第492話 導き出す答え
ブランたちが大量のクッキーを食べ終えた途端、リアが「答えは出たか」と問う。
アルはリアを見つめ返し、考え込んだ。正直、答えは出てない。より正確に言うなら、どちらも本物のブランだとしか思えない。
金色も銀色も、普段とはまるで違う色合いで、それだけが違いだ。中身に違和感を抱くことはなかった。
ここに来るまでに一緒にいた白色のブランの方が、偽物のような印象が強い。
『……そういえば、その問題があったな』
『飯に集中していて、忘れていたぞ』
二体のブランが顔を見合わせる。こういうところもブランらしく感じられて、アルは苦笑して肩をすくめるしかなかった。
『我が本物のブランだ。色は変だがな』
『我も本物のブランだ。色がおかしいのは同感だ』
『ふーむ……我もお前はブランだと思う。少なくとも聖魔狐であることは確かだ』
『お前が聖魔狐であることも正しいだろうな。我がブランである以上、お前はブランではないと判断していいはずだが……』
銀色のブランが口ごもる。金色のブランも『ふむ?』と悩ましげに首を傾げた。
アルは目を見張る。まさか二体のブランがお互いを本物だと認めるとは思わなかったのだ。
視界の端で、リアが僅かに眉を動かすのが見える。この展開はリアにとっても予想外だったらしい。
『そもそも、我らは本来白色なのだ。どちらも偽物という可能性もあるのではないか?』
『色は単に区別するために変えられただけだろう。それに、どちらも偽物、という考えがあるならば、どちらも本物、という答えがあっても良いのではないか?』
銀色のブランがそう言うと、金色のブランも納得したように頷いた。
それはアルも内心思っていたことである。本物のブランはどちらか、と問うておいて、どちらも本物だったというのは、なんとなくアテナリヤがやりそうなことに思えた。
アテナリヤは理を守るが、決して清廉潔白でも誠実でもない。クインに対してそうであったように。
『『アルはどう思う』』
異口同音に尋ねられた。真っ直ぐな眼差しを感じ、アルは口を閉ざしたまま考える。
二体のブランはおそらく、アルがどのような答えを出そうと受け入れるだろう。どちらかを偽物だと断じれば、それを信じて自ら偽物だと宣言してしまうかもしれない。
それはなんだか寂しい気がした。どちらも自分を本物だと思っているのに、アルがそれを否定したくない。
「……どちらも、偽物とは思えないよ」
アルにとってはその思いが答えだった。もう心は決まったのだ。その結果がどうなろうと、すでに受け入れる覚悟がある。
静かな眼差しのままアルを見つめているリアに視線を移し、口を開く。
「答えます」
「聞こう」
アルはリアを見つめて微笑んだ。そして、アルにとっての真実を告げる。
「僕にとっては、どちらもブランです。少なくとも、その中身は」
見た目が違うのは明らかで、アルは念の為付け加えて答えた。
リアはじっとアルを見つめた後、静かな目で佇む二体のブランを見下ろし、小さく息を吐く。その様子は安堵しているように見えた。
「……扉に進んで」
不意にリアの声音が柔らかくなる。女性らしい人間味のある話し方だった。
アルは息を呑んでリアを見つめる。
「――あなたは試練を突破したことを、私が証明します。神はあなたから何も奪わない。試練を突破することが、願いの代償だから」
「リア、さん?」
雰囲気が変わったリアを注意深く観察しながら、アルは口を開く。試練を突破したことを喜ぶ暇もなかった。突如迫ったリアとの別れを感じ、惜しく思える。
おそらく、アルはもう二度とリアに会えなくなる。すでにリアはアテナリヤという存在に変じてこの世界に君臨し、その記憶の一部にある残滓のようなものに成り果てているのだから。
「――アカツキさんたちに、何か伝えることはありますか?」
アルは迷った末に尋ねた。色々聞きたいことはある。だが、急に空間が狭まってくるような気配を感じて、ゆっくりしていられる時間はないのだと察していた。
二体のブランがアルの服の裾を噛み、扉の方へ急いで引きずろうとしているのに逆らいながら、リアを見つめる。
リアはわずかに唇を震わせ、目を伏せた後、静かに淡い微笑を口元に浮かべた。
「……どうか、元気で、と」
アルは頷く。
「――そして、ごめんなさいって」
消え入るような声を聞き逃さず、アルは目を見開いた。やはりリアはアカツキたちがこの世界で苦しむことになったことを悔やみ、申し訳なく思っているのだと理解できたのだ。
「わかりました」
『アル、早く行くぞ!』
『空間が壊れる!』
二体のブランに急き立てられる。アルはその促しに従って扉の方へ進みながら、ふとその姿を見下ろした。このまま二体に分かれたまま扉を出ていっていいのだろうか。
「扉から出れば、あなたのブランは元に戻っているはずよ」
「それなら良かった。……さようなら、リアさん」
まだ話したいことはたくさんある。だが、もうタイムリミットのようだ。
アルは崩壊する空間の気配とリアの視線を背中に感じながら、白く大きな扉に体当たりするように進んだ。
ゆっくりと開かれる隙間に身を滑り込ませ、意識が霞む間際に振り返る。
「さようなら、アル」
すでに白闇に呑まれた空間のどこかから、リアの声が聞こえた気がした。
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