第2話 親子の会話

 ソフィアが皇国での生活に思いを馳せていると、扉をたたく音が聞こえる。


「はい」

「皇女殿下、皇帝陛下からの伝言をお預かりした者が来ておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか。」


 部屋の外で護衛をしている近衛騎士から声がかかる。

 特に追い返す理由もないので、傍に控えていた侍女に声をかけ、入室を許可する。


「帝国の星皇女殿下、皇帝陛下より伝言をお預かりしており、伺いました。皇帝陛下が皇女殿下とお話をされたいことがあるということで談話室にてお待ちになっております。」


「そう、わかったわ。身なりを整え、すぐに向かいますとお伝えして。」


 遣わされてきた騎士にそう伝えると、御意と短く返事をすると一礼をすると礼を欠かない程度に急いで退室した。

 その様子を確認し、侍女たちに軽く身なりを整えてもらう。いくら血のつながりのある父親であるとは言え、庶民のように気安い関係ではない。父親という前に皇帝という地位にいるという事実があるのだ。皇帝陛下の御前に出るのだから、失礼のないように最低限身なりは整えねばならない。


 身なりが整ったことを確認し、数人の侍女と護衛の騎士を伴い、指定された部屋へと急ぐ。

 その部屋の前へ到着すると、皇帝専属の近衛騎士が扉を守るように立っていた。騎士は、ソフィアの姿を確認すると、「帝国の星皇女殿下、アルテディスに栄光を。」と決まりの挨拶をして、室内に声をかけた。


 すぐに皇帝に仕えている侍従が扉を開け迎えてくれる。

 ソフィアが室内に入ると、既に皇帝は奥にある皇帝のみが座ることのできる椅子に腰かけ、紅茶を楽しんでいた。


「帝国の太陽皇帝陛下、第4皇女ソフィア、皇帝陛下の命により馳せ参じました。」

 ソフィアがカーテシーをしながら、口上を述べる。


「よく来た。顔をあげなさい。」

 皇帝の許可を受けソフィアは顔をあげる。

 皇帝は、ソフィアと同じ白銀色の髪に同じ色の瞳だ。顔立ちはソフィアが母である皇妃に似ているため、それほど皇帝とは似ていないが、その色はすべて皇帝のものを受け継ぎ、間違いなく親子であり、皇帝一族であると一目でわかるほどである。


 皇帝が目の前にあるソファを指し、掛けなさいと指示を出したので腰を下ろす。

 ソフィアが腰を下ろすと同時に、侍女たちが紅茶をサーブする。

 紅茶を一口含んでから、ニコニコとこちらを伺っている皇帝の方に顔を向けた。


「陛下、お話というのは……。陛下が明日嫁ぐ娘と他愛ないお話をされるためだけにお時間をとられるとも思えませんが。」

「ふっ、よくわかっているな。まぁ、なかなか会えなくなる娘と最後にゆっくり話したいとは少しは思っていたが、それが主の目的ではない。」

「だとは思っていました。皇国内での動きについてでしょうか。」

「そうだ。馬鹿ではないようでよかったよ。」

 皇帝は、満足そうに微笑むと、紅茶を口に含む。

 皇帝の表情は、終始やわらかいが、皇帝特有の威圧感を兼ね備えていた。


「お前もわかっているだろうが、皇国内は今史上最年少の神皇、150年ぶりの神皇の直系の子供以外から即位した神皇という前代未聞のことで不安定になっている。現神皇が神から選ばれたことからそちらを支持する神皇派と先代神皇の長男が神皇になるはずであった、その運命が歪められたと主張する血統派で分かれているのだ。」


 皇帝が言った情報は、既にソフィアの手にもあった情報だ。

 神を尊ぶのならば、神の意志に何も言わず従えばよいのに、とは思うが、あの国をまとめている貴族は他の国と同じ人間だ。それぞれの欲を備えている。


 今まで、皇位継承者の筆頭であった神皇の長男に気に入られるように行動していたことがほとんど水の泡なのだ。どうにかして、自分の利益になるものを頂点に据えたいと思うだろう。皇国も神の国といえど、特殊な力を使えることが違うだけでそれ以外はただの人間と同じようだ。長くある国にはありがちだが、特権階級の腐敗が進んでいた。


「これまで、皇国にはその特殊な土地柄ゆえ、手をこまねいていたが今回のことで糸口が見えた。私がどのようなことを望んでいるかは、お前ならわかるな。」


(意地の悪い人だ。)


 皇帝は、ただ指示を与えるのではなく、ソフィアを試そうとしている。

 ただこれくらいのことがわからないようであれば、独自の進化を遂げていることが予想される皇国の貴族社会に飲み込まれてしまうだけであるだろう。


「一番は、皇国に帝国が世界の覇者であると声明を出させること。そして、皇国の実質的な支配権を帝国が握る事でしょうか。」

「ふむ、及第点だな。それは必須だぞ。お前ならそれ以外の事も成し遂げられるだろう。まぁ、とりあえずは皇国に帝国が上位だと認めさせることができれば良しとしようか。皇国をしっかり見極めておいで。期待しているぞ、ソフィア。」


 ソフィアは、驚いて一瞬カップを持つ手が跳ねる。跳ねるといっても、すぐ脇に控えている侍女でさえ気づかい程度ではあったが、どのようなことにも動揺しないように訓練してきたソフィアが一瞬とはいえ動揺した。

 皇帝が言った内容には、驚かなかった。それぐらいはやるべきだとソフィア自身が思っていたからだ。問題はそこではない。


「陛下が名前を呼んでくださるなんて珍しいですね。」


 動揺をごまかすために紅茶に口をつける。

 皇帝は、目を細めソフィアの様子を見ている。動揺したことは、皇帝にはばれていたようだ。


 皇帝は、ふっと息を吐くように笑うと、今までしていた皇帝の顔が父親の顔に変わる。


「そうだな。お前が皇女教育を開始してからは、父親と娘ではなく、皇帝と皇女として接してきた。だが、明日皇国に嫁ぐお前には、そうそう会うことはできなくなる。会えたとしても娘として接することはできなくなると思ってな。これが最後だ。」

「お父様」

 ソフィアは、思わず自分が幼い頃、まだ皇女教育が開始しておらず、かわいらしいお姫様として母である皇妃に甘えていた頃、皇帝に呼んでいたように声をかけてしまった。


「そう呼ばれるのも久しぶりだな。もう、こんな時間か。明日もあるし、お前も早く休まねばな。」

「はい、陛下。お気遣いありがとうございます。」

「おっと、もどってしまったか。ソフィアよ、私は皇帝であるから、ただの父親としてお前だけの幸せを願うことはできない。だが、父親として娘のお前を愛していることは忘れないでおくれよ。」


 皇帝は最後にそういうと、ソフィアの頭にポンと一瞬手をおくと、侍従を伴い出ていった。

 ソフィアは、今度はわかりやすく動揺ししばらく動けなかった。それほど衝撃だったのだ。皇帝には、大事にされていることはわかっていた。しかし、それは親子としての親しみは感じられず、上司と部下のようなものであったと思っていたのだ。

 ソフィアは、思わず微笑んでしまう。思ったよりうれしかったようだ。


(私にも、こんなに子供っぽい感情が残っていたのね。)


 自分でも気づいていなかった発見に少し自嘲気味に笑う。

 これからは、気を引き締めなければならない。少しの隙を見せることも許されない世界に足を踏み込むのだ。動揺を外にさらすなど、これで最後にしなければならない。

 ソフィアは、さっきまで少しほぐれていた気持ちをより一層引き締めた。

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