第510話 ありがたい助力
「これの意識を変えさせようと思っても徒労になるだけだよ」
額を押さえるアルに、マルクトが苛立ちを込めた声で忠告してくる。
「……経験からの教訓ですか?」
「そうかもしれないね。精霊の多くは怠け者なんだ。神が――創造主が決めたことならば、自らの命を投じることに疑問を持たない」
「マルクトさんはそうではない?」
アルの問いにマルクトが肩をすくめる。
「できる限りそうありたいと思っているよ。怠け者の仲間入りをするなんて虫唾が走る」
「……マルクトさんがそういう方で嬉しいですよ」
ホッと安堵してアルは微笑んだ。
こうして親しく話をしている親戚に近しい者たちが、アルのために命を捨てるなんて考えたくもない。その思いを分かってくれるのが、この場ではマルクトとブランだけだとしても。
「なぜだかとても責められている気がする」
「それは気のせいではないですよ」
首を傾げるフォリオに、アルは笑みを作って答えた。そして続けて「僕はフォリオさんの魔力を借りないと決めました」と告げる。
「何故だ?」
「僕がフォリオさんを殺したいと思っているとでも?」
「それが定めならば、アルが思い悩む必要はない」
「……必要か否かで気持ちが変わるわけではありません」
アルはフォリオとの会話に疲労感を覚えた。
フォリオは自らの役目を『魔力源』だと思っている。その役目をこなした後に、自分が無になることなんて気にしていないのだ。それが神――創造主が決めたことなのだから、と。
それが精霊として標準的な考え方なのだとしても、アルは受け入れられない。だが、マルクトが言うように、フォリオの考えを変えさせることは非常に難しいと悟った。
「アル。俺は君に重荷を背負わせる気はないよ。魔力が足りなくなれば、この怠け者を頼る前に、俺の空間に保持する魔力を使うといい」
精霊なのにアルの思いをよく理解してくれるマルクトに、大きな感謝の念を抱くと同時に、小さな疑問が生まれた。
「マルクトさんが貯めている魔力は、世界の保全のために使うものでは?」
「そうだけど、使ってはいけないものでもない。――こういう時のために、必要分より多く用意していたと言ってもいいからね」
マルクトの答えに、アルは「あぁ……」と頷いた。
おそらく、マルクトはいつかフォリオが魔力源として己の命を捧げようとする未来が来ると分かっていたのだ。そして、それを回避するために、余剰の魔力を貯めていた。
「……実は、フォリオさんのこと好きなんですか?」
「怠け者に頼らなければならないことが、何よりも気に食わないだけだよ」
そんなことを言うマルクトが、誰よりもフォリオの命を尊んでいることに気づけば、アルはつい微笑んでしまう。日頃冷たい態度を取るくらい可愛いものだと、フォリオは受け入れるべきだ。
「そうですか。マルクトさんに障りがないのでしたら、魔力が足りない時に助力をお願いします」
「うん。そのために俺はアルに会いに来たわけでもあるし」
「え?」
首を傾げたアルに、マルクトが片手に乗るほどの大きさの宝玉を渡す。透明な宝玉の中には大量の魔力が込められている気配があった。アテナリヤのところで見た、転移魔法陣を形作る魔石と似ている。
「これは俺の空間の魔力に繋がる石だよ。魔石と同様に使える。アルの目的のために精霊木を使い、それでも足りなかった時はこれを使うといい」
「精霊木より優先的に、というわけではないんですね?」
ありがたく受け取りながら、アルは何気なく尋ねてみた。
フォリオの存在と同様に、精霊木も魔力を使い果たせば消えてしまいかねない。それを受け入れるのか、と暗に問いかけたのだ。
「精霊木に精霊はすでに正しい死を向かえた者たちで、あれはすでに魔力の塊にすぎない。魔物の魔石と一緒だよ。それを使うことはなんとも思わない。むしろ、魔力の循環のためには、早々に使うべきだろうね」
肩をすくめながらそう言うマルクトの表情に嘘はなさそうだ。ならばアルは気にせず精霊木を使えばいいのだろう。
「そういうものですか」
「うん。あまりに魔力がとどまりすぎると、穢れを呼ぶかもしれないからね。おそらく来たるべき時にアルが使えるよう、ずっと残されていたんだろうけど」
マルクトの言葉はある示唆を含んでいた。
「……それをさせたのは、アテナリヤですか? それとも先読みの乙女?」
慎重に問いかける。だが、マルクトは「さぁね」と呟き、目を眇めて残念そうに首を横に振った。
「俺はそれを知る立場にないから。いつの間にか精霊木を残す決まりができていただけ」
「なるほど。まぁ、どちらにしても変わりはないでしょうしね」
アテナリヤも先読みの乙女も、世界を守るために動く存在だ。そこに人らしい感情があるかどうかの違いしかない。
「……結局、私は役目をこなせないことになりそうだな」
「一生それでいいと思います」
良くも悪くも大きな感情を示さずに言ったフォリオに、アルは半眼になりつつ答えた。マルクトと同じように冷たい態度を取ってしまいそうだ。
「ふぅ……。アルの用は精霊木のことだけかな?」
「そうですね」
「ならば、早く帰ってあげるといい。きっと心配して待っているだろう」
マルクトが穏やかな眼差しで促してくる。
アルはアカツキたちの姿を脳裏に浮かべ、微笑んで頷いた。
「……そうします。ブランも落ち着いて食事がしたいでしょうし」
『うむ。甘いものもいいが、そろそろアルが作った飯を食いたいぞ』
いつの間にやら、アルたちの分のお菓子まで食べ尽くしていたブランが、ゆるりと尻尾を振って答えた。
「きっとサクラさんも張り切って作ってくれるよ」
『あの娘が作る飯も旨いから、それも楽しみだな』
じゅるり、とよだれをすするブランは、もうご馳走を食べる気満々だ。食事の前にするべき色々なことを忘れているようにしか見えない。
アルは呆れつつも、それでこそブランという気もしたため、苦笑してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます