第491話 違いを探る
金と銀のブランが『我が本物のブランだ』と主張して喚く。
注意深く観察しても、その派手な色味以外に普段のブランとの違いはないように感じられた。
「はぁ……。リアさん、この場において、僕には行動の制限がありますか?」
「行動の制限?」
ゆっくりと瞬きをして小さく首を傾げるリアを見つめ、アルは頷く。
「ええ。これは、本物のブランがどちらかを見極める試練なのでしょう? その判断材料として、アイテムや魔法などの能力を用いてもいいのか、と聞いているんです」
あらゆる可能性を考え、用心しながら尋ねた。
アルはアテナリヤが課す試練を信用していない。クインが永遠に等しい時間、異次元回廊に囚われることになったという前例があるのだから。
どこに落とし穴があるのか分からない。
だが、それにさえ気をつければ、アテナリヤは試練を突破した者の願いを叶えてくれるだろう。アテナリヤでさえ理に縛られているのだから、自らの宣言に反した行動はできないはずだ。
「……存在する制限は、この空間の破壊、及び命を奪う行為」
「それだけですか?」
「そう。それ以外は何をしても構わない。この空間内でできることならば」
静かな声で告げられ、アルは目を細めてその内容について考えた。
追加された『この空間内でできることならば』という言葉は気になるが、アルの行動制限はほぼないと考えられるし、安心する。
思考に一区切りをつけたアルは、二体のブランを見下ろして微笑んだ。
「分かりました。――じゃあ、ブラン、ご飯にしようか」
『飯!』
『肉だ!』
ピンと尻尾を立てた後に、勢いよく揺らす仕草はどちらも同じだ。アルは冷静に観察しながら、アイテムバッグの中身を探った。
ブランの特徴と問われれば、誰もが『食い意地が張ってる』と答えるだろう。似たような言葉で『暴食』や『肉好き』と言う者もいるかもしれない。
とにかく、ブランらしさが一番に現れるのは食事の場面だと考えて良い。
だから、アルは二体のブランに料理を振る舞おうと思ったのだ。そこで普段との違いが見つけられれば良いのだが。
「肉ね。……さっきも食べていた気がするけど」
『さっき?』
『あれも旨かったが、アルの料理は別格だろう』
早速、二体の返答に違いが生まれた。きょとんとする金色のブランに対し、銀色のブランは当然と言わんばかりに主張してくる。アルの料理を褒めてくれるのは、普段のブランでも見られる。
だが、この返答の違いを即答えに結びつけられない。先ほど巨大な肉を完食したブラン自体が本物だったのか、アルは疑っているのだから。
「そっちのブランは知らないんだね?」
『知らん。アテナリヤが眠っているところから、いきなりここに飛ばされたんだからな』
『なに? お前、やっぱり偽物だろう!』
『そういうお前が偽物だ!』
アルが止める隙なく、二体のブランが睨み合い、パンチの応酬を始めてしまった。なかなか激しい。実力は拮抗しているようで、互いに傷を負うこともないのは良いことだが、騒がしいのは勘弁してほしいものだ。
「んー……このままうるさくしてるなら、ご飯減らしちゃおうかな」
ポツリと呟いた途端、静かになった。
アルはアイテムバッグから取り出した肉の塊をスライスしながら、横目でブランたちを窺う。
『減らすのは、ダメだ……!』
『ひどいぞ、アル!』
衝撃から立ち直ってすぐに、足元にまとわりつかれるのも面倒くさい。アルは思わずため息をついた。
やはりブランが二体になると、アルの精神的疲労も二倍になる気がする。可愛いと思えるのは、一体が限界だ。
「はいはい。減らされたくないんだったら大人しくしてて」
『『うむ……』』
互いの口を塞ぎ合うブランたちを見下ろし、アルはつい「案外、仲良しなの?」とこぼしてしまった。
そのせいで抗議されそうになるのを視線で押し留める。ご飯減量するよ、という意志を眼差しで伝えるだけでブランたちは不満そうにしながらも黙り込んだ。
ブランたちが静かになっている内にさっさと調理を終わらせてしまおうと、アルは手際よく作業を進める。その間もブランの様子を密かに観察したが、普段との違いは見つけられなかった。
「――よし、完成したよ。黒猛牛のスパイス焼き、どうぞ」
アルが調合したスパイスで味付けた肉は、旅を始める前からブランのお気に入りだったものだ。
今もよだれを垂らしそうな勢いで肉を凝視し、アルの合図と共に勢いよく食べ始めている。
「美味しい?」
『旨いぞ!』
『相変わらず、このスパイスは肉によく合って旨いな!』
言葉少なに答える金色のブランと、少し詳しく感想をくれる銀色のブラン。
どちらかといえば、銀色のブランの方が、過去の記憶も十分にあるようだと判断できるだろうか。だが、食事に夢中になっている中で、言葉少なくなるのもブランらしい。
「ブランが一番好きな食べ物って何?」
『肉だ!』
「あ、料理で答えて」
即答してきた銀色のブランに、アルは苦笑しながら肩をすくめた。肉が好きと答えるのは、おそらくどちらも同じだろう。
む、と鼻面を顰めた銀色のブランが考え込んでから、『肉たっぷりのブラウンシチュー』と答える。
それはアルが作ることが多いメニューだ。そのために、ブラウンソースを作り置きしてあるのだから。
『……我はクッキーが好きだぞ』
金色のブランがぼそりと呟く。おや、とアルは片眉を上げ、少し気恥ずかしそうな様子のブランを見下ろした。
「肉料理じゃないんだ?」
『……ああ。ドライフルーツを入れたクッキーは、アルが最初に食べさせてくれたものだからな』
アルは目を見開く。今、そのような返答があるとは思いもしなかった。
確かに、アルとブランが出会うきっかけになったのは、フランベリーという果物を干したものを混ぜ込んだクッキーだった。休憩時にそのクッキーを食べようとしていたところで、その匂いを嗅ぎつけたブランが近づいてきたのだ。
「そういえば、そうだったねぇ」
アルは思い出を懐かしみ、微笑む。
だが、過去の記憶を持っているという点で、二体のブランに差がなくなったようなものなので、少しがっかりしてしまう。
『クッキーはないのか? 話していたら食いたくなったぞ!』
『我もだ!』
キラキラとした目を向けてくるブランたちに、アルは苦笑しながらアイテムバッグを探った。
作り置きの料理はたくさんあり、その中にクッキーもある。だが、あいにくと産地が限られているフランベリーを使ったクッキーはない。
「ナッツとチョコのやつならあるよ」
『食う!』
『今はそれでも良いが、また今度フランベリーのやつを作ってくれ』
取り出したクッキーを頬張り、幸せそうな顔をする二体を眺め、アルは目を細める。なんだか平和だ。
リアの視線を感じたが、答えを出す期限は提示されていないのだから、もう少しのんびりと過ごそうと思った。
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