雰囲気を感じ取ったマリが手早く身に着けていたもの外していく。そのままマリアに促され、既に準備が整っているこの部屋に併設されたバスルームへ向かう。バスルームにはマリだけが共に入ってくる。マリアは、気を使ってくれたようだ。マリにドレスや下着もすべて脱がしてもらい、湯を張った風呂に体を沈める。


 温かいお湯が染み渡る感覚に息を吐きながら旅で蓄積されたこわばりをほぐしていく。

「殿下、失礼いたします。」

 マイが声をかけマッサージをしながら清めていってくれる。その気持ちよさにうとうとしているうちにすっかりソフィアの体は綺麗になっていた。


「マイ、ありがとう。もうそろそろ上がりましょう。」

 そういうとマイは、ソフィアの手を取り湯船から出ることを手伝う。

 準備されている室内用の服に着替え部屋へ戻ると、マイが暖かな紅茶を入れてくれる。


 ソフィアは、椅子に落ち着くとその紅茶を飲む。

(こんな優雅に無警戒で過ごせるのもここが最後かしらね。)

 ここは出国前最後の経由地だ。次は、数時間は自国の貴族の邸宅で過ごす予定だが皇国のものが迎えに来れば、皇国のうちに入るようなものである。無警戒とはいかない。


 しばらく、マリやマリア、エドワードと他愛ない会話を楽しんでいると扉をたたく音が聞こえる。その音を聞いて、マリアが扉へ向かうと食事の準備が整ったことを伝える使者であったようだ。


 マリアに先導され食事会へと向かう。部屋に入ると領主たちはすでにそろっていて、ソフィアを頭を垂れ出迎える。ソフィアは、領主たちに席に着くように声をかけ、自身も席に着く。


「歓待感謝します。ここからは必要以上の礼儀は不要よ。食事と会話を楽しみましょう。アルベルトも昔のように接してくれないかしら。」

 そういうと、アルベルトが微笑んだ。

「はい、殿下。ありがとうございます。お変わりなくお元気そうで安心しました。」

「ええ。アルが稽古をつけてくれていた頃からそれほど時もたっていないもの。」


 アルベルトは、若い頃はこの国でも指折りの戦士だった。今は、優しげな好々爺だがその目は戦士の頃の輝きを残している。その歴戦の戦士であったアルベルトは、跡継ぎである息子の教育が完了し、領地経営の実習に入って、アルベルトが領地にいなくても平常時の経営であれば家令と連携しできるようなったころに領地を離れた。そして、剣術の訓練をはじめたソフィアの師として城にしばらく滞在していたのだ。


 その滞在が終了した後も一か月に2回ほどは、アルベルトが城を訪れ、稽古をつけてもらっていたのだ。ただの皇族と貴族という関係ではなく、師と弟子という関係が加わり、いくらか気安い関係であった。


「エレオノーラも久しぶりね。」

「はい。殿下、お久しゅうございます。」

「ふふ、エレン相変わらず元気そうでうれしいわ。暇な時にでも刺繍を教えてね。」

「はい、ぜひ。お喋りもしましょう。」

「ええ、それは楽しみだわ。」

 エレオノーラは、アルベルトの妻である。こちらもソフィアは親しくしており、数少ない心を許すことのできる人物の一人であった。

 エレオノーラもソフィアも心から笑いながら会話する。ソフィアは珍しく何重にも重ねた心の壁を取り払って接する。


「トーマスも元気なようね。」

「はい。殿下。」

「ふっ、あなたは今日も緊張しているのかしら。」

「あ、当たり前です。普通はあなた様はこのように気安くお話しできるような方ではないのですよ。」

 二人の一人息子であるトーマスは、両親のように軽く接することはまだ難しいようで、毎回ソフィアを前にすると固くなる。その様子を茶化すと仕方ないとでも言いたげに言い返す。

 その様子がおかしく、また食卓は笑いに包まれる。

 

 そうして、久しぶりの食事は、和やかに過ぎていった。

 常に気を張っているソフィアが心から笑える数少ない機会だった。ソフィアは、これからの自分が飛び込む困難を少しの間だけ頭の隅にしまって、この時を楽しむ。

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