第3話 門出

翌日。


 抜けるような青空にラッパの音が高らかに鳴り響く。

 皇都は町中が浮かれており、メインストリートではところ狭しと多くの出店が並んでいる。さながら祭りのようだった。街中を歩く人々もそれぞれ花かごを手にもち歩いている。しかし、この日は祭りではなく、この国の皇女であるソフィアが輿入れのためにこの皇都を出発する日である。その門出を祝うためにこの国ではお祭りのようになっている。


 そんな街の浮かれた雰囲気は城で出発の準備をしているソフィアの元まで届いていた。


「なんだか、町がにぎやかなようね。」

「はい、殿下の門出を民たちが祝っているのです。」

「門出ねぇ……。まぁ、この国の者たちが明るくなるのは良いことね。」


 ソフィアは、いつもより華やぐ街の様子を見ながら微笑む。

(私自身は、この門出を祝う気にはなれないのだけれど、この国の民にとっては、どんなものでも、久しぶりの皇族の結婚だし、うれしく思っているのね。)


 この国の皇族としては、どんなに自分自身がそのことに複雑な感情を抱いていようと国に活気が生まれることは喜ばしいことだ。


「殿下、ご用意ができました。」

 この場所からの風景を目に焼き付けていると、ソフィアの旅立ちの準備をしていた侍女から声がかかる。


「わかったわ。いきましょう。」

「はい、殿下」


 侍女に椅子を引いてもらい立ち上がり、侍女たちを後ろに従え馬車の待つ正門へと向かう。ソフィアが、生まれてから常に近くで世話をしてくれていた侍女たちとも、ほとんどのものとお別れとなる。


 皇国から同行を許されたのは、護衛騎士・侍女それぞれ一名までであった。この制約は、非常識なものであり、その国を見下していると見なされ、戦争とはいかないまでも関係悪化するようなものである。もちろん、このような条件を提示した時点で婚姻同盟は破談になる。


 しかし、帝国はこの非常識な条件を二つ返事で受け入れた。この程度のことで帝国が築いた畏怖は揺らぐものではないし、皇国の内部の状況を確認でき次第、皇族専用の隠密集団である「影」を潜り込ませる準備をしている。皇国を油断させることもできるため、特に問題はないのだ。


 ソフィアは、歩きながら後ろを歩く侍女たちに声をかける。

「マリ以外のものとは、今日でお別れね。サラ、ミリア、エマ、リリー、今日まで本当にありがとう。」

「姫様……。」


 他の貴族もいるエントランスホールに付けば、侍女にこのように礼を言うなど何を言われるか分かったものじゃない。さすが皇女に仕える侍女たち、そのことは言われずとも理解しているようだ。


 皇女の世話をしていた侍女には階級がある。今名前を呼ばれた侍女は約30人いる皇女専属の侍女の中でもっともプライベートな身の回りの世話までする最も階級の高い侍女たちだ。なるための試験・訓練は並大抵のものではない。つまり、ここにいる者たちは皇女が名前を覚えるほど近くに常についているエリート侍女というわけだ。


 ソフィアが母の胎内に宿ったころから試験が行われ侍女が選別された。その試験では、能力だけでなく家柄なども詳しく調べられ、今ソフィアの元にいる5人が選ばれた。そして、ソフィアが生まれた瞬間から傍で世話している。ソフィア自身、血を分けた家族より長くともいる者たちなのだ。それほど長くいた者たちと離れることに対して、何も思わないほどソフィアの心は死んではいない。多少の寂しさと心細さを感じていた。


 普段は表に無駄な感情は出さない侍女たちだが、ソフィアの言葉を聞いて目頭を熱くした。ソフィアがこの国で一人前となる13歳でデビュタントを済ませてからは、『殿下』とよんでいた侍女たちが思わず『姫様』と呼ぶほど感極まっていた。


 背後で静かに涙を流す気配を感じながら、ソフィアは長い廊下歩く。これがこの者たちと歩ける最後なのだと実感しながら、一歩一歩踏みしめながら歩いた。


 そして、ついにエントランスホールへとつながる扉の前に立つ。侍女たちを一瞥すると、皆すでにいつも通りの顔に戻っている。ソフィアは、満足気に微笑むと扉の前に立つ騎士に目配せをする。


 騎士は、扉の向こうに立つ騎士に合図を送ると、扉の向こうから杖で床を打つ音が聞こえる。


「帝国の星第4皇女殿下ソフィア・ラディヴィフ・ティア・アルテディス殿下のおなり。」


 その声とともに、目の前の扉が開けられる。その扉が完全に開いたことを確認するとソフィアは、足を踏み出す。目の前には大階段があり、その階段を下ったところには貴族たちが階級順に並び、深く頭を垂れている。


 その貴族たちをゆっくりと見まわし、階段を降り進む。気高い皇女らしくシャンと背を伸ばし、まっすぐ前を見据えながら、一段一段ゆっくりと降りる。


 階段を降り切って、外に向かって歩き、玄関前の馬車が止められている場所につく。馬車の前につき城の方に向き直ると、王族専用のバルコニーから皇帝と皇妃、そして皇太子と第1皇女、側妃とその子供たちがいた。それぞれ、顔に感情は出していないが、シスコン気味の皇太子と第1皇女は、多少寂しさが瞳の奥で揺れていた。


 ソフィアは、バルコニーにいる皇族を見つめたまま両手を胸に添え、軽く膝を曲げる。人前で頭を垂れることが許されない皇族が最上級の感謝を伝えるための行為である。その行動に皇帝は目礼で応える。その応えを見て、ソフィアはついに城に背を向け、馬車へと乗り込む。


(お父様、お母様、兄様、姉様、どうかお元気で。)


 ゆっくりと馬車が動き出す。国境までの護衛をするための騎士団を先頭にソフィアの乗る馬車、そして服や装飾品を載せた馬車が二台続く。ゆっくりとその集団が城門をくぐりついにその姿が遠く見えなくなるまで貴族たちは頭を垂れ、皇族たちはじっとその様子を見つめていた。


 その馬車が城がある小高い丘を降り切ると民が暮らす街へとつく、すると前触れがあったのかソフィアの馬車が通る道のわきに民たちが花かごを持ち詰めかけていた。


「皇女殿下!!おめでとうございます!!」

「お幸せに!!」

「皇女殿下万歳!!帝国万歳!!」


 ソフィアの馬車が通りかかると、民たちは口々にお祝いを述べながら花かごに入った花びらを投げかける。この国での祝福だ。ソフィアは、その様子を車窓から見ながら民たちに手を振る。それは、馬車が皇都と街道を隔てる門を出るまで続いた。


 ソフィアたちは、その後もいくつかの街を経由し民たちから祝福されながら、テレポーターのある領ヴァンデルンへと向かう。

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