第476話 最終報告会②

 それぞれがお腹を満たした後、話が再開された。


「人格の植え付け、と言ったが、より正確に言うと、記録を植え付けられたってことだと思う」

「記録の植え付け……」

「ああ。創造陣は、記録の中の物体を魔粒子で構築するのと同時に、その記録から特定の一人について細かく探り、寄せ集めている。そしてそれを記憶として、創造した体に植え付けているんだ」


 特定の一人とはアカツキのことだ。

 つまり、アテナリヤの記憶からアカツキに関することだけを抜き出して、魔粒子で作ったアカツキの体に植え付けたということになる。


「……それはおかしくありませんか? それだと、記憶が客観的なもので、自分のものだと思えなくなります」


 アカツキは過去の記憶に曖昧な点はあるが、それが自分の記憶であることに疑いを持っていないように見える。

 アテナリヤ視点の記憶を植え付けられたところで、違和感なく受け入れられるものだろうか。


「記録からそのまま植え付けているわけじゃないんだ。客観的なものを主観的に再構成してある」

「……感情は推測により作られたもの?」


 僅かに青い顔をしているアカツキを労しげに眺めながらも、アルは正確な答えを求めた。


「そうだ。アテナリヤが『暁はこう思っていただろう』という推測により、暁の感情の記憶は作られている。そして、アテナリヤが知り得ない過去は、暁の記憶に存在しない」

「……なるほど」


 はっきりと断言されて、アルは細く息を吐いて、冷静を保つよう努めた。


「あー……なんか納得できたかも。記憶に穴があるのはそういうことなんだな……」


 アカツキが苦い表情ながらも、深く頷きながら呟いた。


「……待って。でも、それにしては、つき兄の記憶が矛盾なさすぎる気がする。別に、彼女は四六時中つき兄と一緒にいたわけじゃないんだよ?」


 サクラが疑問を口にすると、それを予想していたようにヒロフミが頷きながら説明を続ける。


「暁の記憶は何度も更新を繰り返してる。俺やサクラとかから盗み見された記憶で、な。俺たちから得た記憶をもとにしてるんだから、違和感を覚える可能性は限りなく低くなる」

「っ……待って、それは、私たちの方はつき兄と違って、初めから本物同様の記憶を持ってたってこと?」


 確かにヒロフミの言葉を真とすると、サクラたちの記憶はどこからやって来たのか、という疑問が生まれる。

 アルも視線で答えを求めると、ヒロフミは一枚のメモを指先で挟んで振った。


「その答えはこれ。転写陣だ」

「つき兄に触れながら発動されたものね。それで日本の景色が映し出された……」

「ああ。これは真実、日本に干渉する術だと思う」


 アルたちは息を呑んだ。

 アテナリヤだけでなく、イービルもニホンに干渉する能力を持っていたのか。だが、それならばなぜそれを使ってアカツキを創らなかったのかと疑問に思う。


「――と言っても、これを使うには媒介が必要だ」

「媒介?」

「ああ。異世界――日本に関わり深い存在がな」


 ヒロフミが言いたいことが分からない。

 本物のアカツキはニホンの人間だろうと、今ここにいるアカツキはこの世界で生まれた存在だ。ニホンとの関わりは、記憶の中にしか存在していない。


 首を傾げるアルたちの前で、ヒロフミは小さくため息をつく。


「……どうやら、この世界は日本がある世界と表裏一体のようなものらしい」

「表裏一体?」

「ああ。元々この世界が、日本がある世界での知識を真似て創られたからなのか、アテナリヤが創ったからなのかは分からんが。深い関わりがあるのは間違いない」


 言いたいことがよく分からない。

 アルが眉を顰めていると、ヒロフミは言葉を探すように視線を彷徨わせた。


「――簡単に言うと、二つの世界に共通した存在は、否応なく引き合うようになっている。これまでの話で言うと、日本にいる暁と、この世界で創られた暁だな。引き合うというのは強い力で、それを利用すればある程度双方の世界に干渉できるらしい。日本じゃそんな技術はないだろうから、こっちからの一方通行だろうが」

「意味分かんない」


 アカツキが言葉少なに呟く。ヒロフミは少し困った表情を浮かべた。


「あー……この世界の暁は、日本の暁にとって夢の中のようなもの。反対からしてみてもそう、ってことだ」

「全然分かんない」

「理解する気あるか?」


 思考を放棄したようなアカツキに、ヒロフミが不満そうにぼやいた。


「――お前、日本にいる自分の夢を見たことはあるか?」

「……ある」


 アカツキは少し考えた後に小さく頷く。それを見たヒロフミは、パチッと指を鳴らした。


「その夢はただの夢じゃなくて、日本にいる本物のお前の暮らしの可能性があるってことだ。それくらい、引き合う力っていうのは強い」

「あれが、ねぇ……」


 半信半疑な様子のアカツキの言葉を聞き流し、ヒロフミが説明を再開する。


「この転写陣は、二つの存在の間にある引き合う力を辿って異世界に干渉し、光景を映し出す、という機能を持っている」

「つまり、それを使えば僕たちも異世界に干渉できるということですか?」


 アルは少し前のめりになって尋ねた。アテナリヤに頼るよりもよほど希望が持てる方法だと思ったのだ。

 だが、ヒロフミは渋い表情だった。


「……その可能性は高い。けど、今のところこれは、映し出すことしかできないんだ。これをきっかけとして日本に戻ることが可能になるとは思えない。まぁ、俺たちの体のことを考えたら、日本に帰還することが消滅とイコールになるだろうから、必ずしも帰還にこだわる必要はないんだが」


 アルは小さく頷いた。アカツキも以前「穏やかに消える方法を探したい」と言っていた。

 希望を持って終焉を迎えるにはどうしたらいいか、アルはまだ悩んでいる。


「結局、俺たちがどうしたいかが重要かぁ」


 アカツキが椅子の背もたれに身を預けながら空を見上げた。その隣でサクラも「そうだねぇ」と呟きながら頬杖をついて考え込んでいる。


「……話が途中になったが、俺や桜の記憶は、暁の存在を軸に異世界に干渉し、なんらかの方法で本物の記憶を写し取って、俺たちに植え付けられたものだと考えていいと思う」

「どういう方法で、というのは分からないんですね」

「ああ。この二つとは違うやつを、イービルは持っているはずだ」


 ヒロフミは創造陣と転写陣が描かれたメモを指で弾いて呟く。


「つまり、転写陣から発展して、異世界にいる本物に干渉する方法がある?」

「ないとは言い切れないな」


 頷くのを見ながら、アルはふと先程のヒロフミとアカツキの会話を思い出した。


 異なる世界にいる共通の存在は、互いの世界での景色を夢に見る。

 それを故意に起こせたらどうだろう。この世界のアカツキと異世界にいるアカツキが重なり、一つのものとして存在できたならば、それは消滅ではなく帰還と言えるのではないか。


 それができるかは分からない。だが、挑戦してみる価値はあると思った。


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