第533話 動き始める二人の時間

 アカツキたちがポツポツと言葉を交わしているのを、アルはのんびりと眺める。今は二人だけの時間にしてあげようと思っていた。


 不意にリアが言葉を詰まらせるのを、アカツキが不思議そうに見つめる。僅かに生まれた沈黙を先に破ったのはリアの方だった。


「どうして、この世界に残るの……」

「それは、里愛を一人にしたくないから」


 唐突な問いにアカツキがきっぱりと言い切る。リアは「あなたって、本当に馬鹿ね」と泣きそうな笑みを浮かべながら呟いた。


「私、もう、人じゃないんだよ?」

「それは俺もだよ。コピーみたいなもんだし、命があるのかも定かじゃないよな」

「……ごめん」

「里愛が悪いんじゃない。イービルがしたことだろ」

「でも、それも、私の一部だったから」

「そうであっても、今の里愛が謝ることじゃない」


 俯くリアの頬に、アカツキが手を伸ばした。


「――俺、やっぱり、里愛に会えて嬉しい。なんか、胸が温かくなるんだ。記憶がなくたって、里愛のこと好きなんだと思う」

「っ……ばか」

「宏もだけど、里愛、俺のこと馬鹿馬鹿言いすぎじゃない?」


 リアの顔が赤くなっていた。睨むようにアカツキを見ているが、全く怖くない。アカツキもにこにこと微笑んでいる。


 アルは二人の様子を見ながら、なんとなく居心地が悪くなった。ブランも身動ぎして、視線を逸らしている。


「僕たちがここにいるって、二人とも分かってるよね? 忘れられてる?」

『忘れられている勢いだな。なんでこんな場所で甘ったるい雰囲気なんだ。我は甘い食い物は好きだが、こういうのは好かん』

「同感」


 ブランとボソボソと呟き合っていると、アカツキがハッとした様子で振り返った。アルと目が合った途端、頬を赤くして「あー、うー」と呻いている。


「あの、アルさん、マジで、いろいろご迷惑掛けちゃう感じになって、すみません!」


 リアの手を離し、アカツキが頭を下げる。それに続いて、リアも「申し訳ありません」と謝罪してきたので、アルは「いえ」と首を横に振った。


「先ほども言いましたが、大したことではないので。お気になさらず」

『ふん、余計な務めを負ったのにな』

「大したことじゃないってば」


 ブランがジロッと睨んできたが、アルは微笑みで躱した。

 実際、アルは全く気にしていない。イービルに関してはアテナリヤが手を尽くしてあらゆる干渉を妨げてくれると思うし、そうそう二人を消滅させることにはならないと考えているからだ。


 消滅させるというのも、二人の特殊な状態を思えば、死というよりも解放という意味合いが強いと思っている。二人が納得しているならば、万が一の場合でもアルは迷わず行動できるはずだ。イービルに囚われてしまうことより悲しく苦しいことはないと思うから。


『そういうところは、精霊的な性質だな』

「うーん……そうかも?」


 確かに人間ならば気にすることかもしれない。実際、アカツキたちは申し訳なさそうな雰囲気だ。

 本当に気にしなくていいのに、と胸の内で呟くが、アルは言葉にして告げることはなかった。アルがいくら言おうと、二人が心から納得するとは思えない。


「――まぁ、イービルに捕まるような状況にならなければ問題ないですし。できる限り自由に過ごせるよう僕も協力しますが、お二人も多少不自由な環境なことをご理解くださいね」

「もちろんです! ワガママは言いませんよ」

「はい、私も。アテナリヤと違って、できることは少ないですけど、ご迷惑にならないようにします」


 寄り添って立つ二人に微笑み、アルは頷いた。

 短時間ですっかり打ち解けた雰囲気になっているのは、さすが元の世界で婚約までした間柄ということだろうか。

 なにはともあれ、良い結果になりそうで安心した。


「あまり遠慮しすぎないでくださいね。――とりあえず、アカツキさんとリアさんも、異次元回廊で暮らす感じでいいですか?」

「そうっすね。宏たちを見送ったら、ダンジョンの方にも生活環境を整えようと思ってますけど」


 呟いたアカツキが不意に「あっ」と声を上げる。全員の視線がアカツキに集まった。


「――待って!? そういや、宏たちが帰還した後って、異次元回廊の管理主はアルさんになるんですよね? ダンジョンの方はどうなってるんでしょう?」


 慌てた様子で「俺、ダンジョン能力なかったら、マジのポンコツなんですけど!」と叫ぶアカツキを、アルは呆れた目で見つめた。今さらそこに気づいたのか、と思ったのだ。


「サクラさんたちが管理主の権限を移譲できていたように、おそらく僕も誰かに任せることが可能になると思います。アカツキさんにも権限を許可しておきますよ」

「ありがとうございます! それなら、アルさんが外を旅する間とか、管理はお任せくださいね!」


 グッと拳を握ってやる気を表現するアカツキに、アルは肩を竦めた。


「大した管理が必要とは思いませんが、まぁ、そうですね。協力してもらえると助かります」

『アカツキなんて猫の手より役に立たんだろう』

「さすがに猫よりは役に立てますよ! ……きっと」


 ブランの辛辣なコメントに、アカツキがしょんぼりと肩を落とす。

 アルはリアと視線が合って、思わず二人で笑ってしまった。アカツキのこういう明るいところが好きだなぁ、という思いを、リアと分かち合えた気がする。


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