第509話 精霊の考え
妖精たちの勧めにより、アルたちは木陰でお茶を飲みながら話すことになった。
その際、アルがテーブルや椅子などを用意しようとしたが、妖精に断られてしまった。代わりに動いたのはフォリオだ。
「私は細かい作業が得意ではないんだがな」
そんなことを言いつつも、フォリオが指を一振りすると、地面から大きな双葉が生えた。それより小さな双葉も三つ。まるでテーブルと椅子のようだ。
――まるで、ではなく、フォリオにとってはテーブルと椅子そのもののつもりなのだろう。
ドラグーン大公国近くで暮らしていた時よりも、少々原始的な雰囲気なのは否めない。だが、空想の物語に出てくる精霊の魔法に似ていて、アルはなんだか楽しくなった。
「へぇ、意外と座り心地がいいんですね。テーブルは……物を置くのに相応しいとは思えませんが」
双葉の椅子に座ると、僅かに沈む感覚があっておもしろい。双葉のテーブルは傾斜があって、使いにくそうだ。テーブルと椅子だけを見ていると、自分が小さくなったような錯覚があって興味深い。
『これはテーブルではないだろう』
アルが座る双葉の片側に飛び乗ったブランが、呆れた顔で呟く。ブランが乗ったことで少し椅子が揺らめいた。
「手抜きだな。これだから嫌なんだ、こいつ。精霊の名折れだろう」
マルクトが顔を顰めた後にため息をつく。そして、双葉のテーブルに手を翳したかと思うと、ふわっと魔力を放った。
途端に、双葉の形が変わり、瞬く間に緑色のテーブルになった。触り心地は葉っぱのようだが、アルが見慣れた形だ。
「さすがマルクトさん」
アルが褒めると、マルクトはなんでもない様子で肩をすくめた。
魔法を扱う能力は精霊一とも言われるマルクトにとって、これくらいのことは褒められるほどのことではないのだろう。物質そのものを変えるなんて、どうやってすればいいのか、アルには分からないのだが。創造能力と近しいと思う。
『相変わらずフォリオには毒舌だな』
「あぁ、そういえば……お二人が一緒にいるなんて、珍しいですね」
ブランの言葉を聞いて、アルは魔法への探究心から意識を逸らした。
マルクトとフォリオが同じ場所にいるのを見たのは二度目だ。一度目は、フォリオがアルたちをマルクトのところに送り届けてくれた時だった。その時も、マルクトはフォリオに冷たい言葉を掛けていたはずだ。
「俺はアルがこの森に来た気配を感じて出てきたんだよ。渡すものがあってね」
「そこでばったりと出会ったわけだな。久しぶりに会えて嬉しいぞ」
「俺は全く嬉しくないけどね。アルと話す場に、お前は余計だ」
「……そうか」
マルクトに冷たい目で睨まれて、フォリオは少ししょんぼりと肩を下げた。
アルはそんな二人を交互に眺めてから、ブランと視線を合わせて肩をすくめる。
この二人の関係を和ませたいと思っても、正直どこから手を出していいか分からない。そもそもマルクトがフォリオを嫌う理由も把握できていないのだから。
妖精たちが花の香りがするお茶を淹れてくれた。以前よりも人間に近い食生活をするようになっているらしい。
アルがお茶に合わせて焼き菓子を取り出すと、ブランが一目散に食いついた。そうなることは予想できていたから、追加でお菓子を並べる。
「まずはアルの用を聞こうかな」
マルクトはフォリオを無視することにしたようで、アルに親しみを込めた眼差しを向け首を傾げた。
「この森の奥に、亡くなった精霊たちの木がありますよね」
「うん、そうだね。アルはそこからここに来た」
「はい。その前は、アテナリヤのところに行っていました」
「……そう。望んだ成果は得られたようだね」
アルの顔を眺めたマルクトが、僅かに目を細める。アルは微笑んで頷いた。
「ええ。その成果を元に、異世界に干渉する術を実行するために、莫大な量の魔力が必要だと考えていたのですが」
「ああ、それを精霊木で賄おう、ということかな」
精霊木というのは、大量の魔力を保持した状態の亡くなった精霊たちの木のことだろう。
アルは頷きを応えにした。
「ほう……それで足りるのか?」
言ったのはフォリオだ。マルクトが横目でジロッと睨む。口を挟むな、と言いたげだ。
「魔力の量ですか? それは試してみないことにはなんとも。おそらく足りるとは思いますが」
異世界に干渉する術は理解していても、使ったことはない。だから、確かなことは言えないが、アルは問題ないだろうと判断している。足りなければ、時間を置いて再度試みればいいだけだ。その際は自分の魔力だけしか使えないだろうが。
「足りない時は私の魔力も使うといい。そのための私だ」
「フォリオ!」
マルクトが名前を呼んで咎めた。厳しい眼差しでフォリオを睨んでいる。
その声のあまりの冷たさに驚いて、アルはフォリオの申し出に返事をすることができなかった。
「――お前はそれだから怠け者なんだよ。魔力を他者に差し出すことが何を意味しているか分かっているだろう」
「だが、私がそのために生まれたことは事実だ」
不思議そうに目を瞬かせるフォリオを、マルクトが苦々しい表情で見据えた。
「……それはそうかもしれないが」
「私は定めに従う。精霊なのだから、当然だろうに」
マルクトが嫌なものを見たように顔を歪めた。そしてプイッと視線を逸らす。
『これはどういうことなのだ?』
「さあ? 僕が聞いていいと思う?」
『我が知るわけあるまい』
ブランと小声でやり取りしてみる。精霊の事情に深く踏み入ることになりそうでアルが躊躇っていると、フォリオが「そう大したことではないが――」と呟く。フォリオにやり取りが聞こえていたらしい。
「私は精霊の魔力庫だ。非常事態が起きた際に、魔法を放つための魔力源。そのために生まれて、今ここにいる」
「……確かに、フォリオさんはすごい量の魔力を持っているようですけど」
フォリオが言ったことだけなら、マルクトが嫌がることではない気がする。アルが小さく首を傾げると、フォリオはふっと小さく微笑んだ。
「精霊は魔力が底をつくと器が壊れてしまうからな。従兄弟殿が気にしているのはそれだろう」
アルは眉を寄せた。なんだか嫌な予感がする。
「……器が壊れると、精霊は正しい死を向かえられない。無になるんだ」
告げたのはマルクトだった。アルは息を呑んで、フォリオを凝視する。
「つまり……僕に魔力を渡した場合、フォリオさんがそうなる可能性があるんですか……?」
「そうだな。だが、それもまた私の定めなのだろう」
あまりにも当然のように頷かれて、アルは頭痛がしてくる気がした。マルクトがフォリオに苛立つ気持ちが分かった。
そう簡単に命を捨てるような真似をするな、ということだろう。マルクトに言わせれば、フォリオは自分の命に頓着しない怠け者なのだ。
「……これは、フォリオさんが悪い気がする」
「なぜだ?」
本気で不思議そうなフォリオを、アルはジトッと睨んだ。
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