第477話 次の方針を定める

 アルが自分の考え――異世界の同一人物との融合――を語ると、アカツキはポカンと口を開けた。


「……なるほど。無理ではない、な」


 ヒロフミがこめかみを指先で叩きながら呟く。アルが詳しく説明せずとも、ある程度実現までの道が見えているようだ。


「えっ、マジで? 冗談じゃなく?」

「ここで冗談を言う意味があるか?」

「……ないけど」


 困惑の表情で、アカツキがサクラに視線を移す。サクラは丸くしていた目を強く瞑り、何事か考えているようだった。


「ですが、実現するには大きな問題があります」


 アルは三人に視線を巡らせながら、口を開く。即座にヒロフミから頷きが返ってきた。


「異世界との繋がりをどうやって辿るか、だろ? その方法は今のとこ、イービルかアテナリヤしか知らねぇしな」

「あぁ、そうじゃん……」


 アカツキが気落ちしたように肩を落とす。「上げて落とされた」なんて呟いているが、アルはそんなつもりまったくなかったのだが。


 不意にブランから視線を感じる。アルがこれから言い出すことを察しているように、険しい雰囲気だ。


「ねぇ、アルさん」


 サクラに呼びかけられた。真剣な眼差しでアルを見据え、軽く眉を寄せている。

 アルは無言のまま、視線で言葉の続きを促した。


「――もしかして、あの門を通るつもりなの?」

「あの門?」


 アカツキが不思議そうに言葉を繰り返す横で、ヒロフミが目を眇め、テーブルを忙しなく指先で叩く。


「創世神――アテナリヤに続く門、か」


 ヒロフミが彼方へ視線を向けた。アカツキが息を飲む。


「えっと、それは、異次元回廊をクリアした人だけが辿り着けるっていう、あの? 外に続く門の隣りにあるやつ?」

「説明を重ねる必要があるか? それ以外ねぇだろ」

「そうだけどさぁ……。えー……あれ、危険じゃないの?」


 アカツキが視線を巡らせるが、誰もが答えを返せなかった。この場にいる全員がその門を使ってアテナリヤに会ったことがないのだから当然だ。


「そもそもアルさんも危険な可能性があると思って、使ってなかったわけでしょ? 使う権利は元々あったわけだし」


 サクラに尋ねられ、頷きを返す。


「ブランやクイン、サクラさんたちから聞いた話を考えると、アテナリヤが安全な存在だとは思えませんでしたから。それに、危険な可能性を無視して、あの門を使おうと思うような望みもありませんでしたし」


 基本的に、アルは望みがあれば自分の手で叶えられるよう努める。神の手なんて必要としないのだ。

 ブランの永遠の命という呪いじみた枷だって、アテナリヤに解くよう願うつもりはない。本人がそれを望まないと知っているから。


『それなのに、今は使おうと考えているのか』


 静かな声音で問われた。ブランを見下ろすと、苛立たしげに眇められた目と目が合う。

 アルは苦笑して、ゆっくりと頭を撫でて宥めた。


「そうだよ。イービルかアテナリヤ、どちらに接触するのが安全かって考えたら断然アテナリヤだし」

『それはそうだがなぁ……』


 納得しがたいと言いたげなブランに、アルは軽く肩をすくめて見せる。


「それに、僕は今、アテナリヤが何らかの危害をもたらす可能性は低いと考えてるから」

『なに? どういうことだ。アルはあれに会ったことなぞなかろう。なぜそう判断できるのだ?』


 全員の視線がアルに集まる。

 アルは考えをまとめるため、空に視線を投げた。いくつか理由を示すことはできる。だが、自分が何故これほどまでにアテナリヤへの危険性を感じなくなっているか、言葉にするのは難しかった。――アル自身も、よく分かっていなかったから。


