第531話 再びの対話
アテナリヤに会うまでの出来事は、特出すべきものはなかった。一度攻略した場所をもう一度進むようなものだ。
今回はアテナリヤが眠っていないのに加え、ブランの願いを叶えるという目的があったからか、あっさりと面会ができた。
アカツキは最後の試練を突破していないはずだが、と思ったアルに答えるように、現れたアテナリヤはアカツキを静かに指さして口を開く。
『長き牢獄での試練を耐え抜いた者に、願いの権利が生まれた』
「え、待って、あれって試練扱いだったんですか?」
アテナリヤを見て、何か腑に落ちないと言いたげな表情をしていたアカツキが、パチパチと目を瞬かせながら驚きの声を上げる。
アルも正直このアテナリヤの発言は予想外だった。
永遠の牢獄で過ごすことは、アカツキに課された罰、あるいはイービルからの干渉を防ぐ手段だろうと思っていたのだが、それだけではなかったらしい。
『ほーん、では我の願いの権利は使わんのか』
『ここにその者をつれてくることで使われた』
「それって、ブランは承諾してないですよね……?」
思わずツッコミを入れる。ブランも『別に他の願いがあるわけではないが、勝手に使われるのは、それはそれで微妙な気分だ』と不満をこぼした。
アテナリヤはアルたちの様子を観察した後に、小さく首を傾げる。
『では、やり直すか?』
『そこまでせんでいい』
不意に空間が歪むような感覚がしたが、ブランの不機嫌そうな声で止まり、元通りになった。
「今、時間を戻そうとしてましたよね」
「え、マジっすか? そんなことできるとか、マジ神!」
『創世神だからな』
アカツキの馬鹿っぽい感想に、ブランが冷ややかな眼差しで返す。
神に『マジ神』とは、さすがアカツキらしい感想だと、アルは苦笑してしまった。
「ちなみに、ブランに代償はないんですよね?」
『ない』
勝手に叶えられていた願いで代償を求められたら困ると思ったが、アテナリヤはそこまでひどい考えはしていなかったようだ。少しホッとする。
「じゃあ、アカツキさんは自分の願いの権利を使って、リアさんに会いましょう」
ヒロフミとサクラが心配しながら待っているだろうと、アルはさっさと話を進めることにした。
途端に、アカツキが表情を改めて、アテナリヤに向かい合う。
アテナリヤはアルの言葉でアカツキの願いを察しているだろうに、表情一つ変えず沈黙のまま見つめ返した。
「俺の願いは『リアと会って話をすること』です。代償はどうなりますか?」
必ず代償を確かめろ、というのはアルがブランに注意していたことだ。それを聞いていたアカツキも、咄嗟の状況ながらきちんと対応している。
『リア……なるほど、あれに会いたいと望むのか……』
僅かにアテナリヤの表情が崩れた気がした。
瞬きほどの間に消えたその変化を、アルは思い返して確かめながら、アテナリヤの態度をじっと観察する。
万が一にでもアカツキに危害を加えられる気配がしたら、すぐさまここから脱出して、ヒロフミたちと共に日本に送り返す予定だ。
『――代償は……再び牢獄に繋がれる、ということにしようか』
「っ、それは、違うものになりませんか?」
アルは思わず口を挟んでいた。
永遠の牢獄から解放されて、アカツキがどれほど喜んでいたかをアルは知っている。再びそこに閉じ込められるのは、あまりに哀れだと思った。
『違うもの……』
アテナリヤの視線を受けて、アカツキが悩ましげに唸っている。「それもありか……? いや、でも、アルさんたちとお出かけできないのは、ちょっと……」という呟きが聞こえてきた。
どうなることかと固唾をのんで見守っていると、ふとアテナリヤが視線を動かした。アルたちの背後を透かし見るように、僅かに目を細め、不満そうな雰囲気が漂う。
振り返ってみても、そこには闇が広がっているだけだった。
『――愚かな。やはり人の思いとは、制御がきかず、邪魔なものだ』
「でも、俺はそれを大切にするべきだと思ってます」
アカツキがそう言った後、「あ、やばっ、咄嗟に言っちゃった……!」と慌て始める。
アルはその様子を横目で確認しながら、アテナリヤを注視した。どこか虚をつかれた雰囲気で、反発したアカツキに怒ったようには見えない。
少し考えてから、アルはアカツキを援護することにした。
