第493話 答え合わせ

 頬をペシペシと叩かれる感触。

 アルは重い目蓋を上げた。


『起きたか、アル』

「……ブラン」


 見慣れた真っ白な姿のブランがアルの顔を覗き込んでいた。それを見た途端、アルは帰ってきた、と感じる。

 つい微笑んでしまいながら体を起こす。アルは床で眠っていたようだ。やはり今までのことは夢の中での出来事だったのだろうか。転移魔法が使われたようには思えない。


『おかしな体験をしたな』

「あ、ブランも覚えてるんだね」


 関節がきちんと動くか確認しながらブランを見下ろす。


『うむ。アルが偽物と楽しく話しているのも見ていたぞ。我らの家に偽物を招くとは、なんということをしたのだ』


 ブランが尻尾を床に叩きつけながら、プンプンと怒っていた。

 アルは目を見張って驚いた後、納得する。やはり、違和感のあった白いブランは、偽物だったのだ。


「だって、ちょっと見ただけでは偽物だなんて思わなかったんだよ。仕方ないでしょ」

『一目で気づけ!』

「無茶を言うなぁ」


 バシバシと膝を叩かれ、アルは苦笑する。


「――それより、見ていたってどういうこと? ブランはどこにいたの?」

『アルの近くにいたぞ。アルには我が見えなかったようだが』

「へぇ、不思議……」


 どうやらブランはアルに声を掛けてくれていたらしい。アルにブランが見えていないと気づいた後もずっと。それはなんと寂しい思いをさせてしまったのだろうか、とアルは少し申し訳なくなった。


「――そういえば、あの恐ろしい話は本当?」

『恐ろしい話?』


 ふと思い出したことを呟く。

 きょとんと丸くなったブランの目を見つめ、アルは首を傾げた。


「ソファの下にある果物の話だよ」

『あー……うむ、まぁ、本当だな』

「……嘘であってほしかった」


 アルは額を押さえて、ガックリと肩を落とす。やはり、家に帰った後に危険物の処理をしなければならないという未来は変わらないようだ。

 だが、そうなると一つ疑問が生まれる。


「――どうして偽物はその情報を知っていたんだろう? 僕さえ知らないことだったのに」

『さぁな。我も誰かに話した覚えはないぞ』


 ブランと顔を見合わせる。


「もしかして、ブランの記憶を読み取られたのかな?」

『……その可能性はある』


 一瞬で苦々しい表情になったブランの頭を撫でる。

 アテナリヤはイービル同様、他者の記憶を読み取る能力があると考えられる。それがブランに使われた可能性は高いだろう。そうなると、アテナリヤは他者に触れることもなく、その能力を行使できることになるが。


「瞬時に考えを読み取るだけだったら、オリジネもできるんだけど、記憶まで読み取られるのはちょっと怖いね」

『そうだな。気持ちが良いものではない』


 この話題をいつまでも続けていたところで、気分が良くなるとは思えない。

 そこで、憮然とした様子のブランを抱き上げ、アルは先延ばしにしていた疑問に向き合うことにした。


 周囲を眺める。真白い石に囲まれた大きな広間。柱が存在していないのが、白い神殿との大きな違いだ。


 ここはアテナリヤが眠っていた場所ではない。どこなのだろうか。意識がなかったから、どうやって連れてこられたのかさえ推測できない。


「ここ、どこなんだろう?」

『さぁな。我はアルと扉をくぐったら、いつの間にかここで寝ていたからな』

「あれ? 二体に分かれていた時はどんな状態だったの?」


 差し迫った危険がないのを改めて確認して、アルは聞き忘れていたことを問いかける。ブランはアルの腕の中でゆるりと尻尾を揺らし、首を傾げながら考え込んだ。


『ぼんやりとした感じだったな。鏡を見るように、もう一体を認識していたが、違和感を覚えなかった。……ちゃんと答えてやれなくて悪かったな』


 窺うように見上げられて、アルはパチリと瞬く。答えてやれなくて、というのが今ではなく、二体に分かれていた時のことだとすぐに理解できた。

 アルは微笑み、ブランの頭を撫でる。


「気にしないで。ちゃんとヒントはくれたし、どちらもブランなんだって分かったから」

『……うむ。我とアルなのだから、分かって当然だな!』


 開き直って胸を張るブランに、アルは「そうだね」と頷いて返す。


 たとえ過去に僅かな不安を感じていたとしても、終わったことなのだから、そんな思いをさらけ出す必要はない。

 アルはブランを信じ、ブランもアルを信じた。その事実さえ理解していれば十分だ。


「さて、これからどうしたらいいんだろう?」


 話が一段落して、アルは再度周囲を眺める。

 リアに試練を突破したと言われたのだから、そろそろアテナリヤに会えてもいいはずだ。


 眠りの繭で寝ていたアテナリヤが今どのような状態なのかは分からないが、ここまで導かれたからには何かが起きるはず。


『アル、見ろ』


 不意にブランが警戒心に満ちた声を上げた。

 視線の先を追う。ブランは広間の最奥――アルたちがいる場所より一段上がったところを見ていた。


 アルがじっと見据えていると、ブランが警戒を促した意味がはっきりと理解できるようになった。

 視線を注ぐ先に莫大な魔力が集まっていく。それは凝縮し、次第に人の形をとっていった。


「アテナリヤ……」


 その呟きが合図だったかのように、ぼやけた人の形が明確な姿となってアルたちの目の前に現れる。


『試練を突破した者たちよ』


 空間を震わせるような声に、アルは背筋を伸ばした。神聖さ、というものを表すような重々しい響きだ。


『――そなたらの願いを聞こう』


 待ち望んだ言葉に、アルは息を呑んで固まった後、気合いを入れ直してアテナリヤを見据えた。

 ようやく待ち望んだ時が来たのだ。ここが踏ん張りどころである。


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