第508話 望んだ再会

 巨木の形をした魔石近くに転移の印を設置した。それが支障なく働くことを確かめた後、転移の魔法陣がある場所に戻る。

 巨大な魔石以外に、アルたちが見るべきものはもうないと思ったのだ。


『これからどうするのだ?』

「まずはマルクトさん――いや、フォリオさんを探そうかな。トラルースさん経由でもいいんだけど。というか、話すのはトラルースさんでもいいのか」


 死した精霊の木を利用することに関して、誰に相談するべきか迷う。

 フォリオはいまいち頼りにならない性格だが、精霊の王と近しい立場だから、相談相手として妥当ではある。

 マルクトは基本的に自分の空間に引きこもっているから、会うことが難しい可能性が高い。

 一番会いやすくて、性格的にもしっかりしているのはトラルースだ。


『トラルースと話すならば、転移で向かうか?』

「……一応、このままフォリオさんたちのところへ向かえないか、試してみてから決めようかな」


 先ほどまで風の抵抗にあって進めなかった方へ足を向けた。

 草の生えた地面を踏み、一歩ずつ慎重に進む。


『……風が来ないな』

「地面も普通だよ。歩ける」


 ブランと顔を見合わせた。

 風や不思議な力で行く手を阻まれていたのは、アルたちに巨大な魔石の存在に気づかせるためだったのだろう。


 なんの支障もないのならば、このまま歩いてフォリオに会いに行こうと決めた。

 ここまで、異質な空間に閉じ込められていたような状態だったから、森の中の開放感を求めたくなったのだ。特に、精霊の森はアルにとって非常に居心地の良い場所だから、散策したくなってもしかたないだろう。


 そんなアルの気持ちを察したのか、ブランは文句を言うことなく、緩やかに尻尾を揺らしてくつろいでいた。


「そろそろ自分で歩いても良くない?」

『我は昼寝をしたい』

「……確かに、日差しは昼寝にちょうど良さそうだけど」


 木々の合間から見える空の明るさに目を向けて、アルは肩をすくめた。

 アテナリヤのいる場所に向かったのは朝だった。今が何日後の昼なのか、あまり考えたくない。


 異次元回廊の外にいる時点で、アカツキたちと時差が生じているのは確定的だ。とんでもなく長期に渡って心配を駆けている可能性がある。

 それは申し訳ないので、旅立った翌日あたりに戻れたら良いのだが。時差についてはアルが調整できないのが悔しい。


『ん? 空気が精霊の森らしくなってきたな』

「馴染みがある感じだね」


 生き生きとした活力を感じる木々が増えてきた。

 不意に光が眼前を横切っていく。それはアルの視界から消える前に急停止して、勢いよく目の前に迫ってきた。


『あらぁ! アルだわ』

「こんにちは、妖精さん」

『元気そうで良かったわ。ここに来ているなんて知らなかったけれど――』


 元気いっぱいの妖精は、おそらくフォリオの傍で見た者だ。精霊の個体の判別は難しいのだが、何度か接しているから気づけた。

 その妖精が、アルがやって来た方を見て固まったので、苦笑してしまう。


「向こう側って、やっぱり精霊たちの墓地のような場所ですか?」

『……ええ、そうね。どうしてアルはそこに入れたの? あの場所は厳重に封じてあるはずなのだけれど』


 警戒するような眼差しを感じて、アルはきょとんと瞬きをした。


「封じて? 何のためにですか?」

『アルはそこにあるものを見たのでしょう? この世界には、間違った方法で利用しようとする悪い者たちがいるのよ』

「……あぁ、イービルとか」


 妖精に言われて、その危険性に気づいた。

 イービルに精霊の魔力を利用されたら、世界に尋常ではない被害が生じるだろう。イービルの下で動いている悪魔族たちであっても、それは同じだ。世界を破壊するための兵器の動力として、あの莫大な量の魔力ほど相応しいものはない。


 そう考えると、封じているのは当然だ。精霊の義務と言ってもいい。


『アルが悪いことをするとは考えないけれど、どうやって入ったかは気になるわ。封印し直した方がいいかしら?』

「僕はアテナリヤがいるところから、転移魔法陣を使って来たんです。その仕組みは、精霊たちも承知しているのでは?」


 精霊の森内に転移魔法陣が用意されていたのだから、当然、精霊たちはそれを使って入れることを知っているだろう。

 アルがそう言うと、妖精がホッと安堵した様子で何度か頷いた。


『ええ、ええ。そうよ。それなら問題ないわ。あらかじめ用意されていた方法だもの。誰が使うためのものなのかは知らなかったけれど、アルのためだったのね』


 その言葉を聞いて、アルは口を噤んだ。

 やはり、と思う。アルがあの魔石を見つけることは、アテナリヤや精霊の王が望んだことだったのだろう。


 ということは、使うことも問題ないということか。

 フォリオたちに相談するつもりなのは変わらないが、少し気が楽になった感じがした。


「そのようですね。――そこにあったものに関して、フォリオさんやマルクトさんたちに話したいことがあるのですが、案内をお願いしてもいいですか?」

『もちろんよ。あなたは彼らにとって大切な存在だもの。マルクトもちょうど外に出てきているのよ。もしかすると、あなたが来ることを予期していたのかしら』


 ふふっと笑って妖精が教えてくれた。アルも微笑み返して「それはありがたいですね」と呟く。

 マルクトが本当にアルの来訪を予期していたのならば、それがどうやってなのか少し気になった。だが、会えることが嬉しいのは変わらない。


『アル、こっちよ』


 ふわりと飛ぶ妖精の後を、早足でついていく。

 時折、木に宿った精霊たちに声をかけられて挨拶したが、雑談が続く前に妖精が『フォリオたちが待っているのよ』と制止してくれた。

 好意を持って接してくれる精霊たちの会話を拒むことは気が引けていたから、妖精の対応がありがたい。


 しばらく歩いた先で、見覚えのある木が見えた。以前、アルが滞在していた場所だ。


『ここで待っていて。私の仲間がすぐにフォリオたちを連れて――』


 妖精の言葉が途切れる。アルから逸れた視線が向かう先を追い、フォリオとマルクトの姿が見えた。


「本当にアルがいた」

「妖精が嘘をつくわけがないだろう」


 嬉しそうに目を細めたフォリオに、マルクトが呆れた表情で呟く。


「こんにちは、フォリオさんとマルクトさん」

「久しいな」

「俺はつい最近会ったね」

「ジェシカさんと一緒に、ですね」


 それぞれと挨拶した後に、ホッと息をつく。マルクトの言葉で、アルたちがアテナリヤの元へ向かってからさほど長い時間が経過していないと分かったので安堵した。

 もちろん、異次元回廊に戻る際に生じる時差を考えると、アカツキたちに長期間心配をかけている可能性はなくならないのだが。


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