 こうなったのはいつからだったか。

 思い返す内に辿り着いたのは、見えない女性の導きにより、白い神殿に転移させられた時のことだ。あの時を境に、心に変化があった気がする。


 記憶は何もなかったと教えてくる。だが、心が強く訴えるのだ。アテナリヤはアルに会いたがっている。自分は会いに行かなければならない、と。


「……理由の一つは、アテナリヤがアカツキさんの婚約者の可能性が高いこと、かな」

「ついでに言うと、ここまでたくさんのヒントをもたらした者も、アテナリヤの可能性が高いから、か?」


 ヒロフミが間髪を入れず言葉を続けた。アルは微笑み頷く。


 風が作り出した魔法陣。それにより、アルたちはイービルについて、そしてアカツキたちについて真相に迫ることができた。

 突如もたらされた二つの銀色の箱は、膠着していた状況に大きな変化をもたらし、アカツキたちの問題への解決策を導くことができた。


 それら全てが、アテナリヤの意思によるものだと考えていいだろう。

 先読みの乙女ではない。すでにジェシカという人の身の内に存在しているから。人の身で動くことはできても、干渉できる範囲は限られる。

 婚約者自身の魂が彷徨って干渉してきているという可能性も低い。アテナリヤはおそらく人としての思いを先読みの乙女として分離した。それ以外に魂を分ける必然性がない。


「アテナリヤは今の状況を変えたいと願っているはずです」

「……そもそもが、アルはアテナリヤに干渉されて生まれてる。危害を与えられる可能性はないかもな」


 アルは精霊の魔力の器を持って生まれた。それはアテナリヤの意思によるものだ。きっと何らかの望みを託されている。


 ため息をついてアルの意見を受け入れながらも、ヒロフミは懸念を捨てきれない様子だった。


「アルさんが言う今の状況って何? 私たちのこと? それともイービルの活動?」


 サクラからの問いかけに、アルは答えを迷う。どちらも、と答えるのが正しいだろうが、どちらがより重視されるものかと考えるのも重要だ。


「……どちらかと言うと、イービルの活動、ですね」

「え、そうなんですか?」


 アカツキが目を丸くする。その後すぐに、「俺の婚約者が、とか言うから、俺たちのためなのかと、てっきり……」と言いながら不満そうに眉を寄せた。


「それもあるとは思いますよ? ですが、アテナリヤは現状で人としての感情が希薄だと考えられます。彼女にとって重視するべきなのは、世界の保全。アカツキさんたちのことは、まぁついでに解決できたらもうけもの、という感じでは?」

「ひどっ」


 大げさに嘆くアカツキに、思わず笑みがこぼれた。アカツキの剽軽さは、空気を和ませる効果がある。


「もうけもの、つーか……アテナリヤはアルがこの解決法をとることを狙った可能性が高いな」


 不意にヒロフミが呟いた。全員から視線を向けられても気にした素振りを見せず、目を伏せている。


「――俺たち……イービルの手先になっている奴らも含めて全員が、この世界から去れば、イービルの脅威は格段に低くなる」

「どうして? アテナリヤと同じくらいの力があるんじゃ……」

「それは現時点で可能性が低い。それほどの力があるなら、俺たちを創るなんて手間を掛けずに自分で動けば良かったんだからな」


 ヒロフミはサクラにそう答え、視線をアルに向けた。


「――俺たちが見てきたイービルは、本物だと思うか? いや、実物か、と問うべきか」


 サクラとアカツキがきょとんと目を丸くするのを横目に捉えながら、アルはゆっくりと首を横に振った。


「いえ。僕が思うに、イービルは今も海底に封じられているのではないかと思います。だからこそ、地上で動き回る手足として、ヒロフミさんたちを必要とした。ヒロフミさんたちが認識しているイービルは、分身のようなものではないでしょうか」


 そうでなければ、今も世界が当たり前に存在し続けている理由が分からない。精霊でさえ抑えることが難しかったイービルが、世界を破壊しようとして行動を起こしているにしては、世界の被害が小さすぎるのだ。


「えっと……でも、信仰の力である程度は回復してるんじゃ? それでも封印から出られてないってことですか?」


 アカツキが首を傾げる。

 世界の神としての地位をイービルが奪い取り、信仰を力に変えていることはほぼ確実だ。だが――。


「異世界に干渉し、アカツキさんたちのような存在を生み出すことに、代償が生じないとは考えられません。少なくとも大量の魔素が必要だったはずです。信仰でどれほどの力が生じるかは知りませんが、消費量が多くて、まだ全快になるほどではないのでは?」

「俺もそう思う。少なくとも、大量の人間が消されていないのは、まだ信仰の力が必要だからだろう」


 ヒロフミに頷かれ、アルは微笑んだ。

 この考えが正しいとすると、それは間違いなく世界にとって朗報である。イービルが回復を終えるまで、という期限はあるものの、神に等しい力が世界に対し破壊をもたらすことはないのだから。


「僕がアテナリヤの元へ行き、解決法を探ろうと考えているのは、アカツキさんたちのためではありますが、僕のためでもあります」


 言葉を切り、アルはブランの頭を撫でた。ブランからは反対の意を示すような視線は感じられなくなっている。


「――イービルが回復を終える前に対処ができなければ、世界が滅びる可能性があるわけですし」


 その前にイービルの力を削ぐ。その方法の一つが、悪魔族たちを異世界へ帰還させることだ。

 それはアテナリヤが望んでいることのはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る