第469話 不思議な既視感

 ふと白い柱が気になった。

 数多ある柱との違いはないのに、なぜか惹きつけられるように意識を逸らせない。


「……あの柱、前からありましたか?」

「柱?」

『というか、アルはあんな意味深な感じだったのに、ここに辿り着いたことが不思議ではないのか?』


 振り返って確認しているアカツキの横で、ブランが首を傾げる。

 問われても、アルはなぜブランがそう思うのか分からなかった。ここに辿り着くことは、必然であったと感じていたのだ。


 だが、思い返せば、すぐにブランの疑問に納得できる。

 影流離う街から、見えない少女によってわざわざ導かれた先が、何の変哲もない場所とは、未知の場所に辿り着くよりも不可解だろう。


 なぜ、自分はここに辿り着いたことに違和感を覚えなかったのか。

 記憶を探ったところで、なんとなく変な気分がする。何かを忘れている気がした。少しの間であっても、すごく心細さを感じていたように思えるのだが。


「あれ、やっぱり増えてる?」


 不意にアカツキの言葉が耳に飛び込んできた。

 物思いに沈んでいたアルは、ハッと顔を上げる。アカツキが折った指と柱を交互に見つめ、首を傾げていた。


「……増えてる?」

「柱ですよ。ここ、文字が増えないか確かめるために、俺何度も来てたでしょ? それで、柱の数も記録してたんですけど、どう考えても一本増えてるんです」


 アカツキは真面目な表情だ。柱が増えたということは、文字が増えている可能性もあるのだから、そんな表情になるのも当然だろう。


「――記録、しないとなぁ」


 呟きながら、背を丸めている。すでに疲労感が漂っているように見えた。

 それでもアカツキは任された仕事を放棄するつもりはないようで、端から順に確かめるために離れようとする。そんなアカツキの服を、アルは反射的に掴んだ。


「あれだけでいいです。……とりあえず」


 一応付け足したが、アルはこの空間に生じた変化は、最初に指した柱だけな気がしていた。


「あれだけですか? アルさんがそう言うならそうしますけど」


 不思議そうにするアカツキに頷きながら、アルは先んじて歩き始めた。ブランとクインの視線を強く感じたが、二人は何も言わずについて来る。


 目の前に立った時、アルは白い柱に既視感を覚える。他の柱とほぼ同一なのだから、それは当然のはずだが、何かがおかしい。触れるときちんと石の感触があることに、なぜだかホッとした。


