第11話 『姫死す』



 ダンジョン《大地のくびれ》は、王国が支配する北の大陸と、多くの魔族が住まう南の大陸をつなぐ唯一の陸路にある。それ故に、両国が争う時代にあってそこは魔族たちによって占領され人類が南の大陸に攻め込むのを防ぐ壁となっていた。


もちろん、たとえ陸路が塞がれようと海を渡ればよいだけの話であるが、いかんせん海軍というのは陸軍に比べ金がかかるのだ。

船の維持や運用に費用がかかるのはもちろんのこと、軍である以上、ひとたび軍事的衝突が起きれば沈む船も出てくる。そうすると、その補填を行うにも、また莫大な金がかかる。

となれば、当然その運用は慎重になり、結果として南の大陸への侵攻は《大地のくびれ》攻略次第というわけになる。


「ペディランサス様。物見より勇者が王都を発ったとの連絡がありました。装備や方角から推測するに、こちらに向かっているのは間違いなさそうです」


竜の間にて、オークのトックリから報告を受けたダンジョン主ペディランサスが一時前のめりとなった。


「ほぅ! 姫を助けに来る気であろうか」


「なんだか、嬉しそうですね?」


ペディランサスがニンマリと笑った。


「ドラゴンに攫われた姫を勇者が助けに来るんじゃぞ。そのような誰もが知るおとぎ話の様な一幕にどうして落ち着いていられようか」


「その勇者が、ペディランサス様を殺しに来るとは思わないのですか?」


「馬鹿な。強者との戦いにて果てるは、男の誉よ」


「どうか、残される部下たちのことも考えていただきたく……」


「勇者の旅路、可能な限り邪魔をするでないぞ」


「なにゆえですか?」


「実はな、勇者にならば姫を取り戻させてやってもよいと考えておる。先ほども申したが、これほど物語的な展開はそうそう無い。ならば、その一幕にて悪役を担うのはこれまた誉よ」


トックリが、ハアとため息をついた。


ペディランサスはかねてより戦いにて死ぬことを望んでいるきらいがあった。それも厳密に言えば、戦いの果て倒れるというより、劇的な幕間と共に倒れたいという自殺願望に近いものである。


トックリは、そのことを承知しているが故に主が無為に倒れてしまうことを懸念していた。そして、もしも時はその命に違えてでもペディランサスをダンジョンから引きずって落ち延びる。そういう所存であった。


「だからこそな。姫の脱獄を許すわけにはいかんのだ」


「勇者に助け出される前に、逃げられたんじゃ勇者の冒険譚も腰砕けですもんね」


「その通り。だから、今後は一層に姫の動向に気を付けろ」


「と言っても、姫はかなり手ごわいですからねえ」


俄かに、廊下が騒がしくなった。

竜の間の、扉をパキラ嬢が力いっぱい押し入ってきた。どうにも、よく見る光景であるとトックリが再び溜息をつく。


「ペペぺペディランサス様! 報告です」


「ほらきた」


「サンちゃんが! サンちゃんが!」


パキラ嬢の顔全体から血の気が引き、肌が青みがかっている。

その冷や汗の量も甚大で、どうにも普段と様相が違うことにペディランサスは気づいた。


「姫に何があった……申してみよ」


「死んじゃいました!」




狭い通路を、パキラが足早に進む。そして、それに人に変化したペディランサスとトックリが続いた。


「ななな何ということじゃ。王国からお預かりした、大事な娘さんをををを死なせてしまうとわ」


「ととととりあえず、落ち着いてくださいペディランサス様。そそ蘇生魔法を使えるものをすぐに呼びますから」


「ええっと、あああっと医務室は……こっちだっけ???」


分かれ道で足を止めたパキラの肩を、トックリが引っ張った。


「こっちですよ。大変ですけど、ちゃんとダンジョン内の道は把握してくださいね」


ダンジョン内は、あえて通路が入り組み全体図を把握しにくいよう作られている。それは、外敵の侵入を阻むという面が非常に大きいが、最近は姫の脱出を防ぐという点で機能していた。


「貰った地図無くしちゃって……」


魔王城より出向してきたパキラも、まだダンジョン内の配置を正確に記憶しておらずトックリから地図を渡されていた。


「ほら、こっちだ。ついたぞ」


医務室の扉を、ペディランサスが勢いよく開いた。しかし、部屋に並べられたベッドには誰の姿もなかった。


「どういうことだパキラ嬢。誰もいないではないか」


「そんな……確かにここに運び込んだはずなのに」


トックリが、ベッドの脇を覗き込みアッと声をあげた。


「ポトスさん! 大丈夫ですか!?」


そこには、ダンジョン内での医療全般に従事しているスライムの《ポトス》が転がっていた。小さなライム色で、不定形の体をもったポトスであるが、今日は一段とその形が崩れている。トックリが声をかけても反応がないのは、気を失っている証であった。


「いったい、誰がこんなことを!?」


ポトスを抱えるトックリの横から、ペディランサスが様子を伺いそれに気づいた。ポトスが、今わの際に床を這いずって作ったダイイングメッセージである。死んでないけど。


書かれた文字を、ペディランサスが読み上げる。


「はんにんは ひめ」


三人は、互いを見合わし同時に声をあげた。


「脱獄だ!」





「姫よ。まさか、購買部でジャ●プを立ち読みしていようとは思いもしなかったぞ」


「……不覚」


「生ぎででよがっだあああああ」


両手を後ろ手に縛られたサンデリアーナに、パキラが涙と涎をまき散らしながら縋りついている。

サンデリアーナは、僅かに鬱陶しそうな表情(それでもなお無表情に限りなく近い)をしていながらも、パキラを拒むことなく受け入れていた。それは、後ろめたさゆえのものである。


「しかし、どうしてパキラさんは姫が死んでいるなんて勘違いしたんですか?」


「あの時は、本当に息をしてなかったんです!」


ペディランサスがフンと鼻を鳴らし、姫へと視線を向ける。たとえ尋ねたとしても、姫は素直に答えることは無いだろう。


「パキラ嬢。何があったのか、初めから全て話してみよ」


「はい―――」


その日の昼下がり、サンデリアーナとパキラは牢屋の格子越しに談笑をしていた。その手には、パキラが購買で買ってきたドーナッツと看守のアロエが淹れてくれたお茶が握られている。


突然、姫がうめき声をあげた。「ぐええええ」と喉を抑え、前のめりに倒れ動かなくなった。あまりに突然の出来事かつ芝居がかった姫の急変に、パキラとアロエもまた動きを止めてしまっていた。


「……あやしい」


パキラ嬢の口から、ふと漏れた本音にアロエが大きくうなずく。


「でも、放っておくわけにもいかないし……アロエさん姫を見張っていてください。私は、医務室に行ってポトスさんを呼んできます。決して、牢を開けないでくださいね」


パキラは、そう言って牢を後にした。アロエは、パキラの指示通りただじっと瞬き一つせずにサンデリアーナを見張り続けた。だが姫は、ピクリともしない。呼吸による胸の動き、脈による指先の震え生きていれば起きるはずの生理的な動きが一切感じられない。もしこれが演技であるとしたら、その倒れ方とは打って変わって姫の演技力の高さよ。


アロエの胸中に、姫のあまりの動かなさに僅かながら不安がよぎった頃、パキラがポトスを伴って戻ってきた。パキラの手によって、格子の隙間からポトスが牢の中に入り姫の脈をとる。


「脈がない。呼吸も……まずいぜ姐さん」


「どどどどうしたら!?」


「とりあえず、医務室に運ぶぞ!」


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