第528話 彼らの話
アルはテーブルに近づいてきた三人を迎えながら、微笑みかける。
「改めて、おかえりなさい」
「ただいまー。外の世界がだいぶ変わっててびっくりしちゃった」
「こっちでどんだけ時間が経ってたか分からんが、待たせたな」
二人の言葉に頷きつつ、アルは外に意識を向ける。二人の他にここに来た者はいないようだ。
「……悪魔族の方は、ご一緒ではなかったんですね?」
尋ねてみると、ヒロフミが僅かに眉を顰めながら、肩をすくめる。
「俺たちに賛同したふりをしてるヤツがいないとも限らないからな。今後ここの管理をするのはアルなんだし、あまり場所の情報を知られるわけにはいかないだろ。情報がイービルにバレたらまずい」
ヒロフミの言葉に納得する。
もともと悪魔族は異次元回廊を探っている様子があったのだ。必要がないならば、情報は広げるべきではない。
「では、皆さんはどこかでお待ちなんですか? というか、全員説得できたんですか?」
「……まぁな」
アルの問いに、ヒロフミとサクラが謎めいた視線を交わす。
それが気になって口を開こうとしたアルを遮るように、ヒロフミがロールケーキを指さした。
「――これ、なんだ?」
『我の優美で高貴な姿を模ったロールケーキだ!』
「すごい! 確かにブランそっくりだね!」
サクラが感嘆の声を上げる。その声に笑いが滲んでいるのはしかたない。
ブランが胸を張って自慢しているのを、アルは微笑ましく眺めながら、再び包丁を構えた。
「ちょうどお茶の時間ですし、サクラさんたちも一緒に食べましょう」
『本当に切るのか!?』
ハッとした様子で飛びついてくるブランに、アルは笑いを噛み殺す。
「切らないと、食べれないでしょ」
『だが、我だぞ!?』
「うん。でも、ケーキだからね?」
説得するアルと、珍しくケーキを食べるのに消極的なブランを、ヒロフミがニヤニヤと眺めた後、不意に指先を揺らした。
「俺たち、腹ペコだったんだ。ケーキを食えるのは嬉しいし、俺が切ってやるよ」
『なに――ああっ!?』
ヒロフミが呪いを使ったのか、ケーキはあっさりと五人分にカットされていた。
ブランがしょんぼりと尻尾と耳を垂らす。なんとも可哀想になる様子だった。
「また作ってあげるから」
アルはブランを宥めながら、カットされたケーキを取り分けた。飲み物は紅茶でいいだろう。落ち込んでいるブランには、おまけでクッキーをケーキに添えてあげることにした。
「いっただきま~す!」
アカツキがもぐもぐとケーキを食べて、幸せそうに頬を緩める。
ブランもクッキーとケーキを食べて機嫌を回復させていたので、アルは安心した。
『……うむ、相変わらず、アルが作ったケーキは最高だ!』
「クリーム多めだが、甘さ控えめで美味いな」
「アルさんのスイーツ久々ー」
ヒロフミとサクラがケーキを食べるのが落ち着いたところで、アルは話題を再開する。
「それで、説得に応じた方は何人ですか?」
「あー……全部で十四人だな」
「想定していたより少ないです」
パチリと目を瞬かせたアルに、ヒロフミが目を伏せる。その横で、サクラも少し沈んだ表情だ。
「今活動してるのは、そんだけしかいなかったんだ」
「え、でも、体質的に、亡くなるのは難しいのでは?」
「うーん……あの剣で生きるのをやめることにした人たちがいたように、彼らも自ら活動をやめた人がいたの」
アルは『剣』『自ら』という言葉に大きく目を見開く。
同時に、脳裏に魔力や命自体を動力として働く魔道具の存在が浮かんだ。大量の魔力を使うことで、一定範囲の魔力を壊し、無にできる兵器ともいえるもの。
「……もしかして、自分たちが開発した兵器に?」
考えたことを暗に伝えると、ヒロフミが苦々しい表情で頷く。
「争いが長引いてるのは、あいつらやイービルにとっても想定外だったんだろうな」
「彼らは長く生きることに嫌気がさしていたっていうのも大きいと思う。恨みだって、永遠に続けられるわけじゃない。それより無になる方が楽だと考える人だっている」
ヒロフミに続けて、サクラが呟く。
アルは悪魔族たちのことを考え、目を伏せた。彼らが真に命がある存在ではないとしても、少し悲しい気がする。
もう少し早く、アルが帰還法を見つけられていれば良かったのだが――。
「アルが責任を負う必要はないぞ」
ヒロフミがアルの思考を遮るようにはっきりと言う。サクラも微笑んで頷いていた。
「そうよ。彼らは彼らなりに生きて、自分たちの終わりを決めたの。……私たちの存在のあり方を帰還の誘いのときに伝えたら、みんな拍子抜けした表情だった。もっと早く消えておけば良かったなんて言う人もいたけど……でも、私たちのオリジナルは変わらず日本で生きていると知ったら、安心していたよ」
「イービルの洗脳も、跡形もなく解いてやったから、みんなさっさと帰りたいって感じだったな。もう終わりにしたいんだと。この世界への恨みなんか残ってないように見えた」
サクラとヒロフミの話に、アカツキが目を伏せながら頷いている。
アルはゆっくりと心が落ち着いていくのを感じた。自分は全能者ではない。不可能なことはたくさんあるのだから、どうしようもないことを悔やんでもしかたないのだ。
「そうですか……。――あ、それなら、兵器はどうなったんですか? 悪魔族を燃料にしたなら、また世界のどこかが消失してる可能性もありますよね」
「それは問題ない。俺たちの体は兵器との相性が悪いようで、発動するにはまだ魔力が必要らしいからな。イービルはそれを俺たちで補おうとしてたようだが」
皮肉そうに呟くヒロフミを凝視する。
「ヒロフミさんたちを追っていたのって、それも理由なんですか?」
「そうだろうな。さすがに数が減りすぎて、これ以上自分の陣営のやつを使うわけにはいかなかったんだろ」
「でも、燃料候補にされてたって知ってるから、彼らが私たちの説得に応じてくれた感じもあるのよね。燃料で消えるより、断然帰還させてもらう方がいい、って」
サクラが肩をすくめる。
どうやらイービルのやり方に、悪魔族の中でも反感が募っていたようだ。それをイービルは洗脳で抑え込んでいたのだろうが、サクラたちの接触により彼らは解放され、帰還を望んだ。
「それなら、問題なく帰還してもらえそうですね」
アルはホッと安心して微笑んだ。
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