第470話 見つけたモノ

 知識の塔一階。

 ヒロフミとサクラの研究所にもなっているそこにアルたちが戻ると、ニヤリと口元を歪めた表情のヒロフミに迎えられた。


「意味深な連絡の後、こっちから連絡を送ってもなんの音沙汰もないと思ったら、随分な格好で帰ってきたな」

「ちょっと埃っぽいのは見逃してください」

「先に風呂に入って着替えた方がいいんじゃないか?」


 柱が壊れた際に生じた欠片や埃で少し白っぽくなっているアルたちを、ヒロフミが目を眇めて観察する。言葉にせずとも「何やって来たんだか」と問うているのはよく伝わってきた。


「そうしたいのはやまやまなんですけど」

『我は風呂になんて入らんぞ!』

「さすがに今日はそのわがままは聞けないよ?」


 誰よりも汚れているブランを見下ろし、アルは軽く頭を叩いた。途端に舞い上がる埃に、思わず顔を顰めてしまう。一度のシャンプーでは足りなそうだ。


「俺、先に温泉施設に行ってもいいっすか? ここにいても役に立たないでしょ?」

「今はあの子がいるからそこはダメ。お風呂入るなら上を使って」


 サクラが最上階を指さす。


「あの子って……ああ、先読みの乙女、な。結構、信用できない感じなのか?」

「それも判断できない段階だってことよ。特につき兄は近づかないように」


 怖い顔で注意され、アカツキが戸惑った雰囲気で「あ、あぁ……」と頷く。


 先読みの乙女であるジェシカ自体は、ヒロフミに対して含むところはなさそうだったが、アカツキに対してどうかは分からない。アテナリヤからどの程度の知識と感情を受け継いでいるか、まだ判断できていないのだ。

 魔族の中心人物であるアカツキは、極力近づかないに越したことはないだろう。


「アカツキさんはお風呂行っていいですよ」


 アルとブランは旅用のお風呂セットがあるので、わざわざ上の設備を使う必要がない。なにより、ヒロフミたちとの話を優先したかった。


「んじゃ、お先に失礼しまーす」


 遠慮なく上に向かうアカツキの背を見送り、アルは持っていたものをテーブルに載せた。


 白銀の金属でできた四角い箱だ。手のひらサイズで、振っても音はしない。重さを考えると、中は空洞になっていると思われる。


「これ、なんだと思います?」


 椅子を汚さないようにと、立ったまま話を始める。

 だが、ヒロフミに「気にせず座れ」と言われ、サクラにも促されてしまったら、断るほど意地っ張りではなかった。


「……切れ目はないな」

「魔法陣っぽいものもないね?」

「金属の立方体……だが、重さ的に箱と言うべきだろう。開けないが」

「鍵がいるとかかな」


 ヒロフミとサクラが箱をひっくり返したり、重さを計ったりしているのを見ながら、アルは経緯を説明した。とはいえ、アルには見えない少女に導かれた先で、柱を破壊して見つけたことくらいしか言えることはないのだが。


