第505話 探索結果

 この場所は迷路のように入り組んだ廊下らしい。そして、所々に大きな魔石がついた棒が立っている。魔石同士が魔力によって繋がれているようだ。

 魔力を追って進み続けながら、アルは小さく首を傾げた。


「なんかデジャヴがある……」

『ふあ……なんだって?』


 あくびをしたブランが、眠そうな声で問い返してきた。延々と続く白い廊下に飽きて、緊張感を保つことができなくなったらしい。


 ここまで危険を感じるようなものが一切なかったのだから仕方ない。だが、ずっと白い廊下を歩くのは気が狂ってしまいかねないのに、飽きてしまえるブランは豪胆だな、とも思った。


 少し呆れながらブランを横目で見やり、アルはその体をポンポンと叩いて眠気覚ましをする。


「ここと似たものを見たことがある気がするって言ったんだよ」

『こんな迷路を? ……あー、異次元回廊内の迷路とかか?』


 ブランがパチパチと瞬きを繰り返して眠気を払いながら、小さく首を傾げた。

 言われて思い出したが、確かに異次元回廊内の試練の一つとして迷路はあった。ここのように白い廊下ではなく、生け垣で作られたものだったが。


「……ううん、違うと思う。そういうのじゃなくて――」


 アルは歩みを止めないまま、これまで通ってきた道のりを頭の中で思い描いた。

 右に曲がったり、左に曲がったり、時に階段を上り、カーブに沿って歩いて――魔力を辿った道のりが線となり、複雑な紋様を描いていく。


「あ……」

『なんだ?』

「もしかして……これ、魔法陣?」

『は?』


 何を言っている、と問うような眼差しを向けてくるブランに気づいていたが、アルは情報を整理するのに必死で、答えられる余裕がなかった。足を止めて考え込む。


 再び脳裏で描いた道のりの線は、やはり魔法陣としか思えない。紙に描き写して確信する。


「これはどこかに転移するための魔法陣だ」

『なんだと? つまりこの廊下――いや、魔石で繋いだ魔力の流れが魔法陣になっている、と?』

「うん。でも未完成なんだと思う」


 ブランに答えながら、アルは再び歩き始めた。とにかく、今は終着点を見つけ出すべきだ。アルの予想が正しければ、それはここからそう遠くないはず。


『なぜ未完成なのだ』

「魔力が流れているのに、発動してないから」

『うむ?』

「魔法陣は描いた経路に魔力が流れることで発動するんだよ。すでに魔石同士が魔力で繋がって線になっているんだから、完成してたら魔法陣が発動してるはずだ。でも、僕たちはなんの影響を受けることもなく、ここを歩いているだけでしょ?」


 アルの説明をなんとか飲み込んだのか、ブランが『ほー』と呟き頷いた。


『この廊下でできた魔法陣が発動していたなら、この場にいる我らは転移させられていないとおかしい、ということか』

「うん。転移の対象範囲は、魔法陣が存在している空間ってことになってるみたいだからね」


 そう答えた後すぐに、アルは足を止めた。見慣れた魔石が目の前にある。だが、その先に魔力が続くことはなかった。


「――ここで途絶えてる。転移の魔法陣を考えると、こっちに魔力が流れれば完成になるんだけど」


 三手に分かれた道の一番右端を指す。

 この先に魔力が流れれば、アルたちが最初に見つけた魔石と魔力が繋がり、循環できるようになるはずだ。それによって魔法陣が完成する。


『魔法陣を完成させるべきなのか?』

「……させた方がいいと思うんだけど、どこに転移するか分からないのが問題だよね」

『それもそうだが、完成させる方法は分かっているのか?』


 尋ねてくるブランをチラリと横目で眺め、アルは頷いた。正直、完成させるのは難しくない。


「ここまで通ってきた魔石を観察して分かったんだけど、これ、魔力を引き寄せる魔法陣が描かれてるんだ」


 アルは魔石と棒の接点を指した。

 透明な魔石の底に魔法陣が描かれている。それが他の魔石から魔力を引き寄せることで繋がっているのだ。


『ふむ? ならば、この魔石から次の魔石に魔力を繋ぐにはどうすればいいのだ?』

「次の魔石に、これと同じ魔法陣を刻むんだよ。思い返すと、最初の魔石にはこの魔法陣がなかったから」

『この先に進めば、最初の魔石があるのか』

「うん、間違いなく」


 道の一つを鼻先で示したブランに、アルは確信を持って答えた。

 ブランは疑うつもりがなかったようで、『そうか』と受け入れ、別のことを悩み始める。


『それならば、やはり転移先が分からんのが問題なのだな。……何も手がかりはないのか?』

「うーん……。僕が使う転移の印みたいに、対になってる魔法陣があるところに転移するっていうのは分かるよ」


 魔法陣を解析した結果、それくらいしか分からなかった。つまり、この魔法陣の設置者しか、行く先が分からないということだ。

 アルはブランと顔を見合わせ、肩をすくめる。悩んだところで答えは得られないのだから、後はこの魔法陣を使うかどうかを決めるしかない。


『わざわざこんなものを用意しているのだから、無駄なものではない気がする。それに、アルがここの探索をするべきだと感じていたのだから、魔法陣を使ってみるのが良いのだろうな』


 ブランがため息混じりで呟いた。すでにアルの考えを察しているのだろう。反対する労力を惜しんだのだ。

 アルはにこりと微笑んで頷いた。


「うん。僕もそう思っていたよ。というわけで、魔法陣を完成させよう」


 ブランの同意を得られたならば、もうここに留まる必要はない。実のところ、アルは魔法陣に気づいた時から、これを使うことを決めていたのだから。

 最初の魔石に向かって歩を進める。


『はぁ……。どんな危険が待っているかも分からんのに、気楽に言うものだ』

「ブランがいるから大丈夫だと思ってるよ」

『それを言えば、我が張り切ってアルを守ると思っているな?』

「間違ってる?」


 ジロリと睨まれたが、アルは微笑んで見つめ返した。途端に視線が逸れる。

 ブランは嘘でもアルに『一人でがんばれ』なんて言うことはないのだ。ブランが安全を確かめている場所で戦闘技術を高めるためならありえるが、このような未知の場所に向かう状況では、絶対にアルを一人にしない。


『……ふんっ。少しは自力で身を守れ』

「分かってるよ。ただブランがいれば心強いっていうだけ」


 憎まれ口を叩くことは忘れなくとも、優しさを隠しきれない相棒の背を軽く叩き、アルはふふっと笑った。


 前方に魔石が見えた。あれが最初の魔石で、そして最後の魔石でもある。


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