第12話『姫生まれる』




「……そして、姫は蘇りポトスをノして逃げ出したというわけだな」


ペディランサスの言葉に、トックリが首をかしげた。


「一度死んで、それから自身に蘇生魔法をかけたってことでしょうか?」


「いや、それだと順番が逆だろう。死んだ人間がどうやって魔法を使うのだ」


「確かに」とトックリ。


「魔法じゃなければ、蘇生アイテムを使ったとか」とパキラ。


「それとて同じことだ、死んだ後にどうやってアイテムを使用する」


三体の魔物が、みな同じく腕を組みウーンと唸った。

沈黙を破ったのは、やはり姫であった。


「貴方たちが考えるべきは、どうやって蘇ったかではない」


ペディランサスが、話を促すが姫は視線を逸らしそっぽを向いた。


「要求を聞いてくれるなら―――」


「のもう」


ペディランサスの二つ返事に、サンデリアーナは驚きつつも満足げに頷いた。


「重要なのは、どうやって蘇ったかではなくどうやって死んだか」


サンデリアーナは続ける。


「私が使ったのは仮死薬。人を仮死状態にする薬」


仮死薬とは、使用することにより呼吸率、体温、心拍数を低下させ、それこそ死んでいるように見せかける薬である。ひとたび仮死状態に入れば、たとえ医療の心得があるものでも死を誤認させることができるであろう。そしてそれが、突然の捕虜の死に動転した医者であればなおさらだ。


「仮死ということは、本当に死ぬわけでは無いということですね」


「そう。ただ、放っておくと本当に死ぬ。そうならないために、遅効性の蘇生薬とセットで使う。蘇生薬が効くと、仮死薬の働きを阻害して、さらに使用者を覚醒させる」


「つまり蘇ると。ちなみに、どこにそんなもの隠し持っていたんですか? 身体検査は行ったはずですけど」


「奥歯に仕込んでいた」


「王家は姫に、なんて危険な薬を仕込ませてるんだ」


ペディランサスが気色ばむが、これは王家の仕込みというより姫自身の手による仕込みである。どこの世界に、我が子に危険な薬を託す親があろうか。


「……要求言ってもいい?」


「そうだったな。申してみよ」


「毎週、ジャ●プが読みたい。週に一度、購買部に行くのを許してほしい」


あまりに程度の低い要求にトックリが呆れ、他方、姫に縋りついていたパキラの額に青筋が浮き上がった。


「ぬう、確かに牢獄の中ではまともな娯楽もあるまい。相分かった、毎週最新号を届けさせよう」


「……あ、いやそうではなくて」


要求がのまれたというのに、サンデリアーナは何故か口ごもった。それと時を同じくして、姫の背後にパキラがすっと立ち上がる。顔中を怒りに真っ赤にさせ、頭のてっぺんから怒気をあげている。


パキラは、両の拳を強く握りしめ、それを姫のこめかみへとあてた。そして、驚いた姫に構わず、それをぐりぐりとコメカミにねじりこんだ。姫の悲鳴が、竜の間に響き渡った。


「そんな危ない薬を! たかがマンガが読みたいために! つかったの!?」


「ど、どういうことですか?」


「本気で脱獄する気だったら、購買部で立ち読み何かするはずないです! ペディランサス様にマンガを買ってもらうためだけに、見せかけの脱獄を演じたんですよ!」


パキラのぐりぐりは、しばらくの間続き、それが終わったのち姫はやはりパキラによって正座を強制された。あまりの剣幕に、姫はもちろん上司であるトックリとペディランサスですらその強行を止めることができなかった。


「姫や、それは困るぞ」


目を真っ赤にさせ涙をこらえる姫に、ペディランサスが優しく声をかけた。


「いや、逃げ出すのは構わないのだ。ただ、そのような些細な理由で逃げられたらこちらもたまらん」


「ごめんなさい」


できれば脱獄自体を辞めてほしいんですけど、とトックリは思ったが口に出さずに胸にとどめることにした。


「なるほど、パキラ嬢よ。姫は遠慮をしておるのだ」


「遠慮ですか?」


「うむ、仮にも敵である我らにどうしてポンチ絵を買ってほしいなどとねだれようか。要求という形式をとらねばならぬ事情が、姫にもあったというわけだ。だからもう許してやれ」


理解はしたが納得はできないのであろう。パキラは、小さく頷いて見せた。


「それでしたら、ペディランサス様。姫に、小遣いをだしてはどうでしょうか?」


「ほう、トックリ。それは良い考えだ。小遣いの範疇であれば、我らに遠慮することなく自由に買い物もできよう。購買部に行きたいときは、アロエに声をかけるがよい。ただし、牢に持ち込むものは全てチェックさせてもらうぞ」


「……いいの?」


「ふはははは、脱獄されることに比べれば安いものよ!」


密かにトックリがほくそ笑む。

この小遣い制、15歳の少女の気持ちに寄りそったように見せかけて実のところ、ある程度の自由を与えることで姫の脱獄欲を抑制することを念頭においたものであった。姫の監視や、逃走時の体制を考えれば、小遣いなど安い出費である。


しかし、その時ほくそ笑んだのはトックリ一人ではなかった。普段は、仮面をつけたかのように表情を変えない姫が頬を微かに歪ませていた。

マンガの購入は口実に過ぎなかった。姫の本当の狙いは別にあったのだ。しかし、それが知れるのはもうすこし先の話となる。


かくして、仮死薬を対価に毎月の小遣いを手に入れた姫。

更には、牢獄からの自由な出入りまで許されて、もはや姫の捕虜としての待遇は形骸と化した。

しかし、トックリは見誤った。姫の湧き上がる脱獄欲は、決してお小遣い程度で抑えきれるものではないのだ。


その湧き上がる情熱は、豊富な知識と積んだ経験と相まって姫を更なる脱獄へと駆り立てるのであった。

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