第473話 二つに一つ

 知識の塔まで戻ってきた一同は、テーブルの上に置いた二つの箱を見下ろし黙り込んでいた。


 ヒロフミとサクラの記憶が正しく、ゲームと同じような意味を持つ箱ならば、アルたちはどちらか一方しか開けられない、ということのはずだ。その際に問題になるのは、もう一方は失われてしまうこと。


「……見た目で、どちらが正解かは分からねぇな」


 ヒロフミがぼそりと呟き、頭をガシガシと掻いた。論理的に正解を導き出せない状況は、ヒロフミが苦手にしているものらしい。サクラが僅かに苦笑している。


「そもそも、正解って何?」

「さぁな。ゲームの中じゃ、どちらを選ぶかで展開が変わるってことになってた気がする。実際にどう変わるかは、作ったお前しか知らねぇんじゃないか?」


 アカツキがヒロフミの視線から逃げるように顔を背けた。

 その様子を眺め、アルは肩をすくめる。ゲームの記憶もほとんどないアカツキに答えを求めるのは、あまりに酷だろう。


『考えても分からんのなら、好きな方を選べばいいんじゃないか?』


 ブランがあくびをしながら呟く。そして、テーブルからアルの膝に上に移ると、丸まって寝る体勢になった。


「もうちょっと真剣に考えてよ。この二つに何か違いとか感じない?」

『ない』


 答えが早いし短すぎる。絶対に真剣に考えてないだろう。

 アルはジトッとブランを見下ろして、軽く体を揺さぶってみたが、尻尾が鬱陶しそうに振られただけだった。


「吾も違いはないと思うぞ」

「クインもそう言うならそうなんですね」

『おい。我に対してと、態度が違いすぎるだろう』


 目を開いたブランに睨まれた。


「日頃の行いが重要ってことだよ。今の態度もね」


 真剣に箱を眺めているクインと、昼寝しようとしているブランの言葉を、同じ重さで受け入れることはできない。

 アルが肩をすくめて言うと、ブランは少し気まずそうに目を逸らし、ふて寝するように顔を手で隠した。


「ここは、自分たちの運の良さを信じて、勘で選ぶしかないんじゃない?」

「運、ねぇ……」

「運かぁ……」


 サクラが手を叩いて気合いを入れ提案するも、ヒロフミとアカツキはなんとも微妙な反応だ。


「俺、運の良さは自信ねぇな」

「俺もー」

「それ、誇ることですか?」


 ヒロフミに次いでアカツキがパッと手を挙げて言う。アルは思わずツッコミを入れてしまったが、アカツキに運がないのは、なんとなく納得できる気がした。


「ここで無駄に自信を持っても、悲惨なことになるだけでしょ?」

「それはそう」


 珍しくアカツキとヒロフミが同意見のようだ。

 アルは少し呆れながらも、何故か自分に視線が集まっていることに気づいて、嫌な予感を覚えた。


「……この中で一番運が良さそうな人だーれだっ!」

「アル」

「アルさんだなぁ」


 サクラの掛け声のすぐ後に、ヒロフミとアカツキがアルを指す。サクラも同様だ。

 一拍遅れて、クインがゆっくりとアルを指した。サクラたちのノリに無理に合わせる必要はないと思うのだが。


「俺、密偵バレて、死亡偽装して逃亡してきたし」

「なんか知らないけど、一人ぼっちの空間に閉じ込められてた俺に運あると思います?」

「私は……まぁいろいろあったわね」

「吾も言うのか? ……うむ。神との契約に騙されたような状態であったな。運はなかろう」

「みんな自虐的すぎませんか?」


 何故不運を主張するのか。言っていて悲しくならないのだろうか。

 呆れるアルに、ヒロフミが「今更だな」と皮肉げに口元を歪めて呟く。


『つまり、アルに選択を委ねるということか?』

「えー……」

「それがいいだろ。なんせ、アルは先読みの乙女期待の星でもあるし」


 期待の星。まったく歓迎できない評価だし、言っているヒロフミ自身もあまり良い意味とは捉えていない様子だ。

 だが、サクラが「それよ!」と指を鳴らして同意するので、全員の視線がサクラに集まった。


「何が『それ』なんですか?」

「先読みの乙女はアテナリヤと近い存在でしょ? そんな人から期待されてるアルさんは、一番アテナリヤから良い影響を受けやすいと思うの。この箱はアテナリヤが用意した可能性が高いわけだし、アルさんの選択が良い結果を導きやすいんじゃないかな」


 サクラの言葉に一同が黙ったまま視線を交わす。根拠は薄いが、否定しきれない感じはする。


「……本当に、僕が選んだ方でいいんですか?」

「ああ。誰も正解なんて分からねぇし」

「責任重大ですね……」

「勘で決めちゃっていいのよ?」


 ヒロフミとサクラに促され、アルはため息をついてから二つの箱を見比べた。

 ブランが違いはないと断言したように、瓜二つの見た目だ。なにかしら魔力の痕跡は感じるものの、それも両方に共通した特徴である。

 どちらが最初に見つかった箱なのかさえ、分からなくなりそうだ。


「……では、こちらで」


 アルは自然と右手側にある箱を指していた。まるで何かに導かれるように、すんなりと決めてしまった自分に驚く。


「最初に見つかった箱だな」


 軽く片眉を上げたヒロフミは、アルが指した箱を手に取り観察する。だが、何も異変は見つからなかったのか、そのままもう一つの箱の上に重ねて置いた。


「これで、どうやって開けるんですか?」

「二つで一つの魔法陣が……ほら、現れた」


 ヒロフミの言葉とほぼ同時に、二つの箱の表面に光が走る。それはアルも見たことがある魔法陣を描いた。


「解錠、ですね」

「ああ。封印魔法を掛けた二つの物を重ねることで現れる魔法陣だ。――アル、開けてくれ」


 促され、魔法陣に魔力を流す。途端に、下にある箱が空気に溶けるようにして消えた。残った箱の表面にレンガ壁のような模様が浮き上がり、素早く変化していく。


「寄木細工のからくり箱みたいね」

「というか、そのものだろう」

「へぇ、複雑……」


 サクラたちの感想を聞きながらじっと眺めていると、ようやく解錠ができた。箱の上部が二つに分かれ、ゆっくりと開かれていく。


「……紙?」

「なんか書かれてる?」


 中に収められていたのは四つ折りの紙。拍子抜けしてしまうくらい、簡素なものだ。


「わざわざ手の込んだ仕掛けをしておいて、ただの紙とは思えねぇが」


 ヒロフミが手を伸ばし、紙を広げる。


「……なんですか、これ?」


 何かが書かれているようだが、アルは読み取れなかった。だが、ヒロフミとサクラから息を飲む気配を感じて、視線を向ける。二人はきっと読み取れたのだろう。

 ヒロフミはじっと紙を見下ろし、小さく唇を動かしていた。何かを呟いているようだが、声にはなっていない。


「もしかして、あれの解読ヒント?」

「……だろうな」


 サクラの言葉に、ヒロフミがニヤリと笑いながら返し、テーブルの端に重ねられていたメモを引き出した。そのメモには、ヒロフミたちに解析を頼んでいた【創造陣】と【転写陣】が描かれている。


「つまり、それが解読できそう、ということですか?」

「ああ、少し時間はもらうが……そうだな、明日には成果を出してみせよう」


 ヒロフミの笑みは自信に満ちていた。ここまで言い切るのだから、きっと答えは既に見えかけているのだろう。

 アルはとりあえず役に立ちそうな結果になり、ホッと胸を撫で下ろした。


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