 心当たりのない既視感は、言葉にするのを躊躇って伝えられなかった。


「ふ〜ん……その少女はなんだったんだろうな? ブランにはモヤのように見えたんだったか?」

『ああ。母はより鮮明に見えていたようだが。なぜ違いがあったかは分からん』

「そういや、クインはどうしたんだ?」


 ヒロフミが視線を周囲に巡らせた。アルは肩をすくめる。


「水浴びに。埃まみれなのが、相当不快だったようです」

「どこに水浴びに……?」

「あ、私が色々創ってあげてるから、そこだと思う」


 手を挙げてサクラが答える。どうやらサクラはクインのために居心地の良い空間をどこかに用意してあげているらしい。

 それについては先程クインからも報告を受けていたため、アルは軽く頷くに留めた。


「お前……そういうのは報告しろよ」

「え、いる? 普通に、ちょっと弄っただけなんだよ?」

「急に増えてたら驚くだろ」

「今まで気づかなかったくらい、ここの環境に興味なかったんだからいいでしょ」


 ヒロフミの文句を軽く受け流し、サクラがあっけらかんと言い切る。ヒロフミはため息をついていた。


「それで、これの他には何も見つからなかったの?」

「はい。まったく何も。柱自体も、壊した後は消えちゃいましたし」


 ブランによって柱が壊れ、埃まみれになりながら白銀の箱を拾い上げたところ、壊れた柱の破片が空気に溶けるように消えていったのだ。

 そのくせ、アルたちについた埃は消えないのだから、誰に対してとも言えない不満が生まれてしまった。どうせなら、埃もなかったことにしてほしかったのに。


 早くお風呂に入りたいと思いながらも、アルたちは念の為周囲を確認し、何も異変がないと分かってから、知識の塔に帰ってきたわけである。


「ふーん、消えた柱、な……。つまりそれは、少女に導かれるというきっかけがあって生まれた柱で、役目を終えたから消えたってことか?」

「そう考えるのが順当でしょうね」


 アカツキ曰く、今朝の段階では柱の数に異変はなかったらしい。

 それならば、強制転移したのがきっかけであると考えて、まず間違いないだろう。というか、そうでなければ、あのように意味深に導かれた意味が分からない。


「……本当に、異変はそれだけだったのか?」

「え?」


 不意にヒロフミの真剣な眼差しと目が合った。どこか探るような気配を感じ、アルは少し落ち着かない気分になる。

 隠すつもりは微塵もなかったが、自分でも解消できない違和感が付き纏っているのは確かなのだ。それをどう説明すればいいか分からない。


 口ごもるアルの膝の上を陣取っていたブランが、頭を掻きながら口を開く。


『それ以外に我が感知するものは何もなかったぞ』

「……そうか。まぁ、なんか言えることがあれば、後でもいいから教えてくれ」


 ヒロフミがあっさり引いてくれたのを、安心すればいいのか、残念になればいいのか。

 だが、違和感の正体を掴めないのだから、アル自身どうしようもないし、今はありがたいと思うべきだろう。


「ねぇ、宏兄、これ、開くのかな?」


 会話をスルーして箱を調べていたサクラが、難しい表情で呟く。ついで箱を放り投げるから、アルは少し慌ててしまった。


「投げるな」

「衝撃で開くかな、って!」


 えへ、と笑うサクラに、ヒロフミが呆れた顔になりながら、見事キャッチした箱を見下ろした。


「中が空洞っぽいから、開いてもいいと思うんだが。というか、開かないなら、これ自体になんらかの意味があると思うが、さっぱり分からねぇ」

「宏兄でもお手上げかぁ」

「まだ完全降参したわけじゃねぇぞ?」


 不本意そうにサクラを睨むヒロフミだが、打つ手の一つも浮かんでいないのは否定できないらしい。無意味に箱を手の中で転がしている。


「僕も色々試してみたんですけど、全然分からなくて――」


 まず、白い神殿から出てすぐに鑑定を試してみたのだが、示されたのは【unknow】という言葉だった。鑑定で示される情報で文字の意味さえ分からないとは何事かと、驚いてしまった。

 メモに書いてヒロフミたちに示すと、途端に眉を顰められる。


「――アカツキさんが言うには『未知』や『不明』を示す、ニホンではない異世界の国の言葉だそうですね?」

「ああ……なんでそれが、鑑定した結果で出てくるんだ……」


 ヒロフミが呻くように言う。額を押さえて、考え込んでいるようだ。


「そもそも僕の鑑定眼も不思議なんですよ。コメの料理法とかおすすめを示したり、アカツキさんが創るまでこの世界に存在しなかったものまで網羅してたり……」


 それについては、鑑定眼が世界に蓄積された情報を参照しているものだから、と少しは納得していたのだが、ソーリェンに会って疑問が強まってしまった。


 ソーリェンは異次元回廊などの空間の情報を入手することはできないと言っていた。それはアカツキのダンジョンも同様だ。

 そのような特殊空間で創り出されたものの情報まで、鑑定眼が参照できるものだろうか。


「鑑定眼、か……。アルのそれは、生まれつきなんだよな?」

「そうです。だから、鑑定眼もアテナリヤとかの干渉によって備わることになった可能性はあると思っているんですが」


 密かに抱いていた考えを告げると、ヒロフミが間を置かずに頷いた。


「大いにありえる。そもそも精霊並の魔力の器を備えさせるよう干渉するくらいだ。鑑定眼も神から贈られたものだと考える方が自然だろう。なんせ、この世界で先天的に鑑定能力を持つ者はあまりに少ない」


 ヒロフミに肯定されては、そうとしか思えなくなる。だからといって、アルが鑑定眼を持つ意味はまったくわからないのだが。


「アテナリヤから贈られたかもしれない能力で示されたのが、異世界の言葉、ねぇ……」


 サクラがポツリと呟いた後には沈黙が続いた。


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