「生きてる……」

「柱が!?」

『生きている柱……?』

「魔物であるとは思えぬが」


 無意識でこぼした言葉が混乱を巻き起こしてしまった。

 柱を凝視している三人に、アルは「いえ、なんでもないです」と慌てて告げる。ブランが心配を超えて不審そうにしていたが、気づかなかいふりをした。


「と、とりあえず、文字が刻まれてるか、確認しますね……?」


 よく分からない、と書いてあるような顔でアカツキが言う。

 脚立を持ってきて柱を確認する姿に慣れを感じた。ずっと繰り返してきた作業だからだろう。


「――んー……これには一つも文字がないっぽいです。ということは、これが増えた柱ですね。これまで見てきた柱は、どれも文字が一つ以上ありましたから」


 全体を隈なく確認したアカツキが、頷きながらアルの傍に戻ってくる。

 ブランは『ほう?』と声を漏らしながら、アルに視線を向けてきた。無言で『なぜこれが増えた柱だと分かった?』と尋ねてきている。


「なんとなく、違和感があったんだ。これまでと違うって感じたからかな?」

『我は気づかなかったが』

「吾もだ」

「俺もっすね!」

『アカツキが真っ先に気づくべきだっただろう。誰よりもここに出入りしていたはずなのだから』

「ギクッ……まぁ、こんなこともありますって!」


 ブランにじろりと睨まれたアカツキが、下手な口笛を吹いた。

 アルはそのやり取りに苦笑しながら肩をすくめる。


 アカツキが気づかなくてもしかたないと思うのだ。アルが気づけたのは、なにかヒントを与えられていたからに思える。それが何かを思い出せないのが、少々気持ち悪いのだが。


「それにしても、柱が増えただけで意味はないように思えるな。何も書かれておらぬのだろう?」


 クインが首を傾げつつ、柱をじっと観察していた。

 確かに、見えない少女によって導かれたにしては、得られた成果があまりに小さすぎるとアルも思う。


『結局、あのモヤは何をしたかったのだ。ここに連れてきてどうするつもりだったのやら……』


 ブランはそう呟くと『一回りして、他に異変がないか確認する』と続け、サッと動き始めた。

 その姿をぼんやりと見送り、アルは腕を組んで考え込む。


 ブランのように、他の場所を見て回ることが重要だとは思えないのだ。増えた柱に何か秘密があるような――。


「ん……?」


 とりあえず、柱を調べてみようと再度触れたところで、アルは小さく首を傾げた。確かに石の感触がするのに、それは記憶にあるものと少し違う気がしたのだ。

 とはいえ、この場所に来るのは久しぶりだから、記憶違いかもしれない。


「――いや、確かに違う……」


 念の為、他の柱に触れてみると、違いが感じられた。

 今触れている柱は重みがある。密度が高いと言い換えてもいい。それに対して、増えた柱は軽く、まるで中に空洞があるかのように感じた。


「違う?」

「そっちの柱、もしかしたら、表面ではなく、中に秘密があるのかもしれません」

「中って……どうやって確かめるんですか? ここじゃ、魔法を使えないんですよね?」


 困惑するアカツキから目を逸らし、アルも悩んだ。

 相変わらず、この空間では魔法が使えない。それはアカツキたちによって変更できない性質らしいのだから、アテナリヤがそう設定しているということだろう。


 そのような状況で、柱の中を確認する方法とは――?


「吾がやるか」

「やる?」


 不意に聞こえたクインの声に顔を上げると、なぜか気合十分な表情で拳を握っている姿が見えた。まさか、と思ったアルが制止するより先に、その拳が柱に向けて放たれる。


 ――ゴンッ!


 石と拳がぶつかったとは思えないような音がした。ついでに振動も。ブランが何事かと慌てて駆け戻ってくるのを視界の端に捉えながら、アルは乾いた笑みを浮かべた。笑うしかない状況だったのだ。


「ひぇ……柱にヒビ……魔物、怖っ!」


 アカツキが素早くアルの背に隠れ、小声で呟いている。

 盾にしないでほしいし、そもそもクインがアルたちに拳を振るうはずがないと理解していないのだろうか。拳のあまりの威力に驚いてしまったのはアルも同じだが。


「ヒビしか入れられなかった……」

『ふふん、情けない』

「それならば、ブランがしてみよ」

『我がすれば一撃だぞ』

「ヒビができた後ならば、誰がしてもそうであろうな」


 クインは案外負けず嫌いらしい。ブランの言葉にムッとしながら言い換えしている。

 だが、アルからすれば、今の状態から一撃で柱を破壊できるのは、十分すごいことだと思う。誰がしてもそうなるとは、間違っても言えない。


『これ、壊しても良いものなのか?』


 腕を素振りしたブランが、ハタと何かに気づいた様子で天井を見上げる。つられてアルも視線を動かして、「あぁ……」と声を漏らした。


 柱の本来の役割は天井、あるいは建物を支えることだ。気軽に壊せば、天井が崩落し、アルたちが潰される可能性もある。

 だが――。


「大丈夫だと思うよ。この空間にある柱の数と、設置されている場所から考えて、この柱は天井を支える役目を持っていないと思う」


 少なくとも、この柱一つが壊れたところで、その負担は別の柱で十分カバーできるだろう。

 一瞬でそう判断したアルを、ブランはちらりと見た後、『うむ』と頷いた。


『ならば遠慮はいらんな』


 ブランの目がキラリと光る。

 体当たりする勢いで柱に向かったかと思うと、振りかぶった腕で柱を強かに叩いた。


 ――ガンッ!


 再びの衝撃音。

 それを予期していたアルはしっかりと耳を塞いでいて、柱のヒビが広がり、ボロボロと崩れていく様をじっと観察できた。


 だから、アルが一番早く、壊れた柱の中にあったものに気づいただろう。

 それを見た瞬間に、強い既視感を覚えて、アルは戸惑い固まってしまった。


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