第484話 鍵の探し方
色々と思うことはあるが、さしあたって危険はなさそうなので、さっさと進むことにする。あまりに光が強すぎるので、目の前に手をかざしながらだが。
「色眼鏡でも作っておけばよかったかな」
『我にも必要だぞ』
ちらりと横を見ると、ほぼ目を瞑っている状態のブランが、鼻面にシワを寄せていた。もしかしたらアル以上に光の影響を受けているのかもしれない。
「布でも巻いておく?」
『……緊急時に対処が遅れかねないな』
「ほとんど見えてない状態なら、変わりない気がするけどね」
アルの勧めをブランが悩ましげに退けた。目隠しをするのはアルも不安になるから、ブランの気持ちは分かるし、それ以上勧めないことにする。
歩く、というよりもお滑るように裂け目に近づき、強い光で輪郭が薄れる中を手探りで進む。どうやらアルが肩を擦らない程度の狭さの道になっているようだ。
裂け目の先がすぐさま広い空間になっていると思うのは、少々楽観的だったか。
慎重に進み、ふと光が弱まったのを感じて、アルはゆっくりと瞬きをした。
「終着地、かな?」
『そのようだな』
着いてみれば、これまでの光はなんだったのかと思うほど、柔らかな明るさでホッとする。
白い空間に大きな丸い玉が浮かんでいた。すかさず鑑定して示されたのは【眠りの繭】という言葉だ。
「あの【眠りの繭】っていうところに、アテナリヤがいるみたいだよ」
『そうでなければどこにいる、と問いたくなるほど何もないからな』
ブランがゆるりと尻尾を揺らす気配を感じる。
白い空間はアルの家よりも狭く、直径二メートルほどの玉の他には何も存在していない。人が暮らすような空間ではなく、真っ白な無機質さが印象的だった。
「眠るためだけに用意された場所なのかな」
『そもそも神に人間のような生活が必要かは疑わしいからな』
「言われてみれば、そうだね」
ブランの言葉にそう答えながら、アルは眠りの繭を眺めて目を細める。
なんだか寂しい気がした。アテナリヤが元は人間だったなら、人らしく生きられないことにどれほどの苦しみがあっただろうかと考えると目眩がする。
アカツキやサクラたちが長く生き続けることに悩んでいたのと同じか、それ以上に強く、アテナリヤは自分の生にもがき苦しんでいたのではないだろうか。
アテナリヤが人としての思いを捨て去った理由も、今までより理解し納得できる気がした。
これまで考えもしなかった疑問が不意に湧き上がる。
アカツキたちはこの世界から解放される方法が見つかるだろうが、アテナリヤがいつの日か苦しみから逃れることはできるのだろうか、と。
『それで、どう起こす?』
ブランの声が物思いを破った。
アルは一度強く目を瞑って、思考を切り替える。今はアテナリヤの思いを想像して囚われている場合ではない。
「これ、壊せるのかな?」
『う〜む? ――随分と頑丈そうだ』
首を傾げつつ、眠りの繭に飛びついたブランが、爪で一閃した後に肩に戻って来る。即断即決で実行に移すのはブランらしいが、心臓に悪いから相談くらいしてほしい。
「それで壊せて、アテナリヤに反撃されたらどうするつもりだったの? それでなくとも、反撃用の仕組みがあってもおかしくないのに」
呟いた声には、アル自身が思っていた以上に不満が滲んでいた。
ブランがちらりと視線を送ってくる。アルは咄嗟に目を逸らして眠りの繭を注視した。
『……そうだな。危険性は考えるべきだった。だが、何かしてみなければ、対策も立てられんだろう。鑑定は何も有益な情報を示していないはずだ』
「それはそうなんだけど、ね」
ブランの言葉は間違っていない。アルの心が納得していないだけなのだ。
わがままだと分かっているから、これ以上に言葉を続けるつもりはなく、アルは眠りの繭に手を伸ばした。ブランの攻撃さえ弾いたのだから、触れる程度で何かが起きるとは思えないし、大丈夫だろう。
「――質感は、たくさんの糸が撚り合わされたものっぽい?」
