第483話 示される情報
連れ行かれる最中、アルは自分を運ぶ力の正体について考えることで時間を潰していた。
背を押されるような感覚があるが、実際に何かが触れているようには見えない。強風に襲われている感覚が近いか。だが、最も風の影響を受けるべき髪やブランの毛は、まったく乱れることがない。
物理に作用する魔法、あるいは魔力そのもの、と考えるのがいいだろうか。
『アル。また余計なことを考えているだろう?』
「……違うよ。今後のことを考えて、対策を練ってるだけ」
『ふん、どうだかな』
言い訳をしてみたが、納得してもらえた気はしなかった。アル自身、興味本位という意味合いが強い思考をしていた自覚があるので、それ以上文句を言うことはできない。
呆れたように目を眇めているブランから視線を逸らし、前方を眺める。視界の端を光の球が行き過ぎていく光景が美しかった。だが、あまりに無機質で、心惹かれるようなものではない。
〈着いた〉
「え? どこにアテナリヤがいるんです――っ!」
問いかけた言葉は途中で途切れ、アルは幕が開かれるように闇にできた白い裂け目に目を凝らした。背を押す力はなくなっている。
〈連れいけるのはここまで。会いたいのならば、己の足で進むべし〉
その言葉の後は沈黙が続いた。もうアルたちに何かを語りかけるつもりはないようだ。
「ブラン、あの先に何が見える?」
『白い光だな。それ以外に何があるかは分からん』
不愉快そうに呟くブランの頭を撫でる。アルの目にも、人が一人通れるほどに空間が裂け、白い光が漏れ出ているようにしか見えない。
「……唐突に見えるようになったのはなんでだろう。この空間だと、真っ先にここに気づいてもおかしくないと思うんだけど」
光る玉は数え切れないほど存在しているが、暗闇を縦に裂いた白い光は、見逃しようもないほどの存在感を持っている。
アルは首を傾げながら、じっと観察を続けた。
『隠されていたか、そもそもこの裂け目がついさっきできたか、だな』
「あぁ、そういうこと……」
ブランが願い、アルたちがここまで来たところで目に見える形として現れたのだと考えると、なんの不思議もなさそうだ。
そっと裂け目に手を伸ばしてみると、輪郭が霞むほどに強い光に照らされる。
裂け目の先が見えないのは、強すぎる光のせいなのだろう。
「――この先って、人間が生きていける場所なのかな」
ふと生じた疑問を呟く。ブランからは唸るような声しか聞こえなかった。
今アルたちがいる空間は、元々アテナリヤと対面するために用意されている場所のはずだ。だから、呼吸し、自分の意思で体を動かせることは当然ともいえる。
だが、その考えを、アテナリヤが眠る空間にまで適応してよいものか。
人間は、イービルがいる空間のような深海でさえ生きていけないのだ。神が過ごす場所が、人間であるアルや魔物であるブランにとって過酷な空間である可能性は十分に考えられる。
『抜かった。そのことも聞いておればよかった』
悔しそうに歯噛みするような声音が聞こえ、アルは苦笑をこぼした。つい聞き忘れてしまったのはアルも同じで、その責任をブランに負わせるつもりはない。
ただ、今後の教訓として覚えておくことは必要だろう。これからの展開に、アルたちの常識はきっと通用しなくなる。相手になるのは神なのだから。
「ここまで来たら一か八かだね」
『アルは時に思い切りが良すぎるな。魔法で何か探れないのか?』
「魔法は万能じゃないんだよ?」
他力本願な言葉に眉を顰めて返した後に、アルはふと鑑定眼のことを思い出した。何が何やら分からない状態なのだから、真っ先に鑑定を試みるべきだったのに。
目に意識を集中し、鑑定眼を発動する。まず目を向けたのは暗い空間だ。
「――【神が統べる箱庭】?」
『いきなりなんだ』
正直鑑定しても無駄だろうと思っていたのに、あっさりと表示された言葉に、アルは目を丸くした。不審そうに問いかけてくるブランに生返事をしながら、示された情報に意識を集中する。
ここは【神が統べる箱庭】という空間のようだ。少なくとも神はそう呼んでいるらしい。
願いの成就を求めて試練を突破した者たちと対面する場所というのは、おまけのような役割。この空間は、世界の監視を容易にするために存在しているのだ。神はここに籠もり、世界に異常が生じないか監視していた。少なくとも眠りにつく前のほとんどの時間を。
「世界各地が映し出されているのは、そういう意味だったのか」
ブランに鑑定結果を説明した後、アルは軽く肩をすくめた。
幻想的に見えた光景は、務めの効率化を図った結果に過ぎなかったのだと分かれば、なんとなく夢が壊されたような気持ちになる。
『怠け者だな』
「ブランに言われたくないと思う」
呆れたように言うブランに、反射的にそう返事をしていた。
アルの肩を占拠して自分で歩くことさえ怠けるブランと比べたら、きちんと世界の管理をしようとしていたアテナリヤの方が幾分は勤勉だろう。
『なんだとぉ!?』
「本当のことを言われたからって怒らないでよ」
『誤解だから怒っているのだろうが!』
「えー?」
尻尾で背中をパシパシと叩き、抗議してくるブランの声を聞き流す。
慣れた戯れよりも、生じた疑問に囚われていた。
――鑑定眼は、なぜこの空間の情報を示すことができたのか。
世界の情報を映し出すとはいえ、これまでの経験から考えるに、鑑定眼は万能ではない。何も情報を示してくれないことも多いのだ。反対に、なぜ示すのかと思うような情報も多いのだが。例えば、アカツキによって創られた異世界の食べ物やその調理法、とか。
「……これは、知るべき情報ってこと?」
神がどれほど世界に干渉しているかは知らない。だが、鑑定で示される内容に関与している可能性は十分にある。
異世界の食べ物の調理法は、アテナリヤがアカツキの婚約者という過去を持っていたならば、知っていて当然のことだし、鑑定で示される情報にしていてもおかしくない。
『答えのないことを考えてどうする? さっさとそっちも鑑定してみろ』
抗議を諦め、裂け目の方を鼻先で指すブランに、アルは小さく頷き返した。
確かに、無駄に思考する時間がもったいない。
裂け目を眺め、鑑定眼を発動する。白い光が眩しく、突き刺さってくるようだった。
「【眠りのゆりかご】だって」
『なんだ、それは』
「神の力で創られた、眠りを守るためのベッドみたいなものかな? 別に侵入を防ぐ効果はないし、中も普通に生きられる環境があるらしい」
拍子抜けするほどに簡単に情報が示された。アルは説明をしながら小さく首を傾げる。あまりに都合よく進みすぎて、まるで神に招かれているように感じられた。
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