第534話 穏やかな気分で

 話が一段落した後は、アテナリヤの空間に居座る必要性がないので、寄り道せずに知識の塔に帰ってきた。


 アルたちの気配に気づき、知識の塔から出てきたサクラとヒロフミが、大きく目を見開く。


「おかえりなさ――」

「おい、まさか――」


 言葉を失う二人に、アルはにこやかに微笑み掛けながら、リアを手で示した。


「こちら、リアさんです。今後、アカツキさんと一緒にここで過ごすことになりました」

「なんっっで、そうなった!?」


 怒鳴るように尋ねてくるヒロフミの声がうるさかったのか、ブランが不快そうに尻尾をパタパタと揺らす。

 アルはブランの頭を撫でて宥めながら、アカツキに視線を向けた。詳しい説明は本人たちがするべきだと思ったのだ。


「宏、落ち着いて聞いてくれ」

「つき兄、人さらいはどこの世界でもいけないことだよ?」

「そんなことしてないけどっ?」

「見損なったぞ、バカツキ」

「おい、ちゃんと聞けって言ってるだろ!」


 生きている年数の長さゆえか、すぐさま動揺を鎮めたサクラたちが、微笑みながらアカツキをからかう。表情に僅かな怒りが滲んでいるように見えるので、それを和らげる目的もあると思われる。


 アルは騒がしいやり取りを懐かしそうに眺めているリアを見てから、小さく肩をすくめた。なんだか楽しそうなので、今は止めなくて良さそうだ。


「ブラン、お茶を飲もうか」

『ケーキも食うぞ』

「そうだね。チョコレートケーキにする?」

『果物いっぱいのタルトも食べたい』

「遠慮ないね……」


 二種のケーキを希望するブランに苦笑しながら、即席のお茶会の用意をする。騒いでいる三人もきっとお茶を飲めば落ち着くだろう。



 アイテムバッグに保存していたお茶やケーキ、焼き菓子、サンドウィッチなどの軽食をテーブルに並べたところで、三人の話は終わったようだ。続いてリアを交えて話し始める気配を感じ、アルはテーブルを手で示す。


「話したら喉が渇くでしょう? 皆さんで飲みましょう」

「用意を任せちゃってごめんね」

「いえ、構いません。……ブランはもう食べ始めちゃってますけど」


 二種のホールケーキを美味しそうに食べているブランに、アルは小さくため息をついた。サクラたちの分は確保してあるからいいが、さすがにもう少し空気を読んで待っていてほしかった。


「それでこそブランだろ」

「ケーキ美味そー。里愛も座って。アルさんが作ったの、どれも美味いから」

「うん。アルさん、ありがたくいただきます」

「お口に合えばいいんですけど」


 リアはすぐにサクラたちとも打ち解けた様子で、ケーキの感想をこぼしながらお茶を楽しんでいた。

 アルは穏やかな気分で見守りながら微笑む。思いがけないことになったが、これで良かったのだと心から思った。四人が話し笑い合う光景が、幸せそのものに見えたから。


「アル、またお前に負担をかけることになって悪いな」

「ヒロフミさん、お気になさらず。もうアカツキさんたちにも何度も言いましたけど、僕は大して気にしてないので」


 ヒロフミの真摯な眼差しを受けて答える。同様の表情を見せるサクラにも微笑んで見せると、二人は視線を交わして苦笑していた。


「……アルは本当に気にしてないんだろうな」

「そうだね。アルさんって、やっぱり普通の人とは違う感覚を持っているし」

「それは否定できないですね」


 二人からの感想を、アルは至極当たり前のこととして受け入れた。自覚があったから。


「でも、礼は受け取ってくれ。暁たちのために、ありがとう」

「アルさん、本当にありがとう。それと、つき兄とリアちゃんのこと、これからよろしくお願いします」


 改まった雰囲気で深々と頭を下げる二人に、アルは目を細める。

 アカツキをこの世界に残していくと聞いた後から二人が纏っていた硬い雰囲気が、随分と和らいでいるのが見て取れた。

 リアとアカツキのことをよく知る二人だからこそ、この世界で彼らが共に生きていけることを喜んでいるのだろう。


「もちろんです。一度引き受けたからには、僕が生きている限りは面倒を見ますよ」

『アルが死した後には、我がなんとかしてやろう』

「え」


 アルの言葉に、ブランがサラッと言葉を続けたので、全員の視線がブランに集まった。


『なんだ? こいつら二人はアルより長生きする可能性があるのだから、我が手を貸してやるのが道理だろう』

「……それで、いいの?」


 ブランは散々アルが余計な務めを負ったと詰っていたから、こんなことを言い出すとは思わなかった。

 もちろん、ブランがアカツキたちを放置はしないだろうとは考えていた。だが、それを言葉にするほどブランは素直な性格ではないとも理解していたのだ。


 おそらくアカツキたちは、アルが死ぬ頃には一緒に消えればいいと思っていたはずだ。彼らは長生きすることに興味はないのだから。


『構わん。こいつらの居場所を確保してやるにしても、剣を振るってやるにしても、それくらい我でもできる』

「そっか……。うん、その時は、ブラン、よろしくね」

「ブラン、ありがとうございます!」


 アルに続いて、アカツキたちが頭を下げた。

 ブランの言葉は、アルを思ってのものだろう。アルの務めを分かち合い、負担を軽減させようとしてくれているのだ。

 アルは微笑みながらブランの頭を撫でる。心が温かい。やはりブランは最高の相棒だと思った。


「――その口元にチョコレートクリームがベッタリとついてなかったら、すごくカッコいい感じだったと思うよ」

『っ、やり直そう!』

「それは無理でしょ」


 ブランが慌てて舌で口元を拭い綺麗にするのを見ながら、アルはくすくすと笑った。

 強い魔物なのに、こうしてしまらないところがブランの魅力でもあると思う。そんな相棒と共に過ごせることが幸せだと、アルは改めて感じた。


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