『よく分からんが、こういうものを作る虫はいるな』
「あー……なんだっけ。シルクの元になる糸を作る虫だよね」
アルはあまり虫系の魔物を好まないから、詳細を思い出す気にならなかった。ただ、冒険者の収入源として重宝されていた魔物だった気がする。
『そうだ。あれで作った布は心地よいらしいな。アルが望むなら、今度取ってきてやってもいいぞ』
「糸を?」
『我は糸だけを取る方法は知らん』
「じゃあ、いらない」
虫ごと持って来らても、処理しなければ糸として使えないのだ。シルクが欲しいわけではないし、無駄な精神的疲労は負いたくない。
『そうか?』
「うん。それより、これってなんだか見覚えない?」
アルは改めて眠りの繭を見つめて首を傾げた。
何故か既視感を拭えず、さりとてその正体を思い出すこともできず、もどかしい。
『見覚え? 虫が作ったものではなく、か。……あれではないか?』
「あれ?」
『そうだ。あれがあれしていた時のあれ』
「あれが多すぎて分からないよ」
説明する気が微塵もない言葉に少し呆れる。
そんなアルに、ブランは気分を害した様子で尻尾を打ち付けてきた。わざと抽象的な説明をしていたわけではないらしい。
『あれ――サクラが眠っていた時のあれ、だ』
ようやく絞り出すように言葉が紡がれ、アルは「あっ……」と声を漏らした。ブランが何を言っているか、瞬時に思い当たったのだ。
アルがサクラを見つけた時、サクラは球体の中に閉じ込められるようにして眠っていた。サクラが自発的に眠りについていただけだったのだが、その状態をサクラは後に何と説明していただろうか。
「……よく覚えてないけど、安全に寝るための装置だったよね」
『そうだった気がする』
アルはブランと顔を見合わせる。
既視感の正体を掴めたとはいえ、解決策は見つからない。サクラの時は、アカツキが鍵になっていたはずだが、今回その手が通用するとは思えないからだ。
だが、一応周囲にヒントがないか探してみることにする。
「何もないなぁ……」
『そもそも、物がないのだからな。起こすための鍵を隠すなら、物理的な仕掛けではないだろう』
「確かにそうだね。そうなると、隠蔽とかかなぁ」
魔力眼で眺めてみるが、この空間が大量の魔力で満たされていることが理解できただけだった。この中から魔力で隠されたものを探すなんて、海に沈んだ貝殻を見つけ出すようなものである。
即座に諦め、別の手段を使う。鑑定眼だ。
「――おっと……鑑定眼が仕事しすぎでちょっと怖い……」
当たり前のように示された情報に、アルは警戒心を抱いた。
『なんだ。鍵が見つかったのか?』
「そこ。【繭溶解薬】があるらしいよ」
『……溶かすのか』
「そうみたいだね」
繭の下あたりを指さすと、ブランがなんとも言えない表情でアルを見つめてくる。繭を爪で攻撃するのは躊躇わないくせに、溶かすのは嫌がるのが、なんだかおかしかった。
苦笑するアルに尻尾を振り、肩から飛び降りたブランが繭の下を探る。まるで雲に上半身を突っ込んでいるように見えた。
『あったぞ』
「本当にあったんだね……」
『鑑定で示されたのに、ない方が不思議だろう』
小瓶を咥えてブランが戻って来る。それはアルが鑑定で見た通りの【繭溶解薬】だった。小瓶の中で、半透明の白い液体が煌めいている。金色の輝きがちらちらと見えるので、金粉でも入っているのかもしれない。
「これを掛けたら繭が溶けるって説明しかないんだけど、使っても問題ないものなのかな」
『使わずして効果を確かめられるのか?』
「……無理かも」
アルの能力では、鑑定で示された以上の情報は探れない。
あっさり諦め、アルは眠りの繭に向かい合った。一応反撃された場合に備えて魔法の準備をするアルの横で、ブランも戦闘態勢をとる。
「――準備はいいね?」
『ああ』
短い返事のすぐ後に、アルは小瓶の中身を眠りの繭に降り注いだ。
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