「僕も、あまり人と付き合うのは好みませんし、感情が邪魔だと思うことはありますけど、捨てるべきだとは思いません」
アテナリヤがアルを見つめる。
挑むように見つめ返しながら、アルはにこりと微笑んだ。
「――その感情によって、強くなれることもあります。あなたも、あまり遠ざけず、受け入れてみてはどうですか?」
かつて感情を捨て去り、事務的に世界を見守ることを始めたアテナリヤの行動が間違っているとは思わない。感情はアテナリヤを傷つけ、そのせいで世界を守ろうとする意思が揺らいでいたのだから、アルはその行動に感謝するべきだと思っている。
だが、そのせいで捨てられた感情が、リアという人の形で、アテナリヤの片隅で泣いているのなら、それを癒やすことがアテナリヤのためにもなると思うのだ。アカツキなら、それができるとも思う。
どこかで涙がこぼれ落ちる音がする気がして、アルは目を細めて、アテナリヤに決断を迫った。
『………………しようがないやつだ』
アテナリヤはアルからその背後へと視線を移し、ぽつりと呟いた。感情を捨て去ったわりには、愛情が滲んだ声な気がする。
そこで、アルはなんとなく気づいた。創世神としての精神性が強いアテナリヤにとって、人間性の強いリアは、他の生き物同様に守るべき対象なのだ、と。それが自身から取り除いたものであっても。
つまり、この場でリアと出会えた――アテナリヤの最も近しいところに、捨て去ったはずの感情の塊とも言える存在がいた――ということは、アテナリヤがリアを守り続けてきたという意味に等しい。
おそらく、リアが外に干渉して、アルたちをここに導いたことも知っていて、見逃していた。
アテナリヤは――創世神というものは、なんとも理解しがたい複雑な思考をする存在である。
アルは呆れるような気分で、そっとため息をついた。
『代償の変更を受け入れよう。そうだな……ここに残されたあれを連れ去り、奪われぬよう死守しろ。それが叶わない場合は共に消滅せよ。この定めを代償とする』
「は……?」
アカツキが何を言われたか分からないと言いたげに、吐息混じりの声を漏らす。
アルは代償の内容を吟味しながらアテナリヤを見つめた。
不意にアテナリヤに見つめ返される。そして、何かを差し出すように手が伸ばされた。
『お前に与えよう』
それは黒い宝石のように見えた。
受け取る前にその正体を神眼で確認する。
〈『無石』です。創世神の力によって創られた剣と組み合わせることで、神の一部であっても消滅させることができます〉
神の一部。それはおそらくリアを指している。
剣とは、サクラがかつて同郷の者に対して使ったもの。つまり、アカツキにも効果がある。
「……これを、僕があなたに使う可能性を考えていないのですか?」
神殺しとも言える剣を与えようとする真意を探るように、アルはアテナリヤを凝視した。
『消滅させられるのは、一部だけだ。使われたところで、多少眠るだけ』
それは困る、とアルは真っ先に思った。
アテナリヤが眠っている間に、イービルが暴れまわったら、その対処に動かなければならなくなるのはアルだ。そんな面倒くさいことはしたくない。
「……分かりました。僕がその役目を担いましょう」
役目の詳細は言葉にしなかった。ブランが僅かに咎めるような視線を向けてきていることには気付いたが、軽く肩をすくめて見せれば、ため息とともに許してもらえたので良しとする。
「え、待って、つまり、俺がリアをここから連れ出して、守るってこと? もしイービルに奪われそうになったら、アルさんに俺諸共に消してもらえって? 俺は全然構わないけど、それ、アルさんに負担が掛かりすぎじゃっ――」
「別にいいですよ。イービルに奪われなければいいだけですし。それは、アテナリヤも手伝ってくれるんでしょう?」
アテナリヤに視線を向けると、小さく頷かれる。
『世界の安定を保つのが役目。それらを奪われるのは、あってはならないこと』
「なら、きっと大丈夫です」
確約を得て、アルはにこりと笑う。
アルの宣言に、アカツキが「やっぱりアルさん、楽観的になりすぎかも……」と疲れたように呟いた。
ブランまでアカツキに同意するように頷いたので、少しショックである。
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