第530話 即決行動
アカツキの決定に、まだ納得できていない様子の者が一人だけいた。
アルはサクラを見てから、アカツキに視線を向ける。
論理的に向かってくる相手をするならアルが適任だ。だが、感情への対応は不得意である。
サクラにきちんと向き合うのは、兄であるアカツキがするべきだ。
「なぁ、サクラ」
「……なに」
「俺、家族が恋しくないわけじゃない」
「父さんたちより、この世界を選ぶのに?」
「日本に『俺』はいる。俺がいなくても、父さんたちにはなんの影響もないよ」
珍しく諭すように言うアカツキを、サクラが涙の滲んだ目で睨んだ。
「私にとっては、そうじゃない! つき兄を置いていくことになるのは、いや!」
「サクラ……」
アカツキが困った様子で口ごもる。
ヒロフミに視線で助けを求めているが、眇めた目で跳ね返されていた。家族のことは家族で話し合えと視線で言われ、アカツキは「あー……」と言葉を探す。
「――俺は、確かに、家族よりこの世界を選んだのかもしれない」
「つき兄……」
恨めしげな目をするサクラに苦笑しながら、アカツキが何もない左手の薬指を触る。
「厳密に言うと、この世界というより、リアかな」
「っ……」
サクラが目を見開いてアカツキを凝視した。
その横で、ヒロフミが「そんなことだろうと思った」と肩をすくめる。ヒロフミはアカツキの考えを、前から察していたようだ。
「日本の家族の傍に『俺』はいる。それなら……この世界で創られた俺は、一人ぼっちのリアの傍にいてもいいんじゃないかなぁ、って、思っちゃったんだよ」
「……覚えて、いないのに?」
「うん。でも、心は理解してる。ここに俺の大切なものがあるんだって、感じるんだ」
真っ直ぐなアカツキの眼差しを受け止め、サクラは唇を震わせた。
「っ……そんなこと言われたら、私、反対できない……っ。ズルいよ、つき兄っ」
「悪いなぁ。兄って、ズルい生き物なんだ。桜より長生きしてるから」
「……ここでの年数を考えたら誤差でしょ。単純に、つき兄の性格が悪いんだよ」
「言ってくれるじゃん……」
しょんぼりと肩を落としたアカツキを見て、サクラがふはっと笑った。少し無理やりな感じもする笑みだったが、空気が緩んでいく。
「ほんと、ズルい。……でも、つき兄が日本でどれだけ落ち込んでたか知ってるから、余計に反対できない。さらに言うなら、つき兄、向こうでの仕事つらそうだったし」
「うっわ……まぁ、それも理由の一つだな。俺は、もう、社畜に、戻りたく、ない!」
強い声音で宣言して、おちゃらけた様子で拳を握るアカツキに、サクラがくすくすと笑う。目からこぼれ落ちる涙を指先で拭いながら、しばらく笑い続けていた。
そのサクラの背を、ヒロフミが黙ったまま撫で続ける。
サクラに手を伸ばしたアカツキは、そのままゆっくりと膝に下ろした。もうその役目は自分のものではないと言うように、ヒロフミと視線を交わしている。
「バカツキめ」
「それ、そろそろやめてくれない?」
「お前が馬鹿をやめたらいいんじゃね?」
「一生言い続ける気かよ」
「むしろ一生馬鹿を続ける気かよ。アルに迷惑かけんじゃねーぞ」
「できうる限りの努力はする」
キリッと表情を改めて宣言するアカツキを、ヒロフミが呆れた表情で睨んだ。すぐにアルに視線を向け、「本当にこいつの面倒を見る気なのか?」と正気を疑うように言ってくる。
アルは思わず笑ってしまいながら、「基本は放任でいきたいです」と答えた。半分冗談だが、もう半分は本気である。
アカツキが「えっ!? マジっすか?」と聞いてくるのは、笑顔で受け流した。
サクラが落ち着いたところで、淹れ直したお茶を楽しみながら、アルはふと伝え忘れたことを思い出した。
「あ、そういえば、アカツキさんをつれて、リアに会ってこようと思います」
「ブフッ!? ……ゲホッ、ゴホッ」
「うわっ、汚いよ、宏」
お茶を飲んだばかりだったヒロフミが、吹き出して咳き込んだ。心配して背中をさするサクラはともかく、アカツキはヒロフミに殴られてもいい気がする。
アルも、もう少し状況を選ぶべきだったかと反省した。
「えっと、大丈夫ですか?」
「アルの爆弾発言以外は大丈夫だ。――というか、本気で言ったのか? 暁をリアのところに連れて行く? アテナリヤを刺激して、面倒なことになる気しかしないぞ」
アカツキがこの世界に残ることを決めたと聞いた時より深刻そうな表情だった。これはヒロフミの想定外の話だったらしい。
「たぶん大丈夫です」
「……たぶん」
「ええ。おそらく、きっと」
曖昧な言葉を連ねて微笑むアルを、ヒロフミはしばらく凝視していたが、大きなため息と共に目を伏せた。
「アルがそう言うなら、大丈夫なのかもしれねぇな」
「宏も楽観的になったなぁ」
「年がら年中頭お花畑なお前に言われたくねぇぞ」
「誰がアッパラパーだって!?」
「そこまで言ってねぇよ、馬鹿」
ヒロフミとアカツキのやり取りに、サクラがクスクスと笑った。
アルも微笑ましく思いながら、くわっとあくびをするブランを撫でる。やはりブランを触っていると心が落ち着く。
「会うのは、ヒロフミさんたちを帰還させた後でもいいと思ってるんですけど――」
「いや、先にそっちだ。万が一、アテナリヤが拒否するようなら、暁を縛り付けてでも、俺たちと一緒に帰還させる」
「あれ? 俺の決意が一瞬で無にされた気がする……?」
パチパチと目を瞬かせるアカツキを横目に、アルは真剣な眼差しのヒロフミと見つめ合った。
「分かりました。それで行きましょう」
「おし。んじゃ、俺らはさっさと帰還できるよう準備しとくから、行ってこい。アカツキが面倒をかけて悪いな」
「いえ、お気になさらず」
「待って? なんで二人が意気投合してるんだ?」
首を右へ左へと傾けて不思議そうにしているアカツキを置いて、アルはさっさと行動を決めた。
アカツキの決意を支えたいと思っているのは本心だが、完全にアルの手に余るような事態になったら、アカツキをこの世界から追い出すことが最善の手段であることも理解しているのだ。
友人は大切だが、それはそれ。アルはこの世界の住人なのだから、世界を守ることを優先する必要がある。
それによって友人をつらい目に合わせないこともできるとなれば、いざという場面で躊躇うつもりはなかった。
「アカツキさん、行きますよー」
『のろのろするな』
「待って? 俺、全然納得できてないんですけど!?」
アカツキの文句を黙殺し、手を振るヒロフミとサクラに挨拶してから、アルは再びアテナリヤの元へ向かった。
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