第504話 探索開始
ご飯はお肉たっぷりのサンドウィッチになった。物質内の魔力さえ吸収されるこの場所では、テーブルも椅子も置けないので、手軽さを重視したのだ。
『旨いが、もっとちゃんとした飯を食いたい……』
「帰ったらたくさん食べられるよ。サクラさんも用意してくれるだろうし」
アルから差し出されたサンドウィッチにかぶりつきながら、ブランが不満を漏らす。それを宥め、アルは自分の口にもサンドウィッチを運んだ。
今の時間が分からない。魔道具の時計は時間が狂っているようで、信用できなかった。
いつもならブランの腹時計が頼りになるのだが、今回はそうはいかないのが困ったものだ。
夢空間に迷い込んでいた間は、ブランは空腹さえ感じていなかったらしい。珍しく『アカツキたちと別れてから数日過ぎていても不思議じゃない』と言って険しい表情をしていた。
「――別に体調に問題がないからいいけど、これで帰ったら一年過ぎてたってなったら、申し訳なくなるなぁ」
『ありえなくはないな』
ブランと顔を見合わせ肩をすくめる。
異次元回廊と外部に生じる時差を考えたら、神がいる場所と異次元回廊の時間の流れが違う可能性は十分ある。それはヒロフミたちも分かっているだろう。その上で、彼らはきっと心配しながら待ってくれているのだ。
「とにかく、ここの探索を手早く終えよう」
『そうなるといいな』
「不穏な言い方しないでよ。ブランがそう言うと、なんかトラブルが起きちゃいそうだ」
アルがジトッと睨んでみても、ブランはこたえた様子なく『本心しか言ってない』と呟き、サンドウィッチの最後の一口を頬張り尻尾を揺らすだけだった。
「……はぁ。まぁ、いいや。多少空腹はなくなったし――」
『我はまだまだ食いたい気分だぞ』
「だとしても、空腹ではないでしょ。探索を優先するよ」
カツカツと音を立てて廊下を歩く。
ブランは『もっと食い物よこせー!』と訴えてきているが、冗談半分だろう。騒ぎながらも周囲の警戒を怠っていない。
だが、本心も含んでいるのは分かっているので、ここでの用が済んだら早く帰ってご飯をあげたいと思う。
とはいえ、その【用】というのが、アルも明確に把握できていないのだから困ってしまう。勘に突き動かされているが、何を探せばよいものか。
『それにしても、ここは真っ白だな』
「そうだね。アテナリヤの管理する場所らしいんじゃない?」
『アテナリヤは白で、イービルは黒だったか』
いつだったか話したことを思い出すように呟き、ブランが首を傾げた。
『――なぜそのように分けたのだろうな』
「どういう意味?」
周囲に目を凝らし、探索を続けながら、アルは意識の半分をブランとの会話に割いた。雑談として受け流してはいけない気がする。
『わざわざ色を変えた意味だ。元々、世界では創世神としてアテナリヤが信仰されていたのだろう? 神殿もそれにあわせて白色が基調だった。だが、イービルが信仰の対象として広まるにつれて、黒色が基調になっていく。――白色の神殿を使いまわした方が良くないか? 神殿を新設するのは、人間にとって簡単なことではなかろう』
これまでアルが考えたことのない疑問だった。
確かにイービルは創世神に成り代わる際に、神殿までも大きく変えさせている。それを人間に納得させるのは、手間がかかったことだろう。
黒色の神殿を建てさせることに、メリットがあったのだろうか。
人間側のメリットは分からないが、イービル側についてはなんとなく予想ができる。
「うーん……信仰対象の変化を明確に意識させるため、とか?」
『どういう意味だ?』
「アテナリヤが古い神だとして、新しい神を信奉するのは、人間にとって大きな決断だったと思う。イービルが奇跡のような恵みや祝福を目に見える形でもたらしたから、人間は新しい神として認めた。そして、信仰対象がアテナリヤではなくイービルだと明確に示すために、新しい形の神殿を必要としたんじゃないかな」
『ふーむ、それは信仰の力でイービルが己の回復を促すためでもあったのか』
「たぶんね」
正解はイービルに聞かなくては分からないだろう。だが、外れてはいないと思う。
黒色の神殿はイービルの象徴。そこで捧げられる祈りや信仰心は、イービルの神としての力を増大させたはずだ。
『ならば、ここはアテナリヤの領域だと示しているというわけだな』
周囲の白い壁や床に視線を向けたブランが、不愉快そうに呟く。アテナリヤに好意を持っていないブランからすると、アテナリヤの領域にいるというだけで良い気分がしないのだろう。
イービルの領域ならばより拒否感を示しそうだ。
「そうだろうね。――っと、なんかあった」
『何だ、これは?』
廊下の突き当りを曲がると、丸い玉がついた棒が立っていた。アルの目の高さほどに透明な丸い玉がある。ちょうど廊下の中央にあるので、その両脇を通り抜けるのは難なくできそうだ。
「んー……たぶん魔石?」
『は? このバカでかいのが、か?』
ブランがぽかんと口を開けた。
アルの頭ほどの大きさの魔石なんて、通常見ることはないのだから、驚くのは当然だろう。ドラゴンの魔石はこれくらいの大きさがあるかもしれない。
「うん。この魔石から魔力が流れてるみたいだし」
魔力眼で見ると、奥の方へ魔力が綱のように続いているのが分かる。
『なんのためにこんなものを?』
「分からないよ。あんまり神眼を使う気になれないし」
ここまで何度も使ってきた神眼だが、使う場面は選ばなければならない。そして今は、使うべき場面ではないと判断していた。完全にアルの勘だが。
『ふーん……? ならば、進むか』
「これを眺めてても分かりそうにないしね」
深く尋ねることなく、ブランがあっさりと諦めてくれた。アルの勘を信頼するつもりらしい。
その態度をありがたく思いながら、アルは魔石がついた棒の傍を通り過ぎた。
『魔力はどこへ流れてるんだ?』
「この廊下に沿って――」
ブランの問いに答えるアルの声が途切れる。突き当たりを右に曲がった途端、道が二つに分かれていたからだ。ここまで曲がることはあっても、ずっと一本道だったのに。
『ほう? これは正しき道を選べ、という感じか』
「そうだろうね」
まっすぐ進むか、左に曲がるか。どちらもしばらく進んだ先が再び突き当たりになっていて、どこに辿り着くか判断できそうにない。
間違った道を進んだところで、引き返せば良いように思えるが――。
「――これは一発勝負な気がする」
アルはちらりと背後を振り返り、片眉を上げた。
先ほど通ってきた道なのに、見知らぬ場所のように思える。それはきっと勘違いではなく、引き返せば道に迷うだけなのだと、不思議と確信していた。
『我も同感だ。それで、どちらに進む?』
視線を向けてきたブランに、アルは迷わずまっすぐを指した。
「さっきの魔石から出た魔力がこっちに流れてる。少なくとも、この先に何かがあるはずだよ」
『罠ではないといいがな』
ブランはそう言いながらも反対する気はないようだ。
アルは魔力の流れを追って、歩を進めた。
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