第527話 真っ白ケーキ

 アカツキがリアに会いに行くのは、ヒロフミやサクラにきちんと決断を告げてからにすると決まった。


 アルは、リアがアカツキに「ニホンへ帰るべき」と言う可能性を考えて、先に会いに行った方が良いのではと思ったのだが、アカツキに断られたのだ。「リアが望まなかったとしても、俺の心は決まってますから」と。


 そんなことを言われて、アルがアカツキの意志を阻むことはできない。

 だから、今はヒロフミたちの無事の帰還を待つ状態である。


『……それで連絡して、ヒロフミたちにアカツキの考えを伝えておけばいいのではないか?』


 ブランが連絡用の魔道具を鼻先で示して、首を傾げる。

 アルはお菓子作りの手を止めて、ブランと一緒に連絡用魔道具を見つめているアカツキに視線を移した。


「それも考えたんだけど……こういうのは、ちゃんと面と向かって話すべきかなって思ってさ」

『どう話そうと変わらん気がするが』

「変わるんだよー。そういうの、人間にとっては大切!」

『ほーん』


 最終的に関心を失った様子のブランに、アカツキはちょっと拗ねていた。

 アルはその光景を眺め、くすりと笑う。思いがけずアカツキと過ごす時間は長くなりそうだが、ブランとアカツキの関係はずっとこのまま続くのだろうと思うと、微笑ましくなったのだ。


「……もしかしたら、僕がいなくなった後も……」


 ポツリと呟くと、ブランが『なんか言ったか?』と顔を上げる。

 アルは「ううん。ケーキが美味しくできてるかなって言っただけ」と首を振って返した。


 この三人の中で、寿命があるのはアルだけだ。人間の枠を超えて長生きになると考えられているとはいえ、その時間は永遠ではないのだから。


 アルがいなくなった後、ブランたちはどうなるだろう。


 ブランは、アルに出会う前は任されていた森を管理しながら、ほとんどの時間を寝て過ごしていたと言っていた。

 アルがいなくなれば、同じような過ごし方をするつもりだっただろう。


 そこにアカツキが加わる可能性を考えると、アルは少し寂しいような、ホッと安心するような、不思議な気分になる。


 ブランはそれなりにアカツキを気に入っているようだから、アカツキがこの世界に居続ける限り、様子を見るくらいはするだろう。アルがいるときほど頻繁ではなくとも、優しいからアカツキを見捨てることはしないはずだ。

 そしてそれは、ブランの孤独を癒やしてくれることにもなる。


 遠い先の未来であっても、大切な相棒が穏やかな気分で日々を過ごせるのなら、アルにとっても幸せだと思えた。


「――よしっと」

『完成したか!?』

「うん、見て」


 ロールケーキへのデコレーションが終わったので、待ちかねた様子のブランのところへ持っていく。


『真っ白だ! それに、これ、耳と尻尾か? 目や鼻もあるぞ』

「ブランをイメージしてみたよ」

『ほう、どおりで高貴な雰囲気があるのだな!』


 胸を張っているブランに、アルはクスクスと笑った。ブランは相変わらず自分が大好きなようで、もはや『ブランはそうでないとね』と思ってしまう。


「……高貴……? 待って、俺の記憶が間違ってないなら、それは『身分が高そうな気品がある様子』のことじゃなかったっけ?」

『珍しく間違ってないぞ』

「いや、それなら、これを高貴と表現するのはおかしいって!」


 アカツキがロールケーキをビシッと指さして叫ぶ。


 たっぷりとホイップクリームを使って造形したロールケーキは、寝そべった聖魔狐を模している。目は干しブドウ、鼻はチョコレートで作った。


 ホイップクリームを使いすぎて、少しお腹が膨らみすぎたので、満腹状態でご満悦そうに倒れているようにも見えなくない。確かに高貴とは程遠い感じだ。


「表現方法は人それぞれですよ」

「アルさんはブランに甘い! 甘すぎる!」


 今度はアルの方に文句が飛んできた。悩み事から解放されてここ数日のアカツキは元気いっぱいだ。

 アルは肩をすくめて、包丁を構える。


「そうですかねぇ。まぁ、それはともかく、ちょうどおやつの時間ですし、早速食べましょう」

『っ、待て! アル、どこを切るつもりだ!?』

「え、三人で分けるなら、この首のところかな」

『首を切るだと!?』


 ぎょっとした様子のブランが、包丁とロールケーキの間に体を滑り込ませた。


「え、食べないの? 言っておくけど、独り占めはダメだよ」

『そういう問題ではない!』

「ぶわっ、はっはっはー!」


 アカツキが吹き出すように笑っている。普段は誰よりも早く食べようとするブランが、ケーキを守ろうとする姿が面白かったようだ。

 アルも奥歯を噛んで笑いの衝動をこらえた。


 ケーキを守ろうとするブランと、アルが攻防を繰り広げていたところで、知識の塔の扉が開く。


「随分と楽しそうだね?」

「おい、こら、バカツキ。俺らが苦労してる間に、何楽しんでんだよ」


 サクラとヒロフミが立っていた。

 笑っているサクラと違い、ヒロフミはジトッとした眼差しでアカツキを見据えている。


「おかえりなさい、サクラさん、ヒロフミさん」

「おっかえりー! 無事で良かった!」


 アルが驚きながらも挨拶していると、アカツキが勢いよく二人に駆け寄って抱きついた。

 倒れそうになったサクラをヒロフミが支えながら、アカツキの頭をバシッと叩いている。


「落ち着け!」

「だって、嬉しかったんだもん」

「おっさんが『もん』とか言ってんじゃねぇよ」

「まだおっさんじゃないぃ!」

「はっ、ここで過ごした年数を考えたら、おっさんどころか爺さんでもいいくらいだぞ」

「グサッ……。それ、宏たちにもブーメランじゃない?」

「私は含めないでね」


 幼馴染みと妹のやり取りは、サクラの圧力を感じる笑みで一旦幕を閉じた。こういう時の女性は